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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第84回 「松風」より その2

明石の君が都に来たので、大臣(源氏)の気持ちは平静ではない。女君(紫の上)には苦しい言い訳をし、大堰の屋敷を訪ねる。幼い姫君は、将来の美しい姿を、ありありと予感させる美しさを持っている。源氏は尼君とも語り合う。源氏は御寺(嵯峨野の御堂)で毎月のお勤めをし、大堰の屋敷へ帰る。源氏が近くに造った桂の院に殿上人がたくさん集まっていた。源氏は、事態が公になってしまったので桂殿(桂の院)に行き、宴会を主催する。

かやうにものはかなくて明かし暮らすに、大臣、なかなか静心なく思さるれば、

 かやうにものはかなくて明かし暮らすに、大臣、なかなか静心なく思さるれば、人目をもえ憚りあへたまはで、渡りたまふを、女君は、かくなむとたしかに知らせたてまつりたまはざりけるを、例の、聞きもや合はせたまふとて、消息聞こえたまふ。
  「桂に見るべきことはべるを、いさや、心にもあらでほど経にけり。訪らはむと言ひし人さへ、かのわたり近く来ゐて、待つなれば、心苦しくてなむ。嵯峨野の御堂にも、飾りなき仏の御訪らひすべければ、二、三日ははべりなむ」
  と聞こえたまふ。
  「桂の院といふ所、にはかに造らせたまふと聞くは、そこに据ゑたまへるにや」と思すに、心づきなければ、「斧の柄さへ改めたまはむほどや、待ち遠に」と、心ゆかぬ御けしきなり。
  「例の、比べ苦しき御心、いにしへのありさま、名残なしと、世人も言ふなるものを」、何やかやと御心とりたまふほどに、日たけぬ。

忍びやかに、御前疎きは混ぜで、御心づかひして渡りたまひぬ。

 忍びやかに、御前疎きは混ぜで、御心づかひして渡りたまひぬ。たそかれ時におはし着きたり。狩の御衣にやつれたまへりしだに世に知らぬ心地せしを、まして、さる御心してひきつくろひたまへる御直衣姿、世になくなまめかしうまばゆき心地すれば、思ひむせべる心の闇も晴るるやうなり。
  めづらしう、あはれにて、若君を見たまふも、いかが浅く思されむ。今まで隔てける年月だに、あさましく悔しきまで思ほす。
  「大殿腹の君をうつくしげなりと、世人もて騒ぐは、なほ時世によれば、人の見なすなりけり。かくこそは、すぐれたる人の山口はしるかりけれ」
  と、うち笑みたる顔の何心なきが、愛敬づき、匂ひたるを、いみじうらうたしと思す。
  乳母の、下りしほどは衰へたりし容貌、ねびまさりて、月ごろの御物語など、馴れ聞こゆるを、あはれに、さる塩屋のかたはらに過ぐしつらむことを、思しのたまふ。
  「ここにも、いと里離れて、渡らむこともかたきを、なほ、かの本意ある所に移ろひたまへ」
  とのたまへど、
  「いとうひうひしきほど過ぐして」
  と聞こゆるも、ことわりなり。夜一夜、よろづに契り語らひ、明かしたまふ。

繕ふべき所、所の預かり、今加へたる家司などに仰せらる。

  繕ふべき所、所の預かり、今加へたる家司などに仰せらる。桂の院に渡りたまふべしとありければ、近き御荘の人びと、参り集まりたりけるも、皆尋ね参りたり。前栽どもの折れ伏したるなど、繕はせたまふ。
  「ここかしこの立石どもも皆転び失せたるを、情けありてしなさば、をかしかりぬべき所かな。かかる所をわざと繕ふも、あいなきわざなり。さても過ぐし果てねば、立つ時もの憂く、心とまる、苦しかりき」
  など、来し方のことものたまひ出でて、泣きみ笑ひみ、うちとけのたまへる、いとめでたし。
  尼君、のぞきて見たてまつるに、老いも忘れ、もの思ひも晴るる心地してうち笑みぬ。

