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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第54回 「葵」より その2

斎院の禊の日、源氏も供をする。葵の上の車が六条御息所の車と争い、傷つけてしまう。後半に折口信夫や斎藤茂吉、万葉集の話など。賀茂祭の日源氏は若紫と見物に出かける。

[前回講義の補足]

 女も、似げなき御年のほどを恥づかしう思して、心とけたまはぬけしき色なれば、それにつつみたるさまにもてなして。院に聞こし召し入れ、世の中の人も知らぬなくなりにたるを、深うしもあらぬ御心のほどを、いみじう思し嘆きけり

・河内本と湖月抄本

大殿には、かやうの御歩きもをさをさしたまはぬに、

 大殿には、かやうの御歩きもをさをさしたまはぬに、御心地さへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人びと、
 「いでや。おのがどちひき忍びて見はべらむこそ、栄なかるべけれ。おほよそ人だに、今日の物見には、大将殿をこそは、あやしき山賤さへ見たてまつらむとすなれ。遠き国々より、妻子を引き具しつつも参うで来なるを。御覧ぜぬは、いとあまりもはべるかな」
 と言ふを、大宮聞こしめして、
 「御心地もよろしき隙なり。さぶらふ人びともさうざうしげなめり」
 とて、にはかにめぐらし仰せたまひて、見たまふ。

日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出でたまへり。

 日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出でたまへり。隙もなう立ちわたりたるに、よそほしう引き続きて立ちわづらふ。よき女房車多くて、雑々の人なき隙を思ひ定めて、皆さし退けさするなかに、網代のすこしなれたるが、下簾のさまなどよしばめるに、いたう引き入りて、ほのかなる袖口、裳の裾、汗衫など、ものの色、いときよらにて、ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車、二つあり。
 「これは、さらに、さやうにさし退けなどすべき御車にもあらず」
 と、口ごはくて、手触れさせず。いづかたにも、若き者ども酔ひ過ぎ、立ち騒ぎたるほどのことは、えしたためあへず。おとなおとなしき御前の人びとは、「かくな」など言へど、えとどめあへず。

「車争い」についてはこちらの講義でも触れられています
「源氏物語全講会」 第129回 「藤裏葉」その2

斎宮の御母御息所、もの思し乱るる慰めにもやと、

 斎宮の御母御息所、もの思し乱るる慰めにもやと、忍びて出でたまへるなりけり。つれなしつくれど、おのづから見知りぬ。
 「さばかりにては、さな言はせそ」
 「大将殿をぞ、豪家には思ひきこゆらむ」
 など言ふを、その御方の人も混じれば、いとほしと見ながら、用意せむもわづらはしければ、知らず顔をつくる。
 つひに、御車ども立て続けつれば、ひとだまひの奥におしやられて、物も見えず。心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたきこと、限りなし。榻などもみな押し折られて、すずろなる車の筒にうちかけたれば、またなう人悪ろく、くやしう、「何に、来つらむ」と思ふにかひなし。

物も見で帰らむとしたまへど、通り出でむ隙もなきに、

物も見で帰らむとしたまへど、通り出でむ隙もなきに、
 「事なりぬ」
 と言へば、さすがに、つらき人の御前渡りの待たるるも、心弱しや。「笹の隈」にだにあらねばにや、つれなく過ぎたまふにつけても、なかなか御心づくしなり。
 げに、常よりも好みととのへたる車どもの、我も我もと乗りこぼれたる下簾の隙間どもも、さらぬ顔なれど、ほほ笑みつつ後目にとどめたまふもあり。大殿のは、しるければ、まめだちて渡りたまふ。御供の人びとうちかしこまり、心ばへありつつ渡るを、おし消たれたるありさま、こよなう思さる。
 「影をのみ御手洗川のつれなきに
  身の憂きほどぞいとど知らるる」
 と、涙のこぼるるを、人の見るもはしたなけれど、目もあやなる御さま、容貌の、「いとどしう出でばえを見ざらましかば」と思さる。

ほどほどにつけて、装束、人のありさま、

 ほどほどにつけて、装束、人のありさま、いみじくととのへたりと見ゆるなかにも、上達部はいとことなるを、一所の御光にはおし消たれためり。大将の御仮の随身に、殿上の将監などのすることは常のことにもあらず、めづらしき行幸などの折のわざなるを、今日は右近の蔵人の将監仕うまつれり。さらぬ御随身どもも、容貌、姿、まばゆくととのへて、世にもてかしづかれたまへるさま、木草もなびかぬはあるまじげなり。

壷装束などいふ姿にて、女房の卑しからぬや、また尼などの世を背きけるなども、

 壷装束などいふ姿にて、女房の卑しからぬや、また尼などの世を背きけるなども、倒れまどひつつ、物見に出でたるも、例は、「あながちなりや、あなにく」と見ゆるに、今日はことわりに、口うちすげみて、髪着こめたるあやしの者どもの、手をつくりて、額にあてつつ見たてまつりあげたるも。をこがましげなる賤の男まで、おのが顔のならむさまをば知らで笑みさかえたり。何とも見入れたまふまじき、えせ受領の娘などさへ、心の限り尽くしたる車どもに乗り、さまことさらび心げさうしたるなむ、をかしきやうやうの見物なりける。

視覚でできている歌と聴覚でできている歌

・斎藤茂吉

松風は裏の山より
音しきてここのみ寺に
しばしきこゆる
松風の吹きとほりゆく
音きこゆる麓の田居を
すぎにけるらし
松風の音きくときは
古の聖のごとく
われはさびしむ
石亀の生める卵を
くちなはが待ちわび
ながら呑むとこそ聞け

