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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第46回 「末摘花」より その2

源氏と中将とは笛を吹き合わせて大殿へ参る。源氏は中将と競って末摘花に逢おうとし、とげてしまう。しかし末摘花は源氏に対して、とても物おじしており、源氏は気がのらない。

講師:岡野弘彦
講師:岡野弘彦

目次
  1. おのおの契れる方にも、あまえて、え行き別れたまはず、
  2. 中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、
  3. 君たちは、ありつる琴の音を思し出でて、
  4. その後、こなたかなたより、文などやりたまふべし。
  5. 君は、深うしも思はぬことの、かう情けなきを、
  6. 人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、
  7. 瘧病みにわづらひたまひ、人知れぬもの思ひの紛れも、
  8. なほ世にある人のありさまを、おほかたなるやうにて聞き集め、
  9. 命婦は、「さらば、さりぬべからむ折に、物越しに聞こえたまはむほど、
  10. 休憩 ―甘酒の話―
  11. 八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、
  12. 月やうやう出でて、荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、
  13. うち笑ひて、「いと若々しうおはしますこそ、心苦しけれ。
  14. いとつつましげに思したれど、かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども、
  15. 君は、人の御ほどを思せば、「されくつがへる今様のよしばみよりは、
  16. 「いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに
  17. 女君の御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人、
  18. 「いとかかるも、さまかはり、思ふ方ことにものしたまふ人にや」と、
  19. 二条院におはして、うち臥したまひても、「なほ思ふにかなひがたき世にこそ」と、

おのおの契れる方にも、あまえて、え行き別れたまはず、

 おのおの契れる方にも、あまえて、え行き別れたまはず、一つ車に乗りて、月のをかしきほどに雲隠れたる道のほど、笛吹き合せて大殿におはしぬ。
 前駆なども追はせたまはず、忍び入りて、人見ぬ廊に御直衣ども召して、着替へたまふ。つれなう、今来るやうにて、御笛ども吹きすさびておはすれば、大臣、例の聞き過ぐしたまはで、高麗笛取り出でたまへり。いと上手におはすれば、いとおもしろう吹きたまふ。御琴召して、内にも、この方に心得たる人びとに弾かせたまふ。

中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、

 中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、ただこのたまさかなる御けしきのなつかしきをば、え背ききこえぬに、おのづから隠れなくて、大宮などもよろしからず思しなりたれば、もの思はしく、はしたなき心地して、すさまじげに寄り臥したり。絶えて見たてまつらぬ所に、かけ離れなむも、さすがに心細く思ひ乱れたり。

君たちは、ありつる琴の音を思し出でて、

 君たちは、ありつる琴の音を思し出でて、あはれげなりつる住まひのさまなども、やう変へてをかしう思ひつづけ、「あらましごとに、いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ねゐたらむ時、見そめて、いみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりや、わが心もさま悪しからむ」などさへ、中将は思ひけり。この君のかう気色ばみありきたまふを、「まさに、さては、過ぐしたまひてむや」と、なまねたう危ふがりけり。

その後、こなたかなたより、文などやりたまふべし。

 その後、こなたかなたより、文などやりたまふべし。いづれも返り事見えず、おぼつかなく心やましきに、「あまりうたてもあるかな。さやうなる住まひする人は、もの思ひ知りたるけしき、はかなき木草、空のけしきにつけても、とりなしなどして、心ばせ推し測らるる折々あらむこそあはれなるべけれ、重しとても、いとかうあまり埋もれたらむは、心づきなく、悪びたり」と、中将は、まいて心焦られしけり。例の、隔てきこえたまはぬ心にて、
 「しかしかの返り事は見たまふや。試みにかすめたりしこそ、はしたなくて止みにしか」
 と、憂ふれば、「さればよ、言ひ寄りにけるをや」と、ほほ笑まれて、
 「いさ、見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」
 と、答へたまふを、「人わきしける」と思ふに、いとねたし。

君は、深うしも思はぬことの、かう情けなきを、

 君は、深うしも思はぬことの、かう情けなきを、すさまじく思ひなりたまひにしかど、かうこの中将の言ひありきけるを、「言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし。したり顔にて、もとのことを思ひ放ちたらむけしきこそ、憂はしかるべけれ」と思して、命婦をまめやかに語らひたまふ。
 「おぼつかなく、もて離れたる御けしきなむ、いと心憂き。好き好きしき方に疑ひ寄せたまふにこそあらめ。さりとも、短き心ばへつかはぬものを。

人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、

 人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、おのづからわがあやまちにもなりぬべき。心のどかにて、親はらからのもてあつかひ恨むるもなう、心やすからむ人は、なかなかなむらうたかるべきを」とのたまへば、
 「いでや、さやうにをかしき方の御笠宿りには、えしもやと、つきなげにこそ見えはべれ。ひとへにものづつみし、ひき入りたる方はしも、ありがたうものしたまふ人になむ」
 と、見るありさま語りきこゆ。「らうらうじう、かどめきたる心はなきなめり。いと子めかしうおほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」と思し忘れず、のたまふ。

