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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第102回 「玉葛」より その4

敬語、歌会始に触れ、本文に。右近は、夕顔の忘れ形見の玉葛に会ったことを源氏に語る。源氏は玉葛が美しいことを聞き、自分の娘分として引き取り、貴族社会に大きく羽ばたかせてやることが、自分のためにもなると考える。玉葛からの文の返事に源氏はほっとする。玉葛を右近が里の五条の家に移してから、六条院に移し、花散里に世話を頼む。中将の君(夕霧)にも親しく見舞ってやりなさいと言う。豊後介を家司にする。

はじめに

・正しい敬語を使えない若者
・言葉が乱れ、心が乱れ、人間関係がスムーズに行かなくなる
・歌会始~天皇・皇后両陛下のお歌
・女性の皇族の詠まれた歌
・光と陰影、心の揺らぎを捉えている玉葉和歌集・風雅和歌集
・歌会始お題「火」

「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。

 「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。尊き修行者語らひて、率て来たるか」
と問ひたまへば、
 「あな、見苦しや。はかなく消えたまひにし夕顔の露の御ゆかりをなむ、見たまへつけたりし」
と聞こゆ。
 「げに、あはれなりけることかな。年ごろはいづくにか」
とのたまへば、ありのままには聞こえにくくて、
 「あやしき山里になむ。昔人もかたへは変はらではべりければ、その世の物語し出ではべりて、堪へがたく思ひたまへりし」
 など聞こえゐたり。

「よし、心知りたまはぬ御あたりに」

 「よし、心知りたまはぬ御あたりに」
と、隠しきこえたまへば、上、
 「あな、わづらはし。ねぶたきに、聞き入るべくもあらぬものを」
とて、御袖して御耳塞ぎたまひつ。
 「容貌などは、かの昔の夕顔と劣らじや」
などのたまへば、
 「かならずさしもいかでかものしたまはむと思ひたまへりしを、こよなうこそ生ひまさりて見えたまひしか」
と聞こゆれば、
 「をかしのことや。誰ばかりとおぼゆ。この君と」
とのたまへば、
 「いかでか、さまでは」
と聞こゆれば、
 「したり顔にこそ思ふべけれ。我に似たらばしも、うしろやすしかし」
と、親めきてのたまふ。

かく聞きそめてのちは、召し放しつつ、

 かく聞きそめてのちは、召し放しつつ、
 「さらば、かの人、このわたりに渡いたてまつらむ。年ごろ、もののついでごとに、口惜しう惑はしつることを思ひ出でつるに、いとうれしく聞き出でながら、今までおぼつかなきも、かひなきことになむ。
 父大臣には、何か知られむ。いとあまたもて騒がるめるが、数ならで、今はじめ立ち交じりたらむが、なかなかなることこそあらめ。我は、かうさうざうしきに、おぼえぬ所より尋ね出だしたるとも言はむかし。好き者どもの心尽くさするくさはひにて、いといたうもてなさむ」
 など語らひたまへば、かつがついとうれしく思ひつつ、
 「ただ御心になむ。大臣に知らせたてまつらむとも、誰れかは伝へほのめかしたまはむ。いたづらに過ぎものしたまひし代はりには、ともかくも引き助けさせたまはむことこそは、罪軽ませたまはめ」
 と聞こゆ。

「いたうもかこちなすかな」と、ほほ笑みながら、

 「いたうもかこちなすかな」
 と、ほほ笑みながら、涙ぐみたまへり。
 「あはれに、はかなかりける契りとなむ、年ごろ思ひわたる。かくて集へる方々のなかに、かの折の心ざしばかり思ひとどむる人なかりしを、命長くて、わが心長さをも見はべるたぐひ多かめるなかに、いふかひなくて、右近ばかりを形見に見るは、口惜しくなむ。思ひ忘るる時なきに、さてものしたまはば、いとこそ本意かなふ心地すべけれ」
 とて、御消息たてまつれたまふ。

かの末摘花のいふかひなかりしを思し出づれば、

 かの末摘花のいふかひなかりしを思し出づれば、さやうに沈みて生ひ出でたらむ人のありさまうしろめたくて、まづ、文のけしきゆかしく思さるるなりけり。

ものまめやかに、あるべかしく書きたