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芸術都市の創造-京都とフィレンツェの対話 第一部 (5)

芸術都市の創造-京都とフィレンツェの対話 第一部 (5)

第1部 フィレンツェの魅力、京都の魅力

「文学と芸術の森」京都の俯瞰図 

芳賀 徹 京都造形大学学長

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前編


(再生時間 20分18秒)

フィレンツェと京都の比較
・共通点と相違点
・面積、人口、人口密度、全産業の中で観光の占める割合、気温、主要産業など。
・洛中洛外図と西洋の遠近法

フィレンツェの特徴、美しさと良さを端的に表した文学
ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel 1858-1918)
『藝術哲学』(1922)―「フィレンツェ」
「さてしかし、サン・ミニアトの高みからフィレンツェを見おろし、この都が山々に縁取られ、アルノ河が生の大動脈のようにその中を貫き流れているのを眺めてみるがよい。この都の美術館や宮殿や寺院の芸術に魂を奪われたまま、午さがり、葡萄とオリーブと糸杉の生い茂る丘をさまよい歩いてみるがよい。この丘では、道や館(ヴィラ)や畠のどんなささやかな隅々までも、偉大な過去の文化にとっぷりとひたされており、精神の層がこの大地の星気体のようにめぐりに立ちこめている。その時、ここでは、自然と精神の対立が無ひとしくなっているという心地が、湧然ときざしてはこないだろうか。秘密にみちていながら、しかも眼に見え手に捉えられるかのような統一によって、この風景、その土地の香り、そしてその輪郭に息づく生は、風土の果実である精神と一つに織り成され、ここにその形を得たヨーロッパの人間の歴史、ここではさながら大地の産物のように印象される芸術と、ひとつに織り成されている。ほかならぬこの場において、ルネサンスが芸術の求めるすべての美と意義は事物の自然な現象からおのずから築き上げられるのだという最初の感情が、生まれ育ったのである。そしてルネサンスの芸術家は、たとえどれほど高邁な様式化をこととする人であろうと、自分はただ自然を模写しているにすぎないと考えることができたのである。ここで自然は、みずからを放棄するすることはないままに、精神と化してしまっている。ここに連なる丘という丘は、生のさまざまな対立を同胞(はらから)とする統一の力を象徴している。丘という丘が、館(ヴィラ)なり寺院なりに高まっているため、自然は到る所で、精神による戴冠をめざして成長しているように思われる。」
「フィレンツェの像の統一は、その細部の一々に、常にもまして深く広い意味を賦与している。その意味は、芸術作品の細部が作品に組み込まれることによって獲得する意味にのみ、たぐえることができる。けしの花、金雀枝(えにしだ)、秘密のように閉ざされた館(ヴィラ)、遊ぶ子供たち、空の青、浮かぶ雲――こうしたすべては、世界のどこでも見られ、どこでも美しいものではあるが、それがここでは、他の土地とはまったく異なった霊的=美的な重点をそなえ、まったく異なった周辺をめぐらせている。というのも、何ひとつとして、それ自体の美しさだけで人を魅惑することはなく、すべては総括的な全体の美に関与しているのだからである。」

川村二郎編訳『ジンメル・エッセイ集』平凡社ライブラリー 1999年 pp.109-118

後編


(再生時間 30分36秒)

古今和歌集  紀貫之他 延喜5(905)
枕草子    清少納言 長保3(1001)
和泉式部日記      寛弘元(1004)
源氏物語   紫式部  寛弘3 (1006)
紫式部日記       寛弘7(1010)
和漢朗詠集  藤原公任 長和2 (1013)
新古今和歌集 藤原定家 建仁2(1205)

古今集

花ざかりに京を見やりてよめる
見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりけり 素性法師
桜花咲きにけらしなあしひきの山のかひより見ゆる白雲 紀貫之
久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ 紀友則
秋立つ日、うへの男ども、賀茂の河原に川逍遥しける供にまかりて詠める
川風のすずしくもあるかうち寄する波とともにや秋は立つらむ 紀貫之
長月のつごもりの日、大堰にてよめる
夕月夜小倉の山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらむ 紀貫之
男に忘られて侍りける頃、貴船にまゐりて、みたらし川に
蛍の飛び侍りけるを見てよめる
もの思へばさはの蛍もわが身よりあくがれ出づる玉かとぞ見る 和泉式部

清少納言 枕草子

春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。

夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。

秋は夕暮。夕日のさして山のはいとちかうなりたるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなれ。まいて雁などのつらねたるが、いとちひさくみゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音むしのねなど、はたいふべきにあらず。

冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいとしろきも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火もしろき炭がちになりてわろし。

新古今集

冬がれの杜の朽葉の霜のうへに落ちたる月のかげのさやけさ 藤原清輔
花は散りてその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる 式子内親王
いつきのむかしをおもひいでて
ほととぎすそのかみ山の旅まくらほのかたらひし空ぞ忘れぬ 式子内親王
身にしむは庭火の影にさえのぼる霜夜の星の明方の空  式子内親王

コンテンツ名 ダンテフォーラム in 京都「芸術文化都市の戦略―フィレンツェの魅力・京都の魅力」
収録日 2005年2月13日
講師 芳賀徹

会場:京都造形芸術大学
主催:財団法人エンゼル財団・京都造形芸術大学・日本経済新聞社
収録映像:著作権者 財団法人エンゼル財団
本コンテンツでは、2005年、京都造形芸術大学で開催された2つのシンポジウムの模様を配信しています。

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プロフィール

講師:芳賀徹

(京都造形大学学長)

肩書などはコンテンツ収録時のものです

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