近江番場蓮華寺

・山部赤人

ぬばたまの夜の深(ふ)けゆけば冬木(ひさぎ)生(お)ふる清き河原に千鳥しば鳴く

み芳野の象(きさ)山の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだも騒ぐ鳥の声かも

・大伴家持

うらうらに照れる春日(はるひ)に雲雀(ひばり)あがり情(こころ)悲(かな)しも独しおもへば

まして、ここかしこにうち忍びて通ひたまふ所々は、

 まして、ここかしこにうち忍びて通ひたまふ所々は、人知れずのみ数ならぬ嘆きまさるも、多かり。
式部卿の宮、桟敷にてぞ見たまひける。
 「いとまばゆきまでねびゆく人の容貌かな。神などは目もこそとめたまへ」
 と、ゆゆしく思したり。姫君は、年ごろ聞こえわたりたまふ御心ばへの世の人に似ぬを、
 「なのめならむにてだにあり。まして、かうしも、いかで」
 と御心とまりけり。いとど近くて見えむまでは思しよらず。若き人びとは、聞きにくきまでめできこえあへり。

祭の日は、大殿にはもの見たまはず。

 祭の日は、大殿にはもの見たまはず。大将の君、かの御車の所争ひを、まねび聞こゆる人ありければ、「いといとほしう憂し」と思して、
 「なほ、あたら重りかにおはする人の、ものに情けおくれ、すくすくしきところつきたまへるあまりに、みづからはさしも思さざりけめども、かかる仲らひは情け交はすべきものとも思いたらぬ御おきてに従ひて、次々よからぬ人のせさせたるならむかし。御息所は、心ばせのいと恥づかしく、よしありておはするものを、いかに思し憂じにけむ」
 と、いとほしくて、参うでたまへりけれど、斎宮のまだ本の宮におはしませば、榊の憚りにことつけて、心やすくも対面したまはず。ことわりとは思しながら、「なぞや、かくかたみにそばそばしからでおはせかし」と、うちつぶやかれたまふ。

今日は、二条院に離れおはして、祭見に出でたまふ。

 今日は、二条院に離れおはして、祭見に出でたまふ。西の対に渡りたまひて、惟光に車のこと仰せたり。
 「女房出で立つや」
 とのたまひて、姫君のいとうつくしげにつくろひたてておはするを、うち笑みて見たてまつりたまふ。
 「君は、いざたまへ。もろともに見むよ」
 とて、御髪の常よりもきよらに見ゆるを、かきなでたまひて、
 「久しう削ぎたまはざめるを、今日は、吉き日ならむかし」
 とて、暦の博士召して、時問はせなどしたまふほどに、
 「まづ、女房出でね」
 とて、童の姿どものをかしげなるを御覧ず。いとらうたげなる髪どものすそ、はなやかに削ぎわたして、浮紋の表の袴にかかれるほど、けざやかに見ゆ。
 「君の御髪は、我削がむ」とて、「うたて、所狭うもあるかな。いかに生ひやらむとすらむ」
 と、削ぎわづらひたまふ。
 「いと長き人も、額髪はすこし短うぞあめるを、むげに後れたる筋のなきや、あまり情けなからむ」
 とて、削ぎ果てて、「千尋」と祝ひきこえたまふを、少納言、「あはれにかたじけなし」と見たてまつる。
 「はかりなき千尋の底の海松ぶさの
  生ひゆくすゑは我のみぞ見む」
 と聞こえたまへば、
 「千尋ともいかでか知らむ定めなく
  満ち干る潮ののどけからぬに」
 と、ものに書きつけておはするさま、らうらうじきものから、若うをかしきを、めでたしと思す。

今日も、所もなく立ちにけり。

 今日も、所もなく立ちにけり。馬場の御殿のほどに立てわづらひて、
 「上達部の車ども多くて、もの騒がしげなるわたりかな」
 と、やすらひたまふに、よろしき女車の、いたう乗りこぼれたるより、扇をさし出でて、人を招き寄せて、
 「ここにやは立たせたまはぬ。所避りきこえむ」
 と聞こえたり。「いかなる好色者ならむ」と思されて、所もげによきわたりなれば、引き寄せさせたまひて、
 「いかで得たまへる所ぞと、ねたさになむ」
 とのたまへば、よしある扇のつまを折りて、
 「はかなしや人のかざせる葵ゆゑ
  神の許しの今日を待ちける
 注連の内には」
 とある手を思し出づれば、かの典侍なりけり。「あさましう、旧りがたくも今めくかな」と、憎さに、はしたなう、
 「かざしける心ぞあだにおもほゆる
  八十氏人になべて逢ふ日を」
 女は、「つらし」と思ひきこえけり。
 「悔しくもかざしけるかな名のみして
  人だのめなる草葉ばかりを」
 と聞こゆ。

人と相ひ乗りて、簾をだに上げたまはぬを、心やましう思ふ人多かり。

 人と相ひ乗りて、簾をだに上げたまはぬを、心やましう思ふ人多かり。
 「一日の御ありさまのうるはしかりしに、今日うち乱れて歩きたまふかし。誰ならむ。乗り並ぶ人、けしうはあらじはや」と、推し量りきこゆ。「挑ましからぬ、かざし争ひかな」と、さうざうしく思せど、かやうにいと面なからぬ人はた、人相ひ乗りたまへるにつつまれて、はかなき御いらへも、心やすく聞こえむも、まばゆしかし。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第54回 「葵」より その2
収録日 2004年11月13日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成16年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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