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古事記が語る原風景-本居宣長・折口信夫・小林秀雄を辿って (4)

古事記が語る原風景-本居宣長・折口信夫・小林秀雄を辿って (4)

【セッション1】私にとっての『古事記』

シンポジウム
岡野弘彦 國學院大学名誉教授
渡部昇一 上智大学名誉教授

コーディネーター
松田義幸 実践女子大学教授・エンゼル財団理事

  1. 敗戦を経て、『古事記』の読み直しを志す
  2. 歴史における「事実」と「現実」の違いについて
  3. 日本人の精神世界と海とのかかわり

1.敗戦を経て、『古事記』の読み直しを志す


(再生時間 7分29秒)

  • 折口信夫の詩 「神 やぶれたまふ」

  神こゝに 敗れたまひぬ-。
すさのをも おほくにぬしも
青垣の内つ御庭の
宮出でゝ さすらひたまふ-。

  くそ 嘔吐 ゆまり流れて
蛆 蠅の、 集り 群起つ
直土に-人は臥い伏し
青人草 すべて色なし-。

  村も 野も 山も 一色-
ひたすらに青みわたれど
たゞ虚し。青の一色
海 空もおなじ 青いろ-。

  稗草の穂に出るものは
穂に出でぬ間を 爬み枯し
白き乳の垂るものとては、
若葉すら 子らに 喰ふ。
たゝかひの果てにし時に、
神集ふ 荒神たち
鹿島神 香取神
ことゞひの ひと言もなし-。

  たけみなかた 諏訪の御神
おほものぬし 三輪の大神
言稀に宣すみ語の、
言寂し-。なげきぞ 深き

  • 折口信夫 「贖罪」

  すさのを我 こゝに生れて
はじめて 人とうまれて-
ひとり子と 生ひ成りにけり。
ちゝのみの 父のひとり子-
ひとりのみあるが、すべなさ

  天地は いまだ物なし-
山川も たゞに黙して
草も木も 鳥けだものも
生ひ出でぬはじめの時に、
人とあることの 苦しさ-。

  すさのをに 父はいませど、
母なしにあるが すべなき-。
母なしに 我を産し出でし
わが父ぞ、慨かりける。
いと憎き 父の老男よ。

  母産さば、斯く産すべしや-
胎なしに 生ひ出でし我
胞なしに やどりし我
天地の私生と
胎裂かで 現れ出でしはや-。

  父の子の 片生り 我は、

  • 日本人の神道観の建て直しをめざした折口信夫

2.歴史における「事実」と「現実」の違いについて


(再生時間 13分19秒)

  • 岡野先生、渡部先生、それぞれのお話への感想
  • キリスト教における「事実」と「現実」の違い
  • 「事実」がどうであれ、キリストがいたことはヨーロッパ文化にとっては「現実」
  • 日本の歴史における「事実」と「現実」/藤原氏の場合
  • 古代神話をアイデンティティとした藤原氏

3.日本人の精神世界と海とのかかわり


(再生時間 5分30秒)

  • 折口信夫の「まれびと神」
  • 海と山と空は三位一体のようにつながっている
  • 海とのつながりが深い山岳宗教としての修験道
  • 柳田国男の「山の神とおこぜ」
コンテンツ名 エンゼル・フォーラム「日本人の心の源郷『日本語(やまとことば)』 ~本居宣長・折口信夫・小林秀雄を辿って~」
収録日 2003年3月8日
講師 岡野弘彦、渡部昇一、コーディネーター:松田義幸

主催:エンゼル財団
収録映像:著作権者 財団法人エンゼル財団
2003年3月、エンゼル財団主催によるエンゼル・フォーラム「日本人の心の源郷『日本語(やまとことば)』 ~本居宣長・折口信夫・小林秀雄を辿って~」が、開催されました。講師に岡野弘彦先生、渡部昇一先生のおふたりをお招きし、松田義幸先生のコーディネートのもと、「『古事記』と日本人」を中心テーマにおいて「日本語の本質」「日本人の精神」を議論し、母国語としての日本語を大切にした心豊かな生活像について議論が交わされました。 本コンテンツでは、当日の模様をお伝えします。

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プロフィール

講師:岡野弘彦

(國學院大學名誉教授)

講師:渡部昇一

(上智大学名誉教授)

コーディネーター:松田義幸

(実践女子大学教授・森永エンゼル財団理事)

肩書などはコンテンツ収録時のものです

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