源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第74回 「澪標」より その1

源氏は桐壷院の法華八講を修す。朱雀帝が譲位し、源氏は内大臣になるが摂政は到仕の大臣(前の左大臣)に譲る。明石の君に姫君が誕生し、源氏が紫の上にその話をするが、紫の上の憂い心は晴れない。

澪標という言葉について

「澪標(みをつくし)というのは、「みを」は、水脈というふうな漢字を当てれば適切なわけですが、「つ」は助詞みたいな言葉です。みをのくし、その「みを」示すための水中に立てる杭。典型的なのは、難波の港などで、水脈を示す目印としてずーっと水中に杭を打って、船が出入りするのに便利なように、船の運行に便利なようにしておく。それが澪標であるわけです。澪を示すための、あるいは澪を導くための杭ですね。」

さやかに見えたまひし夢の後は、

澪標(みをつくし)

 さやかに見えたまひし夢の後(のち)は、院の帝の御ことを心にかけきこえたまひて、「いかで、かの沈みたまふらむ罪、救ひたてまつることをせむ」と、思し嘆きけるを、かく帰りたまひては、その御急ぎしたまふ。神無月に御八講したまふ。世の人なびき仕うまつること、昔のやうなり。

大后、御悩み重くおはしますうちにも、

 大后(おほぎさき)、御悩み重くおはしますうちにも、「つひにこの人をえ消(け)たずなりなむこと」と、心病み思しけれど、帝は院の御遺言(ゆゐごん)を思ひきこえたまふ。ものの報(むく)いありぬべく思しけるを、直し立てたまひて、御心地(ここち)涼しくなむ思しける。時々おこり悩ませたまひし御目も、さはやぎたまひぬれど、「おほかた世にえ長くあるまじう、心細きこと」とのみ、久しからぬことを思しつつ、常に召しありて、源氏の君は参りたまふ。世の中のことなども、隔てなくのたまはせつつ、御本意(ほい)のやうなれば、おほかたの世の人も、あいなく、うれしきことに喜びきこえける。

下りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも、

 下(お)りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも、尚侍(ないしのかみ)、心細げに世を思ひ嘆きたまへる、いとあはれに思されけり。
 「大臣(おとど)亡(う)せたまひ、大宮も頼もしげなくのみ篤(あつ)いたまへるに、我が世残り少なき心地するになむ、いといとほしう、名残なきさまにてとまりたまはむとすらむ。昔より、人には思ひ落としたまへれど、みづからの心ざしのまたなきならひに、ただ御ことのみなむ、あはれにおぼえける。立ちま  さる人、また御本意(ほい)ありて見たまふとも、おろかならぬ心ざしはしも、なずらはざらむと思ふさへこそ、心苦しけれ」
 とて、うち泣きたまふ。
 女君、顔はいと赤く匂ひて、こぼるばかりの御愛敬(あいぎやう)にて、涙もこぼれぬるを、よろづの罪忘れて、あはれにらうたしと御覧ぜらる。
 「などか、御子をだに持たまへるまじき。口惜しうもあるかな。契り深き人のためには、今見出(い)でたまひてむと思ふも、口惜しや。限りあれば、ただ人(びと)にてぞ見たまはむかし」
 など、行く末のことをさへのたまはするに、いと恥づかしうも悲しうもおぼえたまふ。御容貌(かたち)など、なまめかしうきよらにて、限りなき御心ざしの年月に添ふやうにもてなさせたまふに、めでたき人なれど、さしも思ひたまへらざりしけしき、心ばへなど、もの思ひ知られたまふままに、「などて、わが心の若くいはけなきにまかせて、さる騷ぎをさへ引き出でて、わが名をばさらにもいはず、人の御ためさへ」など思し出づるに、いと憂き御身(み)なり。

