源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第49回 「紅葉賀」より その1

伊勢の遷宮の話から紅葉賀へ。朱雀院の行幸の試楽で源氏は青海波を舞う。詠などは仏の御迦陵頻伽の声のようだった。舞の見事さに正三位の位を贈られる。葵の上とは疎遠に、若紫とはうちとけてゆく。

講師:岡野弘彦
講師:岡野弘彦

目次

はじめに ―伊勢神宮のご遷宮―

「・・・そういう巨大なエネルギーというか、非常に大きな魂がまさしくこちらの御殿から向こうの御殿へ移っていかれた。しかも、それは単なる移動ではなくて、神の旅であり、新しい神としての誕生であるわけです。二十年目ごとに神話の神の甦りがああいう形で行われるわけで、それを余り建物にこだわり過ぎると、建物ばっかりの新しい建て替えだというふうに思う、あるいは神宝(かむだから)の新しいつくり替えだというふうに思う。それだと大したことではない。大した意味はない。」

 

・心の御柱(みはしら)について

・神を招き寄せる目印 神籬(ひもろぎ)型と岩座(いわくら)型

・末摘花の最初の語り出し(補足)

思へどもなほ飽かざりし夕顔の露におくれしここちを

思へどもなほ飽かざりし夕顔の露におくれしほどのここちを

 

朱雀院の行幸は、神無月の十日あまりなり。

紅葉賀

 朱雀院の行幸は、神無月の十日あまりなり。世の常ならず、おもしろかるべきたびのことなりければ、御方々、物見たまはぬことを口惜しがりたまふ。主上も、藤壷の見たまはざらむを、飽かず思さるれば、試楽を御前にて、せさせたまふ。

源氏中将は、青海波をぞ舞ひたまひける。片手には大殿の頭中将。

 源氏中将は、青海波をぞ舞ひたまひける。片手には大殿の頭中将。容貌、用意、人にはことなるを、立ち並びては、なほ花のかたはらの深山木なり。
 入り方の日かげ、さやかにさしたるに、楽の声まさり、もののおもしろきほどに、同じ舞の足踏み、おももち、世に見えぬさまなり。

 

詠などしたまへるは、「これや、仏の御迦陵頻伽の声ならむ」と聞こゆ。

 詠などしたまへるは、「これや、仏の御迦陵頻伽の声ならむ」と聞こゆ。おもしろくあはれなるに、帝、涙を拭ひたまひ、上達部、親王たちも、みな泣きたまひぬ。詠はてて、袖うちなほしたまへるに、待ちとりたる楽のにぎははしきに、顔の色あひまさりて、常よりも光ると見えたまふ。

春宮の女御、かくめでたきにつけても、ただならず思して、

 春宮の女御、かくめでたきにつけても、ただならず思して、「神など、空にめでつべき容貌かな。うたてゆゆし」とのたまふを、若き女房などは、心憂しと耳とどめけり。藤壷は、「おほけなき心のなからましかば、ましてめでたく見えまし」と思すに、夢の心地なむしたまひける。

宮は、やがて御宿直なりけり。

 宮は、やがて御宿直なりけり。
 「今日の試楽は、青海波に事みな尽きぬな。いかが見たまひつる」
 と、聞こえたまへば、あいなう、御いらへ聞こえにくくて、
 「殊にはべりつ」とばかり聞こえたまふ。
 「片手もけしうはあらずこそ見えつれ。舞のさま、手づかひなむ、家の子は殊なる。この世に名を得たる舞の男どもも、げにいとかしこけれど、ここしうなまめいたる筋を、えなむ見せぬ。試みの日、かく尽くしつれば、紅葉の蔭やさうざうしくと思へど、見せたてまつらむの心にて、用意せさせつる」など聞こえたまふ。

つとめて、中将君、「いかに御覧じけむ。世に知らぬ乱り心地ながらこそ。

 つとめて、中将君、
 「いかに御覧じけむ。世に知らぬ乱り心地ながらこそ。
  もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の
  袖うち振りし心知りきや
 あなかしこ」
 とある御返り、目もあやなりし御さま、容貌に、見たまひ忍ばれずやありけむ、
 「唐人の袖振ることは遠けれど
  立ち居につけてあはれとは見き
 大方には」
 とあるを、限りなうめづらしう、「かやうの方さへ、たどたどしからず、ひとの朝廷まで思ほしやれる御后言葉の、かねても」と、ほほ笑まれて、持経のやうにひき広げて見ゐたまへり。

行幸には、親王たちなど、世に残る人なく仕うまつりたまへり。

 行幸には、親王たちなど、世に残る人なく仕うまつりたまへり。春宮もおはします。例の、楽の舟ども漕ぎめぐりて、唐土、高麗と、尽くしたる舞ども、種多かり。楽の声、鼓の音、世を響かす。
 一日の源氏の御夕影、ゆゆしう思されて、御誦経など所々にせさせたまふを、聞く人もことわりとあはれがり聞こゆるに、春宮の女御は、あながちなりと、憎みきこえたまふ。

