本文へ

ホーム > 日本の古典 > ;源氏物語全講会 > 第77回 「澪標」その4~「蓬生」その1

源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第77回 「澪標」その4~「蓬生」その1

前斎宮を帝のそばにと源氏は考え、朱雀院も近くにと望んでいる様子なので入道の宮(藤壺)に相談する。「王氏の文学と他氏の文学」の話や『バグダッド燃ゆ』について。蓬生の巻は蔭ながら源氏を待つ末摘花の心細い暮らしぶり。

はじめに

「巻の途中でちょっと間が空いてしまいましたから、話し始めるのが、何となく間が悪いような感じがしますけれども、澪標の終わりのあたりです。つまり六条の御息所は、娘の伊勢の斎宮であった方が帝の代がかわってお役が終わって引き揚げてくるわけですが、体のぐあいもだんだん悪くなっていって、気性の激しい、生まれた家の位も高くて、第一級の優れた教養を持っていて、それでいながら光源氏の恋人、愛人たちに対する焼き餅の感情を自分でどうにもコントロールすることができない。あれほど誇り高くて教養のある女性でありながら、一面でそういう不随意筋のような激しい焼き餅の心を持っている。そして勝手に魂だけが抜け出していって、光源氏の愛人に祟る、災いをする。これから御息所は亡くなりますけれども、亡くなった後も焼き餅の心は失せないで、源氏の周囲の人、殊に紫の上にこれから祟ることになるわけです。」

いとまめやかにねむごろに聞こえたまひて、

 いとまめやかにねむごろに聞こえたまひて、さるべき折々は渡りなどしたまふ。
  「かたじけなくとも、昔の御名残に思しなずらへて、気遠からずもてなさせたまはばなむ、本意なる心地すべき」
  など聞こえたまへど、わりなくもの恥ぢをしたまふ奥まりたる人ざまにて、ほのかにも御声など聞かせたてまつらむは、いと世になくめづらかなることと思したれば、人びとも聞こえわづらひて、かかる御心ざまを愁へきこえあへり。
  「女別当、内侍などいふ人びと、あるは、離れたてまつらぬわかむどほりなどにて、心ばせある人々多かるべし。この、人知れず思ふ方のまじらひをさせさたてまつらむに、人に劣りたまふまじかめり。いかでさやかに、御容貌を見てしがな」
  と思すも、うちとくべき御親心にはあらずやありけむ。
  わが御心も定めがたければ、かく思ふといふことも、人にも漏らしたまはず。御わざなどの御ことをも取り分きてせさせたまへば、ありがたき御心を、宮人もよろこびあへり。

はかなく過ぐる月日に添へて、

 はかなく過ぐる月日に添へて、いとどさびしく、心細きことのみまさるに、さぶらふ人びとも、やうやうあかれ行きなどして、下つ方の京極わたりなれば、人気遠く、山寺の入相の声々に添へても、音泣きがちにてぞ、過ぐしたまふ。同じき御親と聞こえしなかにも、片時の間も立ち離れたてまつりたまはで、ならはしたてまつりたまひて、斎宮にも親添ひて下りたまふことは、例なきことなるを、あながちに誘ひきこえたまひし御心に、限りある道にては、たぐひきこえたまはずなりにしを、干る世なう思し嘆きたり。

さぶらふ人びと、

 さぶらふ人びと、貴きも賤しきもあまたあり。されど、大臣の、
  「御乳母たちだに、心にまかせたること、引き出だし仕うまつるな」
  など、親がり申したまへば、「いと恥づかしき御ありさまに、便なきこと聞こし召しつけられじ」と言ひ思ひつつ、はかなきことの情けも、さらにつくらず。

院にも、かの下りたまひし大極殿のいつかしかりし儀式に、

 院にも、かの下りたまひし大極殿のいつかしかりし儀式に、ゆゆしきまで見えたまひし御容貌を、忘れがたう思しおきければ、
  「参りたまひて、斎院など、御はらからの宮々おはしますたぐひにて、さぶらひたまへ」
  と、御息所にも聞こえたまひき。されど、「やむごとなき人びとさぶらひたまふに、数々なる御後見もなくてや」と思しつつみ、「主上は、いとあつしうおはしますも恐ろしう、またもの思ひや加へたまはむ」と、憚り過ぐしたまひしを、今は、まして誰かは仕うまつらむと、人びと思ひたるを、ねむごろに院には思しのたまはせけり。