明くる年の如月に、春宮の御元服のことあり。

 明くる年の如月(きさらぎ)に、春宮(とうぐう)の御元服のことあり。十一になりたまへど、ほどよりおほきに、おとなしうきよらにて、ただ源氏の大納言の御顔を二つに写したらむやうに見えたまふ。いとまばゆきまで光りあひたまへるを、世人(よひと)めでたきものに聞こゆれど、母宮は、いみじうかたはらいたきことに、あいなく御心を尽くしたまふ。
 内裏(うち)にも、めでたしと見たてまつりたまひて、世の中譲りきこえたまふべきことなど、なつかしう聞こえ知らせたまふ。

同じ月の二十余日、御国譲りのことにはかなれば、

 同じ月の二十余日、御国譲りのことにはかなれば、大后(おほぎさき)思しあわてたり。
 「かひなきさまながらも、心のどかに御覧ぜらるべきことを思ふなり」
 とぞ、聞こえ慰めたまひける。
 坊には承香殿(そきやうでん)の皇子ゐたまひぬ。世の中改まりて、引き変へ今めかしきことども多かり。源氏の大納言、内大臣になりたまひぬ。数定まりて、くつろぐ所もなかりければ、加はりたまふなりけり。

やがて世の政事をしたまふべきなれど、

 やがて世の政事をしたまふべきなれど、「さやうの事しげき職(そく)には堪へずなむ」とて、致仕の大臣(おとど)、摂政したまふべきよし、譲りきこえたまふ。
 「病(やまひ)によりて、位を返したてまつりてしを、いよいよ老のつもり添ひて、さかしきことはべらじ」
 と、受けひき申したまはず。「人の国にも、こと移り世の中定まらぬ折は、深き山に跡を絶えたる人だにも、治まれる世には、白髪(しらかみ)も恥ぢず出(い)で仕(つか)へけるをこそ、まことの聖(ひじり)にはしけれ。病に沈みて、返し申したまひける位を、世の中変はりてまた改めたまはむに、さらに咎(とが)あるまじう」、公(おほやけ)、私(わたくし)定めらる。さる例(ためし)もありければ、すまひ果てたまはで、太政大臣(だいじやうだいじん)になりたまふ。御年も六十三にぞなりたまふ。

世の中すさまじきにより、かつは籠もりゐたまひしを、

 世の中すさまじきにより、かつは籠もりゐたまひしを、とりかへし花やぎたまへば、御子どもなど沈むやうにものしたまへるを、皆浮かびたまふ。とりわきて、宰相中将、権中納言になりたまふ。かの四の君の御腹の姫君、十二になりたまふを、内裏(うち)に参らせむとかしづきたまふ。かの「高砂(たかさご)」歌ひし君も、かうぶりせさせて、いと思ふさまなり。腹々に御子どもいとあまた次々に生(お)ひ出でつつ、にぎははしげなるを、源氏の大臣(おとど)は羨みたまふ。

大殿腹の若君、人よりことにうつくしうて、

 大殿腹の若君、人よりことにうつくしうて、内裏(うち)、春宮(とうぐう)の殿上したまふ。故姫君の亡(う)せたまひにし嘆きを、宮、大臣(おとど)、またさらに改めて思(おぼ)し嘆く。されど、おはせぬ名残も、ただこの大臣の御光(ひかり)に、よろづもてなされたまひて、年ごろ、思し沈みつる名残なきまで栄えたまふ。なほ昔に御心ばへ変はらず、折節ごとに渡りたまひなどしつつ、若君の御乳母(めのと)たち、さらぬ人びとも、年ごろのほどまかで散らざりけるは、皆さるべきことに触れつつ、よすがつけむことを思しおきつるに、幸ひ人多くなりぬべし。

二条院にも、同じごと待ちきこえける人を、

 二条院にも、同じごと待ちきこえける人を、あはれなるものに思して、年ごろの胸あくばかりと思せば、中将、中務(なかつかさ)やうの人びとには、ほどほどにつけつつ情けを見えたまふに、御いとまなくて、他(ほか)歩きもしたまはず。
 二条院の東なる宮、院の御処(そう)分なりしを、二なく改め造らせたまふ。「花散里などやうの心苦しき人びと住ませむ」など、思し当てて繕(つくろ)はせたまふ。

