西洋の古典フォーラム|ホーム


稲垣良典先生

講師紹介
稲垣良典
(いながき りょうすけ)
長崎純心大学大学院教授・九州大学名誉教授。
1928年生まれ。
東京大学文学部卒業。南山大学、九州大学、福岡女学院大学を経て現職。専門は哲学、法哲学。文学博士。
主な著書に、『問題としての神』『トマス・アクィナス「神学大全」』『トマス・アクィナスの研究』『習慣の哲学』『抽象と直観』などがある。天使に関する著作として『天使論序説』、翻訳にM.J.アドラーの『天使とわれら』がある。
また、中世神学の大著、トマス・アクイナスの『神学大全』の翻訳者としても知られる。

 

関連プログラム

ダンテ『神曲』 連続講義ダンテ『神曲』 連続講義

今道友信先生がダンテ『神曲』を丁寧に解説する連続講義。後に書物化され、みすず書房から刊行された「ダンテ『神曲』講義」はマル・ポーロ賞を受賞。
講師:今道友信 東京大学名誉教授

芸術都市の経営芸術都市の経営

市の経営という視点から、ルネサンスの芸術都市・フィレンツェの魅力をとらえなおす。2010年11月イタリア文化会館で開催されたフォーラムの模様。
講演:樺山紘一/田中英道/松田義幸

芸術都市の創造II芸術都市の創造II

2005年に開催し、 「『芸術の都・京都』から『芸術の国・日本』へ」を提言した「ダンテフォーラム 芸術都市の創造」の続編にあたります。
講演:樺山紘一/田中英道/松田義幸

 

精神と音楽の交響精神と音楽の交響

音楽美学の意義と思想性について考えるとともに、イタリア・クラシック音楽の美しい演奏を楽しむ。 
出演:今道友信/白石隆生/白石敬子/三村利恵

 

「美学」 速講30分 動画を見る「美学」 速講30分

30分で美学のエッセンスを講義することができるか。日本を代表する美学者のひとり、今道友信先生による、はじめて美学を学ぶひとのための講義。
講師:今道友信 東京大学名誉教授



 



目に見えない世界の大切なこと、忘れていないだろうか。

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神学は人類の歴史で最も古い学問であり、人間学も広く関心を呼んでいるが、こんにち、神と人間の中間に位置する天使はなぜか学問的関心の対象にはならない。

かつては精神的で知的な存在といえば神、天使、人間の三者を挙げるのが普通だったし、この三者がつくりあげる目に見えない交わりの世界は、目に見える物体の世界と同じく実在的なものとうけとられていた。ところが、われわれは「自然」と呼ばれる目に見える世界は大事にするが、目に見えない世界のことは忘れるか、無視する傾向がある。天使のことを学問的に探究する天使学の不在はそのことのあらわれと言えよう。

ところで、それはわれわれが知的に成長したということなのだろうか、それとも目に見える世界に気をとられるあまり、目に見えない世界を生き生きと感じとるための「感覚」が弱くなったのだろうか。私は後者の可能性を否定できないと思う。

その徴は、われわれが心(精神あるいは霊魂)の本質や存在について語る言葉を喪失しているという事実である。これはわれわれが精神的存在として自分が存在し、生きている「場所」を見失ったことを示すのではないか。

天使学はこのような「場所」の再発見への道を開いてくれるかもしれない。

(稲垣良典 長崎純心大学大学院教授・九州大学名誉教授)


■映像につきまして
本ホームページでは、ダンテフォーラム2011「天使学への招待」での稲垣良典先生のご講話をダイジェストで配信しております。

 

第1部 
「天使とわれら」M.J.アドラーの天使論

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天使学を現代において復権させることに向けて大きな影響力を発揮したのはエンサイクロペディア・ブリタニカ社から出版された「西欧世界の名著」54巻の編集者モーティマー・J・アドラーであった。
彼は「偉大な思想」great ideas の一つに「天使」が数えられるべきことを強力・雄弁に主張し、大学での講義やアスペン・セミナーでの反響に力を得て、1982年に『天使とわれら』を出版し、天使の研究はわれわれが人間として生き、自らを知り、望ましい社会を建設してゆくにさいして、けっしておろそかにはできないことを強調している。