大臣、聞きたまひて、

 大臣、聞きたまひて、「院より御けしきあらむを、引き違へ、横取りたまはむを、かたじけなきこと」と思すに、人の御ありさまのいとらうたげに、見放たむはまた口惜しうて、入道の宮にぞ聞こえたまひける。
  「かうかうのことをなむ、思うまへわづらふに、母御息所、いと重々しく心深きさまにものしはべりしを、あぢきなき好き心にまかせて、さるまじき名をも流し、憂きものに思ひ置かれはべりにしをなむ、世にいとほしく思ひたまふる。この世にて、その恨みの心とけず過ぎはべりにしを、今はとなりての際に、この斎宮の御ことをなむ、ものせられしかば、さも聞き置き、心にも残すまじうこそは、さすがに見おきたまひけめ、と思ひたまふるにも、忍びがたう。おほかたの世につけてだに、心苦しきことは見聞き過ぐされぬわざにはべるを、いかで、なき蔭にても、かの恨み忘るばかり、と思ひたまふるを、内裏にも、さこそおとなびさせたまへど、いときなき御齢におはしますを、すこし物の心知る人はさぶらはれてもよくやと思ひたまふるを、御定めに」
  など聞こえたまへば、
  「いとよう思し寄りけるを、院にも、思さむことは、げにかたじけなう、いとほしかるべけれど、かの御遺言をかこちて、知らず顔に参らせたてまつりたまへかし。

今はた、さやうのこと、わざとも思しとどめず、

 今はた、さやうのこと、わざとも思しとどめず、御行なひがちになりたまひて、かう聞こえたまふを、深うしも思しとがめじと思ひたまふる」
  「さらば、御けしきありて、数まへさせたまはば、もよほしばかりの言を、添ふるになしはべらむ。とざまかうざまに、思ひたまへ残すことなきに、かくまでさばかりの心構へも、まねびはべるに、世人やいかにとこそ、憚りはべれ」
  など聞こえたまて、後には、「げに、知らぬやうにて、ここに渡したてまつりてむ」と思す。
  女君にも、しかなむ思ひ語らひきこえて、
  「過ぐいたまはむに、いとよきほどなるあはひならむ」
  と、聞こえ知らせたまへば、うれしきことに思して、御渡りのことをいそぎたまふ。

入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかとかしづき騷ぎたまふめるを、

 入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかとかしづき騷ぎたまふめるを、「大臣の隙ある仲にて、いかがもてなしたまはむ」と、心苦しく思す。
  権中納言の御女は、弘徽殿の女御と聞こゆ。大殿の御子にて、いとよそほしうもてかしづきたまふ。主上もよき御遊びがたきに思いたり。
  「宮の中の君も同じほどにおはすれば、うたて雛遊びの心地すべきを、おとなしき御後見は、いとうれしかべいこと」
  と思しのたまひて、さる御けしき聞こえたまひつつ、大臣のよろづに思し至らぬことなく、公方の御後見はさらにもいはず、明け暮れにつけて、こまかなる御心ばへの、いとあはれに見えたまふを、頼もしきものに思ひきこえたまひて、いとあつしくのみおはしませば、参りなどしたまひても、心やすくさぶらひたまふこともかたきを、すこしおとなびて、添ひさぶらはむ御後見は、かならずあるべきことなりけり。

入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかとかしづき騷ぎたまふめるを、(続き)

・光源氏の生き方の変わり目

「源氏の須磨・明石の苦難を経た後の心の成長ぶり、これから後の光源氏は大きな勢力を身につけながら、当然政治的な重要な役割を務めていかなければならない。今までの若い、時には感情に任せて恋の冒険などをやっていた光源氏とはおのずから違った光源氏の生き方というものが示されていく、そういう変り目のところですね。」

