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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第48回 「末摘花」より その4

中沢新一『僕のおじさん』の話や折口信夫の「葛の花踏みしだかれて」に触れ、講義に。源氏は雪の朝のあと、歌のやりとしをしても気が重かったが、正月にまた末摘花を訪ねる。二条で源氏は若紫と絵を描く。

はじめに

「折口信夫の「まれびと来訪」の感動。遠い海の彼方から、沖縄の言葉で言えばあかまた・くろまたというふうな異形の形で、こういうものは今でも世界の各地に同じような形で残っていますけれども、木の葉や草の葉っぱを身にまといつけて、つまり自然の中の精霊の形で、しかもおどろおどろしい仮面をつけて一年に時を限ってやってくる。そうすると、この世が違った次元のようになる。そこで日常の秩序が一つステップを変えるわけです。」

・葛の花踏みしだかれて色あたらしこの山道を行きしひとあり 釈迢空(折口信夫)
・古畑のそばの立つ木にゐる鳩の友よぶ声のすごきゆふぐれ 西行

世の常なるほどの、異なることなさならば、思ひ捨てても止みぬべきを、

 世の常なるほどの、異なることなさならば、思ひ捨てても止みぬべきを、さだかに見たまひて後は、なかなかあはれにいみじくて、まめやかなるさまに、常に訪れたまふ。
 黒貂の皮ならぬ、絹、綾、綿など、老い人どもの着るべきもののたぐひ、かの翁のためまで、上下思しやりてたてまつりたまふ。かやうのまめやかごとも恥づかしげならぬを、心やすく、「さる方の後見にて育まむ」と思ほしとりて、さまことに、さならぬうちとけわざもしたまひけり。
 「かの空蝉の、うちとけたりし宵の側目には、いと悪ろかりし容貌ざまなれど、もてなしに隠されて、口惜しうはあらざりきかし。劣るべきほどの人なりやは。げに品にもよらぬわざなりけり。心ばせのなだらかに、ねたげなりしを、負けて止みにしかな」と、ものの折ごとには思し出づ。

年も暮れぬ。内裏の宿直所におはしますに、大輔の命婦参れり。

 年も暮れぬ。内裏の宿直所におはしますに、大輔の命婦参れり。御梳櫛などには、懸想だつ筋なく、心やすきものの、さすがにのたまひたはぶれなどして、使ひならしたまへれば、召しなき時も、聞こゆべき事ある折は、参う上りけり。

「あやしきことのはべるを、聞こえさせざらむもひがひがしう、

 「あやしきことのはべるを、聞こえさせざらむもひがひがしう、思ひたまへわづらひて」
 と、ほほ笑みて聞こえやらぬを、
 「何ざまのことぞ。我にはつつむことあらじと、なむ思ふ」とのたまへば、
 「いかがは。みづからの愁へは、かしこくとも、まづこそは。これは、いと聞こえさせにくくなむ」
 と、いたう言籠めたれば、
 「例の、艶なる」と憎みたまふ。
 「かの宮よりはべる御文」とて、取り出でたり。
 「まして、これは取り隠すべきことかは」
 とて、取りたまふも、胸つぶる。
 陸奥紙の厚肥えたるに、匂ひばかりは深うしめたまへり。いとよう書きおほせたり。歌も、
 「唐衣君が心のつらければ
  袂はかくぞそぼちつつのみ」
 心得ずうちかたぶきたまへるに、包みに、衣筥の重りかに古代なるうち置きて、おし出でたり。

「これを、いかでかは、かたはらいたく思ひたまへざらむ。

 「これを、いかでかは、かたはらいたく思ひたまへざらむ。されど、朔日の御よそひとて、わざとはべるめるを、はしたなうはえ返しはべらず。ひとり引き籠めはべらむも、人の御心違ひはべるべければ、御覧ぜさせてこそは」と聞こゆれば、
 「引き籠められなむは、からかりなまし。袖まきほさむ人もなき身にいとうれしき心ざしにこそは」
 とのたまひて、ことにもの言はれたまはず。

「さても、あさましの口つきや。これこそは手づからの御ことの限りなめれ。

 「さても、あさましの口つきや。これこそは手づからの御ことの限りなめれ。侍従こそとり直すべかめれ。また、筆のしりとる博士ぞなかべき」と、言ふかひなく思す。心を尽くして詠み出でたまひつらむほどを思すに、
 「いともかしこき方とは、これをも言ふべかりけり」
 と、ほほ笑みて見たまふを、命婦、面赤みて見たてまつる。