瘧病みにわづらひたまひ、人知れぬもの思ひの紛れも、

 瘧病みにわづらひたまひ、人知れぬもの思ひの紛れも、御心のいとまなきやうにて、春夏過ぎぬ。

 秋のころほひ、静かに思しつづけて、かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ、恋しう思し出でらるるままに、常陸宮にはしばしば聞こえたまへど、なほおぼつかなうのみあれば、世づかず、心やましう、負けては止まじの御心さへ添ひて、命婦を責めたまふ。
 「いかなるやうぞ。いとかかる事こそ、まだ知らね」
 と、いとものしと思ひてのたまへば、いとほしと思ひて、
 「もて離れて、似げなき御事とも、おもむけはべらず。ただ、おほかたの御ものづつみのわりなきに、手をえさし出でたまはぬとなむ見たまふる」と聞こゆれば、
 「それこそは世づかぬ事なれ。物思ひ知るまじきほど、独り身をえ心にまかせぬほどこそ、ことわりなれ、何事も思ひしづまりたまへらむ、と思ふこそ。そこはかとなく、つれづれに心細うのみおぼゆるを、同じ心に答へたまはむは、願ひかなふ心地なむすべき。何やかやと、世づける筋ならで、その荒れたる簀子にたたずままほしきなり。いとうたうて心得ぬ心地するを、かの御許しなくとも、たばかれかし。心苛られし、うたてあるもてなしには、よもあらじ」
 など、語らひたまふ。

なほ世にある人のありさまを、おほかたなるやうにて聞き集め、

 なほ世にある人のありさまを、おほかたなるやうにて聞き集め、耳とどめたまふ癖のつきたまへるを、さうざうしき宵居など、はかなきついでに、さる人こそとばかり聞こえ出でたりしに、かくわざとがましうのたまひわたれば、「なまわづらはしく、女君の御ありさまも、世づかはしく、よしめきなどもあらぬを、なかなかなる導きに、いとほしき事や見えむなむ」と思ひけれど、君のかうまめやかにのたまふに、「聞き入れざらむも、ひがひがしかるべし。父親王おはしける折にだに、旧りにたるあたりとて、おとなひきこゆる人もなかりけるを、まして、今は浅茅分くる人も跡絶えたるに」。
 かく世にめづらしき御けはひの、漏りにほひくるをば、なま女ばらなども笑み曲げて、「なほ聞こえたまへ」と、そそのかしたてまつれど、あさましうものづつみしたまふ心にて、ひたぶるに見も入れたまはぬなりけり。

命婦は、「さらば、さりぬべからむ折に、物越しに聞こえたまはむほど、

 命婦は、「さらば、さりぬべからむ折に、物越しに聞こえたまはむほど、御心につかずは、さても止みかねし。また、さるべきにて、仮にもおはし通はむを、とがめたまふべき人なし」など、あだめきたるはやり心はうち思ひて、父君にも、かかる事なども言はざりけり。

休憩 ―甘酒の話―

・折口先生と甘酒の思い出
・大学紛争の頃の甘酒の思い出

八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、

 八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、星の光ばかりさやけく、松の梢吹く風の音心細くて、いにしへの事語り出でて、うち泣きなどしたまふ。「いとよき折かな」と思ひて、御消息や聞こえつらむ、例のいと忍びておはしたり。

月やうやう出でて、荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、

 月やうやう出でて、荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、琴そそのかされて、ほのかにかき鳴らしたまふほど、けしうはあらず。「すこし、け近う今めきたる気をつけばや」とぞ、乱れたる心には、心もとなく思ひゐたる。人目しなき所なれば、心やすく入りたまふ。命婦を呼ばせたまふ。今しもおどろき顔に、
 「いとかたはらいたきわざかな。しかしかこそ、おはしましたなれ。常に、かう恨みきこえたまふを、心にかなはぬ由をのみ、いなびきこえはべれば、『みづからことわりも聞こえ知らせむ』と、のたまひわたるなり。いかが聞こえ返さむ。なみなみのたはやすき御ふるまひならねば、心苦しきを。物越しにて、聞こえたまはむこと、聞こしめせ」
 と言へば、いと恥づかしと思ひて、
 「人にもの聞こえむやうも知らぬを」
 とて、奥ざまへゐざり入りたまふさま、いとうひうひしげなり。

うち笑ひて、「いと若々しうおはしますこそ、心苦しけれ。

 うち笑ひて、
 「いと若々しうおはしますこそ、心苦しけれ。限りなき人も、親などおはしてあつかひ後見きこえたまふほどこそ、若びたまふもことわりなれ、かばかり心細き御ありさまに、なほ世を尽きせず思し憚るは、つきなうこそ」と教へきこゆ。
 さすがに、人の言ふことは強うもいなびぬ御心にて、
 「答へきこえで、ただ聞け、とあらば。格子など鎖してはありなむ」とのたまふ。
 「簀子などは便なうはべりなむ。おしたちて、あはあはしき御心などは、よも」
 など、いとよく言ひなして、二間の際なる障子、手づからいと強く鎖して、御茵うち置きひきつくろふ。

いとつつましげに思したれど、かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども、

 いとつつましげに思したれど、かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども、夢に知りたまはざりければ、命婦のかう言ふを、あるやうこそはと思ひてものしたまふ。乳母だつ老い人などは、曹司に入り臥して、夕まどひしたるほどなり。若き人、二、三人あるは、世にめでられたまふ御ありさまを、ゆかしきものに思ひきこえて、心げさうしあへり。よろしき御衣たてまつり変へ、つくろひきこゆれば、正身は、何の心げさうもなくておはす。
 男は、いと尽きせぬ御さまを、うち忍び用意したまへる御けはひ、いみじうなまめきて、「見知らむ人にこそ見せめ、栄えあるまじきわたりを、あな、いとほし」と、命婦は思へど、ただおほどかにものしたまふをぞ、「うしろやすう、さし過ぎたることは見えたてまつりたまはじ」と思ひける。「わが常に責められたてまつる罪さりごとに、心苦しき人の御もの思ひや出でこむ」など、やすからず思ひゐたり。

君は、人の御ほどを思せば、「されくつがへる今様のよしばみよりは、

 君は、人の御ほどを思せば、「されくつがへる今様のよしばみよりは、こよなう奥ゆかしう」と思さるるに、いたうそそのかされて、ゐざり寄りたまへるけはひ、忍びやかに、衣被の香いとなつかしう薫り出でて、おほどかなるを、「さればよ」と思す。年ごろ思ひわたるさまなど、いとよくのたまひつづくれど、まして近き御答へは絶えてなし。「わりなのわざや」と、うち嘆きたまふ。

「いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに

 「いくそたび君がしじまにまけぬらむ
  ものな言ひそと言はぬ頼みに
 のたまひも捨ててよかし。玉だすき苦し」
 とのたまふ。

女君の御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人、

 女君の御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人、「いと心もとなう、かたはらいたし」と思ひて、さし寄りて、聞こゆ。
 「鐘つきてとぢめむことはさすがにて
  答へまうきぞかつはあやなき」
 いと若びたる声の、ことに重りかならぬを、人伝てにはあらぬやうに聞こえなせば、「ほどよりはあまえて」と聞きたまへど、
 「めづらしきが、なかなか口ふたがるわざかな
  言はぬをも言ふにまさると知りながら
  おしこめたるは苦しかりけり」
 何やかやと、はかなきことなれど、をかしきさまにも、まめやかにものたまへど、何のかひなし。

「いとかかるも、さまかはり、思ふ方ことにものしたまふ人にや」と、

 「いとかかるも、さまかはり、思ふ方ことにものしたまふ人にや」と、ねたくて、やをら押し開けて入りたまひにけり。
 命婦、「あな、うたて。たゆめたまへる」と、いとほしければ、知らず顔にて、わが方へ往にけり。この若人ども、はた、世にたぐひなき御ありさまの音聞きに、罪ゆるしきこえて、おどろおどろしうも嘆かれず、ただ、思ひもよらずにはかにて、さる御心もなきをぞ、思ひける。
 正身は、ただ我にもあらず、恥づかしくつつましきよりほかのことまたなければ、「今はかかるぞあはれなるかし、まだ世馴れぬ人、うちかしづかれたる」と、見ゆるしたまふものから、心得ず、なまいとほしとおぼゆる御さまなり。何ごとにつけてかは御心のとまらむ、うちうめかれて、夜深う出でたまひぬ。
 命婦は、「いかならむ」と、目覚めて、聞き臥せりけれど、「知り顔ならじ」とて、「御送りに」とも、声づくらず。君も、やをら忍びて出でたまひにけり。

二条院におはして、うち臥したまひても、「なほ思ふにかなひがたき世にこそ」と、

 二条院におはして、うち臥したまひても、「なほ思ふにかなひがたき世にこそ」と、思しつづけて、軽らかならぬ人の御ほどを、心苦しとぞ思しける。思ひ乱れておはするに、頭中将おはして、
 「こよなき御朝寝かな。ゆゑあらむかしとこそ、思ひたまへらるれ」
 と言へば、起き上がりたまひて、
 「心やすき独り寝の床にて、ゆるびにけりや。内裏よりか」
 とのたまへば、
 「しか。まかではべるままなり。朱雀院の行幸、今日なむ、楽人、舞人定めらるべきよし、昨夜うけたまはりしを、大臣にも伝へ申さむとてなむ、まかではべる。やがて帰り参りぬべうはべり」
 と、いそがしげなれば、
 「さらば、もろともに」
 とて、御粥、強飯召して、客人にも参りたまひて、引き続けたれど、一つにたてまつりて、
 「なほ、いとねぶたげなり」
 と、とがめ出でつつ、
 「隠いたまふこと多かり」
 とぞ、恨みきこえたまふ。
 事ども多く定めらるる日にて、内裏にさぶらひ暮らしたまひつ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第46回 「末摘花」より その2
収録日 2004年5月22日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成16年春期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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