本文へ

ホーム > 日本の古典 > ;源氏物語全講会 > 第12回 「帚木」より その3

源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第12回 「帚木」より その3

宣長忌、民俗学、国学や、大祓の祝詞と「罪」について触れたあと、講義。左馬頭が理想の家刀自像について語り、世を捨てる女の哀れさ等を語る場面で終わる。

はじめに

冷えてしまった日本人のこころ


・本居宣長の国学について
・柳田国男と折口信夫の国学の違い
・大祓の祝詞について

さまざまの人の上どもを語り合はせつゝ

 さまざまの人のうへどもを語り合はせつゝ、「おほかたの世につけて見るにはとがなきも、我がものとうち頼むべきをえらむに、多かる中にも、えなむ思ひ定むまじかりける。をのこの、おほやけに仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことのうつはものとなるべきを、取りいださむにはかたかるべしかし。されど、かしこしとても一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、かみはしもに助けられ、下は上になびきて、こと広きにゆづろふらむ。せばき家の内のあるじとすべき人ひとりを思ひめぐらすに、たらはであしかるべき大事どもなむ、かたがた多かる。とあればかゝり、あふさきるさにて、なのめにさてもありぬべき人の少きを、すきずきしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見あはせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、同じくは我が力いりをし、なほしひきつくろふべき所なく、心にかなふやうにもやと、えりそめつる人の、定まり難きなるべし。

必ずしも我が思ふにかなはねど

 必ずしも我が思ふにかなはねど、見そめつる契りばかりを棄てがたく思ひとまる人は、ものまめやかなりと見え、さてたもたるゝ女のためも、心にくくおしはからるゝなり。されど、なにか、世のありさまを見給へ集むるまゝに、心に及ばず、いとゆかしき事もなしや。君だちの上なき御選びには、ましていかばかりの人かはたらひ給はむ。
かたちきたなげなく若やかなるほどの、おのがじゝは塵もつかじと身をもてなし、文を書けど、おほどかに言選りをし、墨つきほのかに、心もとなく思はせつゝ、またさやかにも見てしがな、と、すべなく待たせ、わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど、息のしたにひきいれ、言少ななるが、いとよくもてかくすなりけり。なよびかに女しと見れば、あまり情けにひきこめられて、とりなせばあだめく。これをはじめの難とすべし。

事が中になのめなるまじき人の後見の方は

 事が中になのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知りすぐし、はかなきついでの情あり、をかしきにすゝめる方、なくてもよかるべしと見えたるに、またまめまめしきすぢをたてて、耳はさみがちに、美相なきいへとうじの、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして、朝夕の出で入りにつけても、おほやけわたくしの人のたゝずまひ、良き悪しき事の、目にも耳にもとまるありさまを、うとき人に、わざとうちまねばむやは。近くて見む人の聞きわき思ひ知るべからむに、語りも合はせばやと、うちもゑまれ、涙もさしぐみ、もしはあやなきおほやけはらだゝしく、心ひとつに思ひ余る事など多かるを、なににかは聞かせむと思へば、うちそむかれて、人知れぬ思ひいで笑ひもせられ、あはれ、ともうちひとりごたるゝに、『なに事ぞ』など、あはつかにさし仰ぎ居たらむは、いかゞは口をしからぬ。

たゞひたぶるに子めきて、やはらかならむ人を

 たゞひたぶるに子めきて、やはらかならむ人を、とかくひきつくろひては、などか見ざらむ。心もとなくとも、直し所あるこゝちすべし。げに、さし向ひて見む程は、さてもらうたき方に罪ゆるし見るべきを、立ち離れて、さるべき事をも言ひやり、をりふしにしいでむわざの、あだ事にもまめ事にも、我が心と思ひうる事なく、深きいたりなからむは、いとくちをしく、頼もしげなきとがや、なほ苦しからむ。常は少しそばそばしく心づきなき人の、をりふしにつけて出でばえするやうもありかし」など、くまなきもの言ひも、定めかねて、いたくうち嘆く。

「今はたゞ品にもよらじ。

 「今はたゞ品にもよらじ。かたちをばさらにも言はじ。いとくちをしく、ねぢけがましきおぼえだになくは、たゞひとへにものまめやかに、静かなる心のおもむきならむよるべをぞ、つひの頼み所には思ひおくべかりける。あまりのゆゑよし、心ばせ、うち添へたらむをば、喜びに思ひ、少しおくれたる方あらむをも、あながちに求め加へじ。うしろやすくのどけき所だに強くは、うはべのなさけは、おのづからもてつけつべきわざをや。艶に物恥ぢして、うらみ言ふべきことをも、見知らぬさまにしのびて、うへはつれなくみさをづくり、心ひとつに思ひあまる時は、言はむ片なくすごき言の葉、あはれなる歌をよみおき、しのばるべき形見をとゞめて、深き山里、世ばなれたる海づらなどに、はひかくれぬるをり。わらはに侍りし時、女房などの物語読みしを聞きて、いと哀れに悲しく、心深きことかなと、涙をさへなむ落とし侍りし。今思ふには、いとかるがるしく、ことさらびたる事なり。心ざし深からむ男をおきて、見る目の前につらき事ありとも、人の心を見知らぬやうに、逃げ隠れて、人をまどはし、心を見むとする程に、長き世のもの思ひになる、いとあぢきなき事なり。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第12回 「帚木」より その3
収録日 2001年11月15日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

講座名:平成13年秋期講座

収録講義映像著作権者:実践女子大学生活文化学科生活文化研究室

このエントリーをはてなブックマークに追加

「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
詳しくはこちら

ページのトップへ戻る