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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第51回 「紅葉賀」より その3

『伊勢物語』を藤井春洋から講義してもらった話、伊勢の国魂を求める人の話などを冒頭に。源氏は帝につかえる典侍に少し、ふざけた事をする。かぎつけた頭の中将も、面白半分に、加わる。

はじめに ―伊勢の国魂を求めて流離した人々―

「近・現代の日本、殊に日本人特有の丹念に緻密に、合理化時代と言うと事の隈々まで合理化してしまう、この徹底した単純さみたいなものが、我々の現代の社会の生き方を本当に息苦しく、たまらない状態に追い詰めていることは確かですね。しかも、それを幾らか物に慣れている大人たちはそれほど感じないでいられるけれども、うぶな心を持っている者ほど、とても耐えられないという状態になっていくだろうと思うんですが、そういうときに何が必要なのか。我々が失ってきたもののすべてが必要だと本当は言うべきなんでしょう。文学的な情念、あるいは宗教的な情熱、そのほかいろんなものが考えられるわけですけれども、とにかくこのままでいると、どんどん先細りになっていくだろう、それは見えているわけです。」

 

・伊勢の国魂(くにたま)を求めて流離した人々

・藤井春洋先生の『伊勢物語』講義

はじめに(続き) ―舞台装置としての本歌取りの歌―

「本歌取りの歌、あるいは引歌――引歌というのは、歌の主要な二句なり三句なりの意味を取り出してくるわけですが、その歌全体の気分をほーっと舞台装置の背景のような形で浮かび上がらせて、物語を重層的に感じさせる、その場面の人物の心理を重層的に描き出そうとする、そういうふうな手法ですね。それが幾つも幾つも出てくる。『源氏物語』の注釈の一番面倒なところはそのことなんです。実はそれを欄外に注として出すわけですが、そうすると、それを読み解いていくときに、現代の我々が読み解いていくものは、一つの訓詁解釈の上の必要な知識として見るわけです。そうすると、歌の心が、すーっと本文の語りの中へ溶け込んでくる部分がどうしても疎かになる。」

・国語学者・大野晋さんと小説家・丸谷才一さんの対談 『光源氏の物語』(中央公論社 1989)
・近代短歌史における平安朝の和歌の教養
・与謝野晶子以下の明星派のもとに集まった女性の歌人たち
・石上露子 『小板橋』

帝の御年、ねびさせたまひぬれど、かうやうの方、

 帝の御年、ねびさせたまひぬれど、かうやうの方、え過ぐさせたまはず、采女、女蔵人などをも、容貌、心あるをば、ことにもてはやし思し召したれば、よしある宮仕へ人多かるころなり。はかなきことをも言ひ触れたまふには、もて離るることもありがたきに、目馴るるにやあらむ、「げにぞ、あやしう好いたまはざめる」と、試みに戯れ事を聞こえかかりなどする折あれど、情けなからぬほどにうちいらへて、まことには乱れたまはぬを、「まめやかにさうざうし」と思ひきこゆる人もあり。

年いたう老いたる典侍、人もやむごとなく、心ばせあり、

 年いたう老いたる典侍、人もやむごとなく、心ばせあり、あてに、おぼえ高くはありながら、いみじうあだめいたる心ざまにて、そなたには重からぬあるを、「かう、さだ過ぐるまで、などさしも乱るらむ」と、いぶかしくおぼえたまひければ、戯れ事言ひ触れて試みたまふに、似げなくも思はざりける。あさまし、と思しながら、さすがにかかるもをかしうて、ものなどのたまひてけれど、人の漏り聞かむも、古めかしきほどなれば、つれなくもてなしたまへるを、女は、いとつらしと思へり。

主上の御梳櫛にさぶらひけるを、果てにければ、

 主上の御梳櫛にさぶらひけるを、果てにければ、主上は御袿の人召して出でさせたまひぬるほどに、また人もなくて、この内侍常よりもきよげに、様体、頭つきなまめきて、装束、ありさま、いとはなやかに好ましげに見ゆるを、「さも古りがたうも」と、心づきなく見たまふものから、「いかが思ふらむ」と、さすがに過ぐしがたくて、裳の裾を引きおどろかしたまへれば、かはぼりのえならず画きたるを、さし隠して見返りたるまみ、いたう見延べたれど、目皮らいたく黒み落ち入りて、いみじうはつれそそけたり。
 「似つかはしからぬ扇のさまかな」と見たまひて、わが持たまへるに、さしかへて見たまへば、赤き紙の、うつるばかり色深きに、木高き森の画を塗り隠したり。片つ方に、手はいとさだ過ぎたれど、よしなからず、「森の下草老いぬれば」など書きすさびたるを、「ことしもあれ、うたての心ばへや」と笑まれながら、
 「森こそ夏の、と見ゆめる」
 とて、何くれとのたまふも、似げなく、人や見つけむと苦しきを、女はさも思ひたらず、
 「君し来ば手なれの駒に刈り飼はむ
  盛り過ぎたる下葉なりとも」
 と言ふさま、こよなく色めきたり。