・源氏物語のなかの政治
「(源氏物語は)、非常に優しい、恋の心ばかりをたどっている文学のように見えていますけれども、意外にスケールの大きな、そして男の激しい世界をも、実はその奥に含んでいるわけでありまして、表に出てくる優しさほど『源氏物語』というのは決して単純ではない。恋物語一辺倒のような単純さではないわけです。今の政治なんかと比べると、このころの政治の方がはるかに奥が深いし、人間もスケールが大きいと思いながら、僕は毎日の国会中継を時々見ているわけです。(中略)皆さんも、『源氏物語』というのはそんなに四角四面にお考えになるだけではなくて、今の時代に移してきたらというふうな読み方もなさると面白い。 」

(休憩)歌集『バグダッド燃ゆ』について

・岡野弘彦歌集『バグダッド燃ゆ』(砂子屋書房・2006・第29回現代短歌大賞受賞)

・連句の場から受けた刺激が歌集にも影響

・『すばる歌仙』(丸谷才一、大岡信、岡野弘彦著・集英社・2005)

「歌集を校正していて、ちょうどその歌集の四年ほどが、私が丸谷さんと大岡さんの三人で連句をしきりに巻くようになった時期と重なっているわけですけれども、私の短歌の上に、明らかに連句の場の楽しさ、刺激――あれは楽しいばっかりじゃないんです。打々発止の場ですから、お互いの切り結びも実は裏側にあるわけです。それがなければもちろん楽しくないわけで、それが私の歌の上に非常にありがたい影響を与えてくれるなと思いました。」

・連句の力、古典の力を再認識

「近代に入って、正岡子規以降、今の俳人は少数を除いて連句をほとんどやらなくなりましたけれども、宝の持ち腐れみたいなものなんですね。発句だけが盛んになったんですけれども、発句のよさを本当に自覚するためにも、連句が大事だし、また連句を本当に引き締めるためにはいい発句がぱっと最初に座っていないといけないんですけれども、そんな貴重な文学、私は、古典の持っている力というのはすばらしいんだなとつくづく思いました。」

藻塩垂れつつわびたまひしころほひ、

 藻塩垂れつつわびたまひしころほひ、都にも、さまざまに思し嘆く人多かりしを、さても、わが御身の拠り所あるは、一方の思ひこそ苦しげなりしか、二条の上なども、のどやかにて、旅の御住みかをもおぼつかなからず、聞こえ通ひたまひつつ、位を去りたまへる仮の御よそひをも、竹の子の世の憂き節を、時々につけてあつかひきこえたまふに、慰めたまひけむ、なかなか、その数と人にも知られず、立ち別れたまひしほどの御ありさまをも、よそのことに思ひやりたまふ人びとの、下の心くだきたまふたぐひ多かり。

常陸宮の君は、父親王の亡せたまひにし名残に、

 常陸宮の君は、父親王の亡せたまひにし名残に、また思ひあつかふ人もなき御身にて、いみじう心細げなりしを、思ひかけぬ御ことの出で来て、訪らひきこえたまふこと絶えざりしを、いかめしき御勢にこそ、ことにもあらず、はかなきほどの御情けばかりと思したりしかど、待ち受けたまふ袂の狭きに、大空の星の光を盥の水に映したる心地して過ぐしたまひしほどに、かかる世の騷ぎ出で来て、なべての世憂く思し乱れしまぎれに、わざと深からぬ方の心ざしはうち忘れたるやうにて、遠くおはしましにしのち、ふりはへてしもえ尋ねきこえたまはず。その名残に、しばしは、泣く泣くも過ぐしたまひしを、年月経るままに、あはれにさびしき御ありさまなり。

