源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第9回 「桐壺」より その8

前回の復習をし「元服」について触れ、先に進む。元服した源氏は美しさを増し、帝の信任の厚い左大臣の姫君と婚姻を結ぶ。左大臣の御子、蔵人の中将は右大臣の四の姫君と結婚する。源氏のことを「光る君」というのは、高麗人が付けたと言われている。

引き入れのおとゞのみこばらに、ただ一人かしづき給ふ...

 引き入れのおとゞのみこばらに、ただ一人かしづき給ふ御むすめ、東宮よりも御気色あるを、おぼしわづらふ事ありける、この君に奉らむの御心なりけり。うちにも御気色たまはらせ給へりければ、(主上)「さらば、この折りの後見なかめるを、そひぶしにも」と、もよほさせ給ひければ、さ思したり。 さぶらひにまかで給ひて、人々おほみきなど参るほど、みこたちの御座のすゑに、源氏つき給へり。おとゞ気色ばみ聞え給ふ事あれど、もののつゝましき程にて、ともかくもあへしらひ聞え給はず。

おまへより、内侍、宣旨うけたまはり伝へて

 おまへより、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、おとゞ参り給ふべき召しあれば、参り給ふ。御禄のもの、うへの命婦とりて、賜ふ。白きおほうちぎに御ぞひとくだり、例のことなり。御さかづきのついでに、

(主上)「いときなきはつもとゆひに長きよを契る心は結びこめつや」

御こころばへありて、おどろかさせ給ふ。

(大臣)「結びつる心も深きもとゆひにこきむらさきの色しあせせずは」

と奏して、ながはしよりおりて、舞踏し給ふ。

ひだりのつかさの御馬、蔵人所の鷹すゑて、賜はり給ふ。

 ひだりのつかさの御馬、蔵人所の鷹すゑて、賜はり給ふ。みはしのもとに、みこたちかんだちめつらねて、禄どもしなじなに賜はり給ふ。
その日のおまへのをりびつもの、こものなど、右大弁なむ、うけたまはりて仕うまつらせける。屯食、禄の唐櫃どもなど、ところせきまで、東宮の御元服の折にも数まされり。なかなか限りもなくいかめしうなむ。

その夜、おとゞの御さとに、源氏の君まかでさせ給ふ。

 その夜、おとゞの御さとに、源氏の君まかでさせ給ふ。作法よにめづらしきまで、もてかしづき聞こえ給へり。いときびはにておはしたるを、ゆゝしう、うつくし、と、思ひ聞こえ給へり。をんな君は、すこし過ぐし給へるほどに、いと若うおはすれば、似げなく恥づかし、とおぼいたり。

このおとゞの御おぼえいとやむごとなきに

 このおとゞの御おぼえいとやむごとなきに、母宮、うちの一つ后腹になむおはしければ、いづかたにつけてもいと花やかなるに、この君さへかくおはし添ひぬれば、東宮の御おほぢにて、つひに世の中を知りたまふべき右のおとゞの御いきほひは、ものにもあらず、おされ給へり。御子どもあまたはらばらにものし給ふ。宮の御はらは、蔵人の少将にて、いと若うをかしきを、右のおとゞの、御なかはいとよからねど、え見すぐし給はで、かしづき給ふ四の君にあはせ給へり。劣らずもてかしづきたるは、あらまほしき御あはひどもになむ。

源氏の君は、うへのつねに召しまつはせば...

 源氏の君は、うへのつねに召しまつはせば、心安く里住みもえし給はず。心のうちには、ただ藤壺の御ありさまを、たぐひなしと思ひ聞こえて、「さやうならむ人をこそ見め。似る人なくもおはしけるかな。おほいとのの君、いとをかしげにかしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかず」おぼえ給ひて、をさなきほどの心ひとつにかゝりて、いと苦しきまでぞおはしける。おとなになり給ひてのちは、ありしやうに、みすのうちにも入れ給はず、御あそびの折々、ことふえのねに聞えかよひ、ほのかなる御こゑを慰めにて、内住みのみ好ましうおぼえ給ふ。五六日さぶらひ給ひて、おほいとのに二三日など、たえだえにまかで給へど、ただ今は、をさなき御ほどに、罪なくおぼしなして、いとなみかしづき聞こえ給ふ。御かたがたの人々、世の中におしなべたらぬを選りとゝのへすぐりて、侍はせ給ふ。御心につくべき御あそびをし、あぶなあぶなおぼしいたづく。
うちには、もとの淑景舎を御ざうしにて、母みやす所の御かたの人々、まかで散らず、侍はせ給ふ。さとの殿は、修理職内匠寮に宣旨くだりて、になう改め作らせ給ふ。もとのこだち、山のたゝずまひ、おもしろき所なりけるを、池の心広くしなして、めでたく作りのゝしる。かゝる所に、思ふやうならむ人をすゑて住まばやとのみ、嘆かしうおぼしわたる。
光る君といふ名は、こまうどのめで聞こえて、つけ奉りける、とぞ言ひ伝へたる、となむ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第9回 「桐壺」より その8
収録日 2001年10月25日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

講座名:平成13年秋期講座

収録講義映像著作権者:実践女子大学生活文化学科生活文化研究室

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