垣代など、殿上人、地下も、心殊なりと世人に思はれたる有職の限りと

 垣代など、殿上人、地下も、心殊なりと世人に思はれたる有職の限りととのへさせたまへり。宰相二人、左衛門督、右衛門督、左右の楽のこと行ふ。舞の師どもなど、世になべてならぬを取りつつ、おのおの籠りゐてなむ習ひける。

木高き紅葉の蔭に、四十人の垣代、

 木高き紅葉の蔭に、四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたる物の音どもにあひたる松風、まことの深山おろしと聞こえて吹きまよひ、色々に散り交ふ木の葉のなかより、青海波のかかやき出でたるさま、いと恐ろしきまで見ゆ。かざしの紅葉いたう散り過ぎて、顔のにほひけにおされたる心地すれば、御前なる菊を折りて、左大将さし替へたまふ。
 日暮れかかるほどに、けしきばかりうちしぐれて、空のけしきさへ見知り顔なるに、さるいみじき姿に、菊の色々移ろひ、えならぬをかざして、今日はまたなき手を尽くしたる入綾のほど、そぞろ寒く、この世のことともおぼえず。もの見知るまじき下人などの、木のもと、岩隠れ、山の木の葉に埋もれたるさへ、すこしものの心知るは涙落としけり。

承香殿の御腹の四の御子、まだ童にて、

 承香殿の御腹の四の御子、まだ童にて、秋風楽舞ひたまへるなむ、さしつぎの見物なりける。これらにおもしろさの尽きにければ、他事に目も移らず、かへりてはことざましにやありけむ。
 その夜、源氏中将、正三位したまふ。頭中将、正下の加階したまふ。上達部は、皆さるべき限りよろこびしたまふも、この君にひかれたまへるなれば、人の目をもおどろかし、心をもよろこばせたまふ、昔の世ゆかしげなり 。

宮は、そのころまかでたまひぬれば、例の、

 宮は、そのころまかでたまひぬれば、例の、隙もやとうかがひありきたまふをことにて、大殿には騒がれたまふ。いとど、かの若草たづね取りたまひてしを、「二条院には人迎へたまふなり」と人の聞こえければ、いと心づきなしと思いたり。
 「うちうちのありさまは知りたまはず、さも思さむはことわりなれど、心うつくしく、例の人のやうに怨みのたまはば、我もうらなくうち語りて、慰めきこえてむものを、思はずにのみとりないたまふ心づきなさに、さもあるまじきすさびごとも出で来るぞかし。人の御ありさまの、かたほに、そのことの飽かぬとおぼゆる疵もなし。人よりさきに見たてまつりそめてしかば、あはれにやむごとなく思ひきこゆる心をも、知りたまはぬほどこそあらめ、つひには思し直されなむ」と、「おだしく軽々しからぬ御心のほども、おのづから」と、頼まるる方はことなりけり。

幼き人は、見ついたまふままに、いとよき心ざま、容貌にて、

 幼き人は、見ついたまふままに、いとよき心ざま、容貌にて、何心もなくむつれまとはしきこえたまふ。「しばし、殿の内の人にも誰れと知らせじ」と思して、なほ離れたる対に、御しつらひ二なくして、我も明け暮れ入りおはして、よろづの御ことどもを教へきこえたまひ、手本書きて習はせなどしつつ、ただほかなりける御むすめを迎へたまへらむやうにぞ思したる。
 政所、家司などをはじめ、ことに分かちて、心もとなからず仕うまつらせたまふ。惟光よりほかの人は、おぼつかなくのみ思ひきこえたり。かの父宮も、え知りきこえたまはざりけり。
 姫君は、なほ時々思ひ出できこえたまふ時、尼君を恋ひきこえたまふ折多かり。
 

君のおはするほどは、紛らはしたまふを、夜などは、

 君のおはするほどは、紛らはしたまふを、夜などは、時々こそ泊まりたまへ、ここかしこの御いとまなくて、暮るれば出でたまふを、慕ひきこえたまふ折などあるを、いとらうたく思ひきこえたまへり。
 二、三日内裏にさぶらひ、大殿にもおはする折は、いといたく屈しなどしたまへば、心苦しうて、母なき子持たらむ心地して、歩きも静心なくおぼえたまふ。僧都は、かくなむ、と聞きたまひて、あやしきものから、うれしとなむ思ほしける。かの御法事などしたまふにも、いかめしうとぶらひきこえたまへり。
 

藤壷のまかでたまへる三条の宮に、御ありさまもゆかしうて、

 藤壷のまかでたまへる三条の宮に、御ありさまもゆかしうて、参りたまへれば、命婦、中納言の君、中務などやうの人びと対面したり。「けざやかにももてなしたまふかな」と、やすからず思へど、しづめて、大方の御物語聞こえたまふほどに、兵部卿宮参りたまへり。
 この君おはすと聞きたまひて、対面したまへり。いとよしあるさまして、色めかしうなよびたまへるを、「女にて見むはをかしかりぬべく」、人知れず見たてまつりたまふにも、かたがたむつましくおぼえたまひて、こまやかに御物語など聞こえたまふ。
 

宮も、この御さまの常よりことになつかしううちとけたまへるを、

 宮も、この御さまの常よりことになつかしううちとけたまへるを、「いとめでたし」と見たてまつりたまひて、婿になどは思し寄らで、「女にて見ばや」と、色めきたる御心には思ほす。
 暮れぬれば、御簾の内に入りたまふを、うらやましく、昔は、主上の御もてなしに、いとけ近く、人づてならで、ものをも聞こえたまひしを、こよなう疎みたまへるも、つらうおぼゆるぞわりなきや。
 「しばしばもさぶらふべけれど、事ぞとはべらぬほどは、おのづからおこたりはべるを、さるべきことなどは、仰せ言もはべらむこそ、うれしく」
 など、すくすくしうて出でたまひぬ。

命婦も、たばかりきこえむかたなく、宮の御けしきも、

 命婦も、たばかりきこえむかたなく、宮の御けしきも、ありしよりは、いとど憂きふしに思しおきて、心とけぬ御けしきも、恥づかしくいとほしければ、何のしるしもなくて、過ぎゆく。「はかなの契りや」と思し乱るること、かたみに尽きせず。

少納言は、「おぼえずをかしき世を見るかな。

 少納言は、「おぼえずをかしき世を見るかな。これも、故尼上の、この御ことを思して、御行ひにも祈りきこえたまひし仏の御しるしにや」とおぼゆ。「大殿、いとやむごとなくておはします。ここかしこあまたかかづらひたまふをぞ、まことに大人びたまはむほどは、むつかしきこともや」とおぼえける。されど、かくとりわきたまへる御おぼえのほどは、いと頼もしげなりかし。
 御服、母方は三月こそはとて、晦日には脱がせたてまつりたまふを、また親もなくて生ひ出でたまひしかば、まばゆき色にはあらで、紅、紫、山吹の地の限り織れる御小袿などを着たまへるさま、いみじう今めかしくをかしげなり。

男君は、朝拝に参りたまふとて、さしのぞきたまへり。

 男君は、朝拝に参りたまふとて、さしのぞきたまへり。
 「今日よりは、大人しくなりたまへりや」
 とて、うち笑みたまへる、いとめでたう愛敬づきたまへり。いつしか、雛をし据ゑて、そそきゐたまへる。三尺の御厨子一具に、品々しつらひ据ゑて、また小さき屋ども作り集めて、たてまつりたまへるを、ところせきまで遊びひろげたまへり。
 「儺やらふとて、犬君がこれをこぼちはべりにければ、つくろひはべるぞ」
 とて、いと大事と思いたり。
 「げに、いと心なき人のしわざにもはべるなるかな。今つくろはせはべらむ。今日は言忌して、な泣いたまひそ」
 とて、出でたまふけしき、ところせきを、人びと端に出でて見たてまつれば、姫君も立ち出でて見たてまつりたまひて、雛のなかの源氏の君つくろひ立てて、内裏に参らせなどしたまふ。

「今年だにすこし大人びさせたまへ。十にあまりぬる人は、

 「今年だにすこし大人びさせたまへ。十にあまりぬる人は、雛遊びは忌みはべるものを。かく御夫などまうけたてまつりたまひては、あるべかしうしめやかにてこそ、見えたてまつらせたまはめ。御髪参るほどをだに、もの憂くせさせたまふ」
 など、少納言聞こゆ。

御遊びにのみ心入れたまへれば、恥づかしと思はせたてまつらむとて言へば、

 御遊びにのみ心入れたまへれば、恥づかしと思はせたてまつらむとて言へば、心のうちに、「我は、さは、夫まうけてけり。この人びとの夫とてあるは、醜くこそあれ。我はかくをかしげに若き人をも持たりけるかな」と、今ぞ思ほし知りける。さはいはど、御年の数添ふしるしなめりかし。かく幼き御けはひの、ことに触れてしるければ、殿のうちの人びとも、あやしと思ひけれど、いとかう世づかぬ御添臥ならむとは思はざりけり。

今日の講義のおわりに ―ドナルド・キーンさんのこと―

「アメリカでは、日米開戦なんかになるよりも何年か前から、きっと日本と戦うことになるから、日本をよく知っておかなければならないと言って、日本を研究する特別のグループをつくって日本研究の学問に励ませたわけですね。ですから、ドナルド・キーンさんなんかは、あの戦争の最中、軍艦に乗って、キスカ、アッツの方へまず向かわれたわけですが、その軍艦の中で『源氏物語』を読んでいたというんです。恐らくそれは日本語の『源氏物語』を読んでいられたに違いない。僕、これは参ったと思うわけです。」

かぎりなき海に向かひて手旗うつ万葉集をうちやまぬかも     近藤芳美

コンテンツ名 源氏物語全講会 第49回 「紅葉賀」より その1
収録日 2004年6月12日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

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