古き女ばらなどは、

 古き女ばらなどは、
  「いでや、いと口惜しき御宿世なりけり。おぼえず神仏の現はれたまへらむやうなりし御心ばへに、かかるよすがも人は出でおはするものなりけりと、ありがたう見たてまつりしを、おほかたの世の事といひながら、また頼む方なき御ありさまこそ、悲しけれ」
  と、つぶやき嘆く。さる方にありつきたりしあなたの年ごろは、いふかひなきさびしさに目なれて過ぐしたまふを、なかなかすこし世づきてならひにける年月に、いと堪へがたく思ひ嘆くべし。すこしも、さてありぬべき人びとは、おのづから参りつきてありしを、皆次々に従ひて行き散りぬ。女ばらの命堪へぬもありて、月日に従ひては、上下人数少なくなりゆく。

もとより荒れたりし宮の内、いとど狐の棲みかになりて、

 もとより荒れたりし宮の内、いとど狐の棲みかになりて、うとましう、気遠き木立に、梟の声を朝夕に耳ならしつつ、人気にこそ、さやうのものもせかれて影隠しけれ、木霊など、けしからぬものども、所得て、やうやう形を現はし、ものわびしきことのみ数知らぬに、まれまれ残りてさぶらふ人は、
  「なほ、いとわりなし。この受領どもの、おもしろき家造り好むが、この宮の木立を心につけて、放ちたまはせてむやと、ほとりにつきて、案内し申さするを、さやうにせさせたまひて、いとかう、もの恐ろしからぬ御住まひに、思し移ろはなむ。立ちとまりさぶらふ人も、いと堪へがたし」
  など聞こゆれど、
  「あな、いみじや。人の聞き思はむこともあり。生ける世に、しか名残なきわざ、いかがせむ。かく恐ろしげに荒れ果てぬれど、親の御影とまりたる心地する古き住みかと思ふに、慰みてこそあれ」
  と、うち泣きつつ、思しもかけず。

御調度どもを、いと古代になれたるが、

 御調度どもを、いと古代になれたるが、昔やうにてうるはしきを、なまもののゆゑ知らむと思へる人、さるもの要じて、わざとその人かの人にせさせたまへると尋ね聞きて、案内するも、おのづからかかる貧しきあたりと思ひあなづりて言ひ来るを、例の女ばら、
  「いかがはせむ。そこそは世の常のこと」
  とて、取り紛らはしつつ、目に近き今日明日の見苦しさを繕はむとする時もあるを、いみじう諌めたまひて、
  「見よと思ひたまひてこそ、しおかせたまひけめ。などてか、軽々しき人の家の飾りとはなさむ。亡き人の御本意違はむが、あはれなること」
  とのたまひて、さるわざはせさせたまはず。

はかなきことにても、見訪らひきこゆる人はなき御身なり。

 はかなきことにても、見訪らひきこゆる人はなき御身なり。ただ、御兄の禅師の君ばかりぞ、まれにも京に出でたまふ時は、さしのぞきたまへど、それも、世になき古めき人にて、同じき法師といふなかにも、たづきなく、この世を離れたる聖にものしたまひて、しげき草、蓬をだに、かき払はむものとも思ひ寄りたまはず。
  かかるままに、浅茅は庭の面も見えず、しげき蓬は軒を争ひて生ひのぼる。葎は西東の御門を閉ぢこめたるぞ頼もしけれど、崩れがちなるめぐりの垣を馬、牛などの踏みならしたる道にて、春夏になれば、放ち飼ふ総角の心さへぞ、めざましき。

八月、野分荒かりし年、廊どもも倒れ伏し、

 八月、野分荒かりし年、廊どもも倒れ伏し、下の屋どもの、はかなき板葺なりしなどは、骨のみわづかに残りて、立ちとまる下衆だになし。煙絶えて、あはれにいみじきこと多かり。
  盗人などいふひたぶる心ある者も、思ひやりの寂しければにや、この宮をば不要のものに踏み過ぎて、寄り来ざりければ、かくいみじき野良、薮なれども、さすがに寝殿のうちばかりは、ありし御しつらひ変らず、つややかに掻い掃きなどする人もなし。塵は積もれど、紛るることなきうるはしき御住まひにて、明かし暮らしたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第77回 「澪標」その4~「蓬生」その1
収録日 2006年5月27日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成18年春期講座

このエントリーをはてなブックマークに追加

「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
詳しくはこちら

ページのトップへ戻る