 

第2部 
天使のリアリティー

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天使「学」と言うかぎり、「天使」と呼ばれる存在が現実に存在することを示す必要がある。聖書のなかで名前が出てくる天使たちや天使の軍団のリアリティは、ここでは取り上げない。
問題は「身体なき精神」と定義される天使は現実に存在するのか否か、であるが、その場合、まず「存在する」という言明の意味をあきらかにする必要がある。
純粋な精神である天使は、われわれが知性によってそのリアリティーを理解できても、物体の場合のようにそれを感覚的に実証することはできない。ところが、ふつうわれわれは、見たり、触れたりすることで、何かが「存在する」と確認することに慣れており、「在るとは知覚されることだ」と思いこんでいる。だから天使のリアリティーを問題にするときは、われわれの「存在」理解を吟味してかかる必要がある。
もちろん、天使のリアリティーの問題は括弧に入れておいて、天使の定義から出発して論理的に天使学の体系を構築するという方法も可能であるが、天使のリアリティーはわれわれ自身の「心」のリアリティーをどう理解するか、という問題と密接に結びついているので、簡単に放置はできない。
中世において天使学に大きな貢献をしたとされるトマス・アクィナスは天使のリアリティーを明確に示すことのできる存在論を用意していたのか、そのことの検討もふくめて、天使のリアリティーについて根本的に考えたい。

 

第3部 
天使の活動

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聖書が伝える天使の活動は、天使 (Ἄγγελος ; Angelos 使者)という名称が示す通り、神から遣わされた使者としての活動であり、その使命のなかには神から委託された種々の仕事も含まれていた。天使学においては、「身体なき精神」、しかも有限ではあるが人間よりは高次の知的存在である天使の「生」とはどのようなものか、どのように知的活動を営み、どのようにコミュニケーションを行ない、天使の共同体を形成しているのか、について考察をすすめる。興味深いのは、身体がないため、発声された言葉や形ある記号というものを用いることのない天使たちはそのように互いにコミュニケートするのか、また身体がないため人間のように生活を支えるための生産、経済活動をいっさい行なわない天使の「仕事」とは何か、であろう。

 

第4部 
天使主義的虚偽 Angelistic Fallacy

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天使学の固有の課題ではないが、こんにち天使学を研究し、その知識を普及するようにうながす大きな要素が、近代の代表的な思想家たちが陥っていた、人間の真実の自己理解にとって致命的な悪影響を及ぼしたと思われる「天使主義的虚偽」である。
それは天使という存在を無視するか、あるいは無知であるため、自らは人間について正確に語っているつもりであっても、実はそこで描き出されているものは天使にほかならない、という虚偽である。
パスカルは人間について「かれは天使でもなく、動物でもなく、人間である」(『パンセ』141)という有名な言葉を残したが、現代では「人間は動物である」という命題を支持する哲学者や思想家が多く、他方、「人間は天使ではない」という命題は自明の理として片付けられる傾向がある。
しかし、実は人間が天使であるかのように見誤る誤謬は微妙で、些細な誤謬のようであって、実はそれのゆきつくところ、極めて大きな危険と害悪をはらむ誤謬である。この虚偽を最初に指摘したのはフランスの哲学者ジャック・マリタン(1882-1973)のデカルト批判(『三人の改革者』1925)においてであったが、アドラーも彼の書物でかなりの頁をこの虚偽の紹介と批判にあてている。


 

■森永エンゼル財団・ダンテフォーラム
「天使学への招待」
収録日: 2011年8月4日-5日
場所: 長崎純心大学
講師: 稲垣良典 長崎純心大学大学院教授・九州大学名誉教授
主催: 長崎純心大学 財団法人エンゼル財団