東の渡殿の下より出づる水の心ばへ、繕はせたまふとて、

 東の渡殿の下より出づる水の心ばへ、繕はせたまふとて、いとなまめかしき袿姿うちとけたまへるを、いとめでたううれしと見たてまつるに、閼伽の具などのあるを見たまふに、思し出でて、
  「尼君は、こなたにか。いとしどけなき姿なりけりや」
  とて、御直衣召し出でて、たてまつる。几帳のもとに寄りたまひて、
  「罪軽く生ほし立てたまへる、人のゆゑは、御行なひのほどあはれにこそ、思ひなしきこゆれ。いといたく思ひ澄ましたまへりし御住みかを捨てて、憂き世に帰りたまへる心ざし、浅からず。またかしこには、いかにとまりて、思ひおこせたまふらむと、さまざまになむ」
  と、いとなつかしうのたまふ。
  「捨てはべりし世を、今さらにたち帰り、思ひたまへ乱るるを、推し量らせたまひければ、命長さのしるしも、思ひたまへ知られぬる」と、うち泣きて、「荒磯蔭に、心苦しう思ひきこえさせはべりし二葉の松も、今は頼もしき御生ひ先と、祝ひきこえさするを、浅き根ざしゆゑや、いかがと、かたがた心尽くされはべる」
  など聞こゆるけはひ、よしなからねば、昔物語に、親王の住みたまひけるありさまなど、語らせたまふに、繕はれたる水の音なひ、かことがましう聞こゆ。

  「住み馴れし人は帰りてたどれども
   清水は宿の主人顔なる」

  わざとはなくて、言ひ消つさま、みやびかによし、と聞きたまふ。

  「いさらゐははやくのことも忘れじを
   もとの主人や面変はりせるあはれ」

  と、うち眺めて、立ちたまふ姿、にほひ、世に知らず、とのみ思ひきこゆ。

御寺に渡りたまうて、月ごとの十四、五日、晦日の日、

 御寺に渡りたまうて、月ごとの十四、五日、晦日の日、行はるべき普賢講、阿弥陀、釈迦の念仏の三昧をばさるものにて、またまた加へ行はせたまふべきことなど、定め置かせたまふ。堂の飾り、仏の御具など、めぐらし仰せらる。月の明きに帰りたまふ。
  ありし夜のこと、思し出でらるる、折過ぐさず、かの琴の御琴さし出でたり。そこはかとなくものあはれなるに、え忍びたまはで、掻き鳴らしたまふ。まだ調べも変はらず、ひきかへし、その折今の心地したまふ。

  「契りしに変はらぬ琴の調べにて
   絶えぬ心のほどは知りきや」

  女、

  「変はらじと契りしことを頼みにて
   松の響きに音を添へしかな」

  と聞こえ交はしたるも、似げなからぬこそは、身にあまりたるありさまなめれ。こよなうねびまさりにける容貌、けはひ、え思ほし捨つまじう、若君、はた、尽きもせずまぼられたまふ。
  「いかにせまし。隠ろへたるさまにて生ひ出でむが、心苦しう口惜しきを、二条の院に渡して、心のゆく限りもてなさば、後のおぼえも罪免れなむかし」
  と思ほせど、また、思はむこといとほしくて、えうち出でたまはで、涙ぐみて見たまふ。幼き心地に、すこし恥ぢらひたりしが、やうやううちとけて、もの言ひ笑ひなどして、むつれたまふを見るままに、匂ひまさりてうつくし。抱きておはするさま、見るかひありて、宿世こよなしと見えたり。