笹分けば人やとがめむいつとなく駒なつくめる森の木隠れ

 「笹分けば人やとがめむいつとなく
  駒なつくめる森の木隠れ
 わづらはしさに」
 とて、立ちたまふを、ひかへて、
 「まだかかるものをこそ思ひはべらね。今さらなる、身の恥になむ」
 とて泣くさま、いといみじ。
 「いま、聞こえむ。思ひながらぞや」
 とて、引き放ちて出でたまふを、せめておよびて、「橋柱」と怨みかくるを、主上は御袿果てて、御障子より覗かせたまひけり。

「似つかはしからぬあはひかな」と、いとをかしう思されて、

「似つかはしからぬあはひかな」と、いとをかしう思されて、
 「好き心なしと、常にもて悩むめるを、さはいへど、過ぐさざりけるは」
 とて、笑はせたまへば、内侍は、なままばゆけれど、憎からぬ人ゆゑは、濡衣をだに着まほしがるたぐひもあなればにや、いたうもあらがひきこえさせず。
 人びとも、「思ひのほかなることかな」と、扱ふめるを、頭中将、聞きつけて、「至らぬ隈なき心にて、まだ思ひ寄らざりけるよ」と思ふに、尽きせぬ好み心も見まほしうなりにければ、語らひつきにけり。

この君も、人よりはいとことなるを、

 この君も、人よりはいとことなるを、「かのつれなき人の御慰めに」と思ひつれど、見まほしきは、限りありけるをとや。うたての好みや。

 いたう忍ぶれば、源氏の君はえ知りたまはず。見つけきこえては、まづ怨みきこゆるを、齢のほどいとほしければ、慰めむと思せど、かなはぬもの憂さに、いと久しくなりにけるを、夕立して、名残涼しき宵のまぎれに、温明殿のわたりをたたずみありきたまへば、この内侍、琵琶をいとをかしう弾きゐたり 。

御前などにても、男方の御遊びに交じりなどして、

 御前などにても、男方の御遊びに交じりなどして、ことにまさる人なき上手なれば、もの恨めしうおぼえける折から、いとあはれに聞こゆ。
 「瓜作りになりやしなまし」
 と、声はいとをかしうて歌ふぞ、すこし心づきなき。「鄂州にありけむ昔の人も、かくやをかしかりけむ」と、耳とまりて聞きたまふ。弾きやみて、いといたう思ひ乱れたるけはひなり。君、「東屋」を忍びやかに歌ひて寄りたまへるに、
 「押し開いて来ませ」
 と、うち添へたるも、例に違ひたる心地ぞする。

立ち濡るる人しもあらじ東屋にうたてもかかる雨そそきかな

 「立ち濡るる人しもあらじ東屋に
  うたてもかかる雨そそきかな」
 と、うち嘆くを、我ひとりしも聞き負ふまじけれど、「うとましや、何ごとをかくまでは」と、おぼゆ。
 「人妻はあなわづらはし東屋の
  真屋のあまりも馴れじとぞ思ふ」
 とて、うち過ぎなまほしけれど、「あまりはしたなくや」と思ひ返して、人に従へば、すこしはやりかなる戯れ言など言ひかはして、これもめづらしき心地ぞしたまふ。

頭中将は、この君のいたうまめだち過ぐして、常にもどきたまふがねたきを、

 頭中将は、この君のいたうまめだち過ぐして、常にもどきたまふがねたきを、つれなくてうちうち忍びたまふかたがた多かめるを、「いかで見あらはさむ」とのみ思ひわたるに、これを見つけたる心地、いとうれし。「かかる折に、すこし脅しきこえて、御心まどはして、懲りぬやと言はむ」と思ひて、たゆめきこゆ。