(休憩)卒業生に贈る言葉

・マスコミの取材と背中の痛み

・学長として國學院大學栃木短期大学の卒業生に贈る言葉

ご卒業、おめでとう。
今日からあなた方は一人前の社会人として世に出ていかれるわけです。今の日本は、一応は平和で豊かで、バランスのとれた社会のように思われますが、しかし、よく見ると、随分危ない要素を多く含んだ、先の見通しの暗い世情でもあります。IT革命とか情報化時代とか言われて、何よりも迅速な情報が万能のように思われていますが、高度に機械化された情報には、深く温かい心や英知の欠落していることが多いのです。こういう傾向ばかりが増幅されていくと、一国の宰相が、国会の答弁の中でも「それはガセネタだ」というような、品位も真実もこもらない下落した言葉を叫んで恥じない世相を生むに至ります。
今年は戌の年です。このごろの日本では、愛犬に美しく化粧して、ドレスを着せ、靴下まで履かせて散歩させていらっしゃる方々のお姿をよく拝見します。肝心のご主人の方は、変にうそ寒い顔をして、ちっとも幸福そうに見えません。私の住む街では、散歩用のお犬様をレンタルする店までできました。(レンタル料は随分高いようですが)何でも人間の欲求のとおりに、便利に、機械化しようと思っているうちに、人間の方がその心までロボットのように渇き切ってしまっているようです。恐ろしい時代になったものだと思います。
若いあなた方の力で、この老いて機械のように強張ってしまった日本の社会を、若く美しい、人間的感情に満ちた世の中によみがえらせてください。そのためには、何よりも美しい感情と優れた英知をあなた方の心に育て、広く世に及ぼす情熱を持ってください。

まことや、「かの明石に、心苦しげなりしことはいかに」と、

 まことや、「かの明石に、心苦しげなりしことはいかに」と、思し忘るる時なければ、公、私いそがしき紛れに、え思(おぼ)すままにも訪(とぶら)ひたまはざりけるを、三月朔日(ついたち)のほど、「このころや」と思しやるに、人知れずあはれにて、御使ありけり。とく帰り参りて、
 「十六日になむ。女にて、たひらかにものしたまふ」
 と告げきこゆ。めづらしきさまにてさへあなるを思すに、おろかならず。「などて、京に迎へて、かかることをもせさせざりけむ」と、口惜しう思さる。

宿曜に、「御子三人。帝、后かならず並びて生まれたまふべし。

 宿曜(すくえう)に、
 「御子三人(みたり)。帝、后かならず並びて生まれたまふべし。中の劣(おと)りは、太政大臣(おほきおとど)にて位を極むべし」
 と、勘(かんが)へ申したりしこと、さしてかなふなめり。おほかた、上(かみ)なき位に昇り、世をまつりごちたまふべきこと、さばかりかしこかりしあまたの相(さう)人(にん)どもの聞こえ集めたるを、年ごろは世のわづらはしさにみな思し消(け)ちつるを、当帝(たうだい)のかく位にかなひたまひぬることを、思ひのごとうれしと思す。みづからも、「もて離れたまへる筋は、さらにあるまじきこと」と思す。
 「あまたの皇子(みこ)たちのなかに、すぐれてらうたきものに思したりしかど、ただ人(びと)に思しおきてける御心を思ふに、宿世(すくせ)遠かりけり。内裏(うち)のかくておはしますを、あらはに人の知ることならねど、相人の言(こと)むなしからず」
 と、御心のうちに思しけり。今、行く末のあらましごとを思すに、
 「住吉の神のしるべ、まことにかの人も世になべてならぬ宿世(すくせ)にて、ひがひがしき親も及びなき心をつかふにやありけむ。さるにては、かしこき筋にもなるべき人の、あやしき世界にて生まれたらむは、いとほしうかたじけなくもあるべきかな。このほど過(す)ぐして迎へてむ」
 と思して、東の院、急ぎ造らすべきよし、もよほし仰せたまふ。