またの日は京へ帰らせたまふべければ、すこし大殿籠もり過ぐして、

 またの日は京へ帰らせたまふべければ、すこし大殿籠もり過ぐして、やがてこれより出でたまふべきを、桂の院に人びと多く参り集ひて、ここにも殿上人あまた参りたり。御装束などしたまひて、
  「いとはしたなきわざかな。かく見あらはさるべき隈にもあらぬを」
  とて、騒がしきに引かれて出でたまふ。心苦しければ、さりげなく紛らはして立ちとまりたまへる戸口に、乳母、若君抱きてさし出でたり。あはれなる御けしきに、かき撫でたまひて、
  「見では、いと苦しかりぬべきこそ、いとうちつけなれ。いかがすべき。いと里遠しや」
  とのたまへば、
  「遥かに思ひたまへ絶えたりつる年ごろよりも、今からの御もてなしの、おぼつかなうはべらむは、心尽くしに」
  など聞こゆ。若君、手をさし出でて、立ちたまへるを慕ひたまへば、ついゐたまひて、
  「あやしう、もの思ひ絶えぬ身にこそありけれ。しばしにても苦しや。いづら。など、もろともに出でては、惜しみたまはぬ。さらばこそ、人心地もせめ」
  とのたまへば、うち笑ひて、女君に「かくなむ」と聞こゆ。
  なかなかもの思ひ乱れて臥したれば、とみにしも動かれず。あまり上衆めかしと思したり。人びともかたはらいたがれば、しぶしぶにゐざり出でて、几帳にはた隠れたるかたはら目、いみじうなまめいてよしあり、たをやぎたるけはひ、皇女たちといはむにも足りぬべし。
  帷子引きやりて、こまやかに語らひたまふとて、とばかり返り見たまへるに、さこそ静めつれ、見送りきこゆ。
  いはむかたなき盛りの御容貌なり。いたうそびやぎたまへりしが、すこしなりあふほどになりたまひにける御姿など、「かくてこそものものしかりけれ」と、御指貫の裾まで、なまめかしう愛敬のこぼれ出るぞ、あながちなる見なしなるべき。

かの、解けたりし蔵人も、還りなりにけり。靭負尉にて、

 かの、解けたりし蔵人も、還りなりにけり。靭負尉にて、今年かうぶり得てけり。昔に改め、心地よげにて、御佩刀取りに寄り来たり。人影を見つけて、
  「来し方のもの忘れしはべらねど、かしこければえこそ。浦風おぼえはべりつる暁の寝覚にも、おどろかしきこえさすべきよすがだになくて」
  と、けしきばむを、
  「八重立つ山は、さらに島隠れにも劣らざりけるを、松も昔のと、たどられつるに、忘れぬ人もものしたまひけるに、頼もし」
  など言ふ。
  「こよなしや。我も思ひなきにしもあらざりしを」
  など、あさましうおぼゆれど、
  「今、ことさらに」
  と、うちけざやぎて、参りぬ。

いとよそほしくさし歩みたまふほど、かしかましう追ひ払ひて、

 いとよそほしくさし歩みたまふほど、かしかましう追ひ払ひて、御車の尻に、頭中将、兵衛督乗せたまふ。
  「いと軽々しき隠れ家、見あらはされぬるこそ、ねたう」
  と、いたうからがりたまふ。
  「昨夜の月に、口惜しう御供に後れはべりにけると思ひたまへられしかば、今朝、霧を分けて参りはべりつる。山の錦は、まだしうはべりけり。野辺の色こそ、盛りにはべりけれ。なにがしの朝臣の、小鷹にかかづらひて、立ち後れはべりぬる、いかがなりぬらむ」
  など言ふ。
  「今日は、なほ桂殿に」とて、そなたざまにおはしましぬ。にはかなる御饗応と騷ぎて、鵜飼ども召したるに、海人のさへづり思し出でらる。
  野に泊りぬる君達、小鳥しるしばかりひき付けさせたる荻の枝など、苞にして参れり。大御酒あまたたび順流れて、川のわたり危ふげなれば、酔ひに紛れておはしまし暮らしつ。
 おのおの絶句など作りわたして、月はなやかにさし出づるほどに、大御遊び始まりて、いと今めかし。
  弾きもの、琵琶、和琴ばかり、笛ども上手の限りして、折に合ひたる調子吹き立つるほど、川風吹き合はせておもしろきに、月高くさし上がり、よろづのこと澄める夜のやや更くるほどに、殿上人、四、五人ばかり連れて参れり。
  上にさぶらひけるを、御遊びありけるついでに、
  「今日は、六日の御物忌明く日にて、かならず参りたまふべきを、いかなれば」
  と仰せられければ、ここに、かう泊らせたまひにけるよし聞こし召して、御消息あるなりけり。御使は、蔵人弁なりけり。

  「月のすむ川のをちなる里なれば
   桂の影はのどけかるらむうらやましう」

  とあり。かしこまりきこえさせたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第84回 「松風」より その2
収録日 2006年10月14日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成18年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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