今様色の、えゆるすまじく艶なう古めきたる直衣の、

 今様色の、えゆるすまじく艶なう古めきたる直衣の、裏表ひとしうこまやかなる、いとなほなほしう、つまづまぞ見えたる。「あさまし」と思すに、この文をひろげながら、端に手習ひすさびたまふを、側目に見れば、
 「なつかしき色ともなしに何にこの
  すゑつむ花を袖に触れけむ
 色濃き花と見しかども」
 など、書きけがしたまふ。花のとがめを、なほあるやうあらむと、思ひ合はする折々の、月影などを、いとほしきものから、をかしう思ひなりぬ。

紅のひと花衣うすくともひたすら朽す名をし立てずは心苦しの世や

 「紅のひと花衣うすくとも
  ひたすら朽す名をし立てずは
 心苦しの世や」
 と、いといたう馴れてひとりごつを、よきにはあらねど、「かうやうのかいなでにだにあらましかば」と、返す返す口惜し。人のほどの心苦しきに、名の朽ちなむはさすがなり。人びと参れば、
 「取り隠さむや。かかるわざは人のするものにやあらむ」
 と、うちうめきたまふ。「何に御覧ぜさせつらむ。我さへ心なきやうに」と、いと恥づかしくて、やをら下りぬ。

またの日、上にさぶらへば、台盤所にさしのぞきたまひて、

  またの日、上にさぶらへば、台盤所にさしのぞきたまひて、
 「くはや。昨日の返り事。あやしく心ばみ過ぐさるる」
 とて、投げたまへり。女房たち、何ごとならむと、ゆかしがる。
 「ただ梅の花の色のごと、三笠の山のをとめをば捨てて」
 と、歌ひすさびて出でたまひぬるを、命婦は「いとをかし」と思ふ。心知らぬ人びとは、
 「なぞ、御ひとりゑみは」と、とがめあへり。
 「あらず。寒き霜朝に、掻練好める花の色あひや見えつらむ。御つづしり歌のいとほしき」と言へば、
 「あながちなる御ことかな。このなかには、にほへる鼻もなかめり」
 「左近の命婦、肥後の采女や混じらひつらむ」
 など、心も得ず言ひしろふ。
 御返りたてまつりたれば、宮には、女房つどひて、見めでけり。
 「逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に
  重ねていとど見もし見よとや」
 白き紙に、捨て書いたまへるしもぞ、なかなかをかしげなる。

晦日の日、夕つ方、かの御衣筥に、「御料」とて、

晦日の日、夕つ方、かの御衣筥に、「御料」とて、人のたてまつれる御衣一領、葡萄染の織物の御衣、また山吹か何ぞ、いろいろ見えて、命婦ぞたてまつりたる。「ありし色あひを悪ろしとや見たまひけむ」と思ひ知らるれど、「かれはた、紅の重々しかりしをや。さりとも消えじ」と、ねび人どもは定むる。
「御歌も、これよりのは、道理聞こえて、したたかにこそあれ」
「御返りは、ただをかしき方にこそ」
など、口々に言ふ。姫君も、おぼろけならでし出でたまひつるわざなれば、ものに書きつけて置きたまへりけり。

朔日のほど過ぎて、今年、男踏歌あるべければ、

 朔日のほど過ぎて、今年、男踏歌あるべければ、例の、所々遊びののしりたまふに、もの騒がしけれど、寂しき所のあはれに思しやらるれば、七日の日の節会果てて、夜に入りて、御前よりまかでたまひけるを、御宿直所にやがてとまりたまひぬるやうにて、夜更かしておはしたり。

例のありさまよりは、けはひうちそよめき、世づいたり。

 例のありさまよりは、けはひうちそよめき、世づいたり。君も、すこしたをやぎたまへるけしきもてつけたまへり。「いかにぞ、改めてひき変へたらむ時」とぞ、思しつづけらるる。
 日さし出づるほどに、やすらひなして、出でたまふ。東の妻戸、おし開けたれば、向ひたる廊の、上もなくあばれたれば、日の脚、ほどなくさし入りて、雪すこし降りたる光に、いとけざやかに見入れらる。
 御直衣などたてまつるを見出だして、すこしさし出でて、かたはら臥したまへる頭つき、こぼれ出でたるほど、いとめでたし。「生ひなほりを見出でたらむ時」と思されて、格子引き上げたまへり。