さる所に、はかばかしき人しもありがたからむを思して、

 さる所に、はかばかしき人しもありがたからむを思して、故院にさぶらひし宣旨(せんじ)の娘、宮内卿の宰相にて亡くなりにし人の子なりしを、母なども亡(う)せて、かすかなる世に経(へ)けるが、はかなきさまにて子産(う)みたりと、聞こしめしつけたるを、知る便りありて、ことのついでにまねびきこえける人召して、さるべきさまにのたまひ契る。
 まだ若く、何心もなき人にて、明け暮れ人知れぬあばらやに、眺むる心細さなれば、深うも思ひたどらず、この御あたりのことをひとへにめでたう思ひきこえて、参るべきよし申させたり。いとあはれにかつは思して、出だし立てたまふ。

もののついでに、いみじう忍びまぎれておはしまいたり。

 もののついでに、いみじう忍びまぎれておはしまいたり。さは聞こえながら、いかにせましと思ひ乱れけるを、いとかたじけなきに、よろづ思ひ慰めて、
 「ただ、のたまはせむままに」
 と聞こゆ。吉(よ)ろしき日なりければ、急がし立てたまひて、
 「あやしう、思ひやりなきやうなれど、思ふさま殊(こと)なることにてなむ。みづからもおぼえぬ住まひに結ぼほれたりし例(ためし)を思ひよそへて、しばし念じたまへ」
 など、ことのありやう詳(くは)しう語らひたまふ。
 主上(うへ)の宮仕へ時々せしかば、見たまふ折もありしを、いたう衰へにけり。家のさまも言ひ知らず荒れまどひて、さすがに、大きなる所の、木立など疎ましげに、「いかで過ぐしつらむ」と見ゆ。人のさま、若やかにをかしければ、御覧じ放たれず。とかく戯(たはぶ)れたまひて、
 「取り返しつべき心地こそすれ。いかに」
 とのたまふにつけても、「げに、同じうは、御身近うも仕うまつり馴れば、憂き身も慰みなまし」と見たてまつる。

  「かねてより隔てぬ仲とならはねど
   別れは惜しきものにぞありける
   慕ひやしせまし」

 とのたまへば、うち笑ひて、

  「うちつけの別れを惜しむかことにて
   思はむ方に慕ひやはせぬ」

 馴れて聞こゆるを、いたしと思す。

車にてぞ京のほどは行き離れける。

 車にてぞ京のほどは行き離れける。いと親しき人さし添へたまひて、ゆめに漏らすまじく、口がためたまひて遣(つか)はす。御佩刀(みはかし)、さるべきものなど、所狭(せ)きまで思しやらぬ隈なし。乳母(めのと)にも、ありがたうこまやかなる御いたはりのほど、浅からず。
 入道の思ひかしづき思ふらむありさま、思ひやるも、ほほ笑まれたまふこと多く、また、あはれに心苦しうも、ただこのことの御心にかかるも、浅からぬにこそは。御文にも、「おろかにもてなし思ふまじ」と、返す返すいましめたまへり。
 
  「いつしかも袖うちかけむをとめ子が
   世を経て撫づる岩の生(お)ひ先」
 
 津の国までは舟にて、それよりあなたは馬にて、急ぎ行き着きぬ。

入道待ちとり、喜びかしこまりきこゆること、限りなし。

 