風ひややかにうち吹きて、やや更けゆくほどに、

 風ひややかにうち吹きて、やや更けゆくほどに、すこしまどろむにやと見ゆるけしきなれば、やをら入り来るに、君は、とけてしも寝たまはぬ心なれば、ふと聞きつけて、この中将とは思ひ寄らず、「なほ忘れがたくすなる修理大夫にこそあらめ」と思すに、おとなおとなしき人に、かく似げなきふるまひをして、見つけられむことは、恥づかしければ、
 「あな、わづらはし。出でなむよ。蜘蛛のふるまひは、しるかりつらむものを。心憂く、すかしたまひけるよ」
 とて、直衣ばかりを取りて、屏風のうしろに入りたまひぬ。中将、をかしきを念じて、引きたてまつる屏風のもとに寄りて、ごほごほとたたみ寄せて、おどろおどろしく騒がすに、内侍は、ねびたれど、いたくよしばみなよびたる人の、先々もかやうにて、心動かす折々ありければ、ならひて、いみじく心あわたたしきにも、「この君をいかにしきこえぬるか」とわびしさに、ふるふふるふつとひかへたり。

「誰れと知られで出でなばや」と思せど、しどけなき姿にて、

 「誰れと知られで出でなばや」と思せど、しどけなき姿にて、冠などうちゆがめて走らむうしろで思ふに、「いとをこなるべし」と、思しやすらふ。
 中将、「いかで我と知られきこえじ」と思ひて、ものも言はず、ただいみじう怒れるけしきにもてなして、太刀を引き抜けば、女、
 「あが君、あが君」
 と、向ひて手をするに、ほとほと笑ひぬべし。好ましう若やぎてもてなしたるうはべこそ、さてもありけれ、五十七、八の人の、うちとけてもの言ひ騒げるけはひ、えならぬ二十の若人たちの御なかにてもの怖ぢしたる、いとつきなし。かうあらぬさまにもてひがめて、恐ろしげなるけしきを見すれど、なかなかしるく見つけたまひて、「我と知りて、ことさらにするなりけり」と、をこになりぬ。「その人なめり」と見たまふに、いとをかしければ、太刀抜きたるかひなをとらへて、いといたうつみたまへれば、ねたきものから、え堪へで笑ひぬ。
 「まことは、うつし心かとよ。戯れにくしや。いで、この直衣着む」
 とのたまへど、つととらへて、さらに許しきこえず。
 「さらば、もろともにこそ」
 とて、中将の帯をひき解きて脱がせたまへば、脱がじとすまふを、とかくひきしろふほどに、ほころびはほろほろと絶えぬ。中将、
 「つつむめる名や漏り出でむ引きかはし
  かくほころぶる中の衣に
 上に取り着ば、しるからむ」
 と言ふ。君、
 「隠れなきものと知る知る夏衣
  着たるを薄き心とぞ見る」
 と言ひかはして、うらやみなきしどけな姿に引きなされて、みな出でたまひぬ。

君は、「いと口惜しく見つけられぬること」と思ひ、臥したまへり。

 君は、「いと口惜しく見つけられぬること」と思ひ、臥したまへり。内侍は、あさましくおぼえければ、落ちとまれる御指貫、帯など、つとめてたてまつれり。
 「恨みてもいふかひぞなきたちかさね
  引きてかへりし波のなごりに
 底もあらはに」
 とあり。「面無のさまや」と見たまふも憎けれど、わりなしと思へりしもさすがにて、
 「荒らだちし波に心は騒がねど
  寄せけむ磯をいかが恨みぬ」
 とのみなむありける。帯は、中将のなりけり。わが御直衣よりは色深し、と見たまふに、端袖もなかりけり。
 「あやしのことどもや。おり立ちて乱るる人は、むべをこがましきことは多からむ」と、いとど御心をさめられたまふ。

中将、宿直所より、「これ、まづ綴ぢつけさせたまへ」とて、

 中将、宿直所より、「これ、まづ綴ぢつけさせたまへ」とて、おし包みておこせたるを、「いかで取りつらむ」と、心やまし。「この帯を得ざらましかば」と思す。その色の紙に包みて、
 「なか絶えばかことや負ふと危ふさに
  はなだの帯を取りてだに見ず」
 とて、やりたまふ。立ち返り、
 「君にかく引き取られぬる帯なれば
  かくて絶えぬるなかとかこたむ
 え逃れさせたまはじ」
 とあり。

日たけて、おのおの殿上に参りたまへり。

 日たけて、おのおの殿上に参りたまへり。いと静かに、もの遠きさましておはするに、頭の君もいとをかしけれど、公事多く奏しくだす日にて、いとうるはしくすくよかなるを見るも、かたみにほほ笑まる。人まにさし寄りて、
 「もの隠しは懲りぬらむかし」
 とて、いとねたげなるしり目なり。
 「などてか、さしもあらむ。立ちながら帰りけむ人こそ、いとほしけれ。まことは、憂しや、世の中よ」
 と言ひあはせて、「鳥籠の山なる」と、かたみに口がたむ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第51回 「紅葉賀」より その3
収録日 2004年7月3日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成16年春期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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