いとほしかりしもの懲りに、上げも果てたまはで、脇息をおし寄せて、

 いとほしかりしもの懲りに、上げも果てたまはで、脇息をおし寄せて、うちかけて、御鬢ぐきのしどけなきをつくろひたまふ。わりなう古めきたる鏡台の、唐櫛笥、掻上の筥など、取り出でたり。さすがに、男の御具さへほのぼのあるを、されてをかしと見たまふ。
 女の御装束、「今日は世づきたり」と見ゆるは、ありし筥の心葉を、さながらなりけり。さも思しよらず、興ある紋つきてしるき表着ばかりぞ、あやしと思しける。
 「今年だに、声すこし聞かせたまへかし。侍たるるものはさし置かれて、御けしきの改まらむなむゆかしき」とのたまへば、
 「さへづる春は」
 と、からうしてわななかし出でたり。
 「さりや。年経ぬるしるしよ」と、うち笑ひたまひて、「夢かとぞ見る」
 と、うち誦じて出でたまふを、見送りて添ひ臥したまへり。口おほひの側目より、なほ、かの末摘花、いとにほひやかにさし出でたり。見苦しのわざやと思さる。

二条院におはしたれば、紫の君、いともうつくしき片生ひにて、

 二条院におはしたれば、紫の君、いともうつくしき片生ひにて、「紅はかうなつかしきもありけり」と見ゆるに、無紋の桜の細長、なよらかに着なして、何心もなくてものしたまふさま、いみじうらうたし。古代の祖母君の御なごりにて、歯黒めもまだしかりけるを、ひきつくろはせたまへれば、眉のけざやかになりたるも、うつくしうきよらなり。「心から、などか、かう憂き世を見あつかふらむ。かく心苦しきものをも見てゐたらで」と、思しつつ、例の、もろともに雛遊びしたまふ。
 

絵など描きて、色どりたまふ。

 絵など描きて、色どりたまふ。よろづにをかしうすさび散らしたまひけり。我も描き添へたまふ。髪いと長き女を描きたまひて、鼻に紅をつけて見たまふに、画に描きても見ま憂きさましたり。わが御影の鏡台にうつれるが、いときよらなるを見たまひて、手づからこの赤鼻を描きつけ、にほはして見たまふに、かくよき顔だに、さてまじれらむは見苦しかるべかりけり。姫君、見て、いみじく笑ひたまふ。
 「まろが、かくかたはになりなむ時、いかならむ」とのたまへば、
 「うたてこそあらめ」
 とて、さもや染みつかむと、あやふく思ひたまへり。そら拭ごひをして、
 「さらにこそ、白まね。用なきすさびわざなりや。内裏にいかにのたまはむとすらむ」
 と、いとまめやかにのたまふを、いといとほしと思して、寄りて、拭ごひたまへば、
 「平中がやうに色どり添へたまふな。赤からむはあへなむ」
 と、戯れたまふさま、いとをかしき妹背と見えたまへり。
 日のいとうららかなるに、いつしかと霞みわたれる梢どもの、心もとなきなかにも、梅はけしきばみ、ほほ笑みわたれる、とりわきて見ゆ。階隠のもとの紅梅、いととく咲く花にて、色づきにけり。
 「紅の花ぞあやなくうとまるる
  梅の立ち枝はなつかしけれど
 いでや」
 と、あいなくうちうめかれたまふ。
 かかる人びとの末々、いかなりけむ。

今日の講義のおわりに ―女房たちの役割―

「歌というのは、「うつ」というのが語源だと僕は思っていますけれども。そして魂の感染力によって、その人の魂が本来持っている力を一層深め、大きくしていくんだ。だから後世の教育者が教育するというふうな感覚とは違うんだ。また、そういう感染教育のあり方というものが、古代だけではなくて現代にも必要なんだ、というふうなことを折口信夫という人は門弟である私どもにもよく言ったわけです。」

・折口信夫の「感染教育」論
・昭和天皇の歌のご相談役という仕事

コンテンツ名 源氏物語全講会 第48回 「末摘花」より その4
収録日 2004年6月5日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成16年春期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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