 入道待ちとり、喜びかしこまりきこゆること、限りなし。そなたに向きて拝みきこえて、ありがたき御心ばへを思ふに、いよいよいたはしう、恐ろしきまで思ふ。
 稚児(ちご)のいとゆゆしきまでうつくしうおはすること、たぐひなし。「げに、かしこき御心に、かしづききこえむと思したるは、むべなりけり」と見たてまつるに、あやしき道に出で立ちて、夢の心地しつる嘆きもさめにけり。いとうつくしうらうたうおぼえて、扱ひきこゆ。
 子持ちの君も、月ごろものをのみ思ひ沈みて、いとど弱れる心地に、生きたらむともおぼえざりつるを、この御おきての、すこしもの思ひ慰めらるるにぞ、頭(かしら)もたげて、御使にも二なきさまの心ざしを尽くす。とく参りなむと急ぎ苦しがれば、思ふことどもすこし聞こえ続けて、

  「ひとりして撫づるは袖のほどなきに
   覆(おほ)ふばかりの蔭をしぞ待つ」

 と聞こえたり。あやしきまで御心にかかり、ゆかしう思さる。

女君には、言にあらはしてをさをさ聞こえたまはぬを、

 女君には、言(こと)にあらはしてをさをさ聞こえたまはぬを、聞きあはせたまふこともこそ、と思して、
 「さこそあなれ。あやしうねぢけたるわざなりや。さもおはせなむと思ふあたりには、心もとなくて、思ひの外(ほか)に、口惜しくなむ。女にてあなれば、いとこそものしけれ。尋ね知らでもありぬべきことなれど、さはえ思ひ捨つまじきわざなりけり。呼びにやりて見せたてまつらむ。憎みたまふなよ」
 と聞こえたまへば、面(おも)うち赤みて、
 「あやしう、つねにかやうなる筋のたまひつくる心のほどこそ、われながら疎ましけれ。もの憎みは、いつならふべきにか」
 と怨(え)じまたへば、いとよくうち笑みて、
 「そよ。誰(た)がならはしにかあらむ。思はずにぞ見えたまふや。人の心より外(ほか)なる思ひやりごとして、もの怨じなどしたまふよ。思へば悲し」
 とて、果て果ては涙ぐみたまふ。年ごろ飽かず恋しと思ひきこえたまひし御心のうちども、折々の御文の通ひなど思し出づるには、「よろづのこと、すさびにこそあれ」と思ひ消(け)たれたまふ。

 

「この人を、かうまで思ひやり言問ふは、なほ思ふやうのはべるぞ。

 「この人を、かうまで思ひやり言(こと)問ふは、なほ思ふやうのはべるぞ。まだきに聞こえば、またひが心得たまふべければ」
 とのたまひさして、
 「人がらのをかしかりしも、所からにや、めづらしうおぼえきかし」
 など語りきこえたまふ。
 あはれなりし夕べの煙(けぶり)、言ひしことなど、まほならねど、その夜の容貌(かたち)ほの見し、琴の音のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまにのたま  ひ出づるにも、
 「われはまたなくこそ悲しと思ひ嘆きしか、すさびにても、心を分けたまひけむよ」
 と、ただならず、思ひ続けたまひて、「われは、われ」と、うち背(そむ)き眺めて、
 「あはれなりし世のありさまかな」
 と、独り言のやうにうち嘆きて、

  「思ふどちなびく方にはあらずとも
   われぞ煙に先立ちなまし」

   「何とか。心憂(う)や。
    誰(た)れにより世を海山に行きめぐり
    絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
 いでや、いかでか見えたてまつらむ。命こそかなひがたかべいものなめれ。はかなきことにて、人に心おかれじと思ふも、ただ一つゆゑぞや」
 とて、箏(さう)の御琴引き寄せて、掻(か)き合せすさびたまひて、そそのかしきこえたまへど、かの、すぐれたりけむもねたきにや、手も触れたまはず。いとおほどかにうつくしう、たをやぎたまへるものから、さすがに執念(しふね)きところつきて、もの怨(え)じしたまへるが、なかなか愛敬(ぎやう)づきて腹立ちなしたまふを、をかしう見どころありと思す。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第74回 「澪標」より その1
収録日 2006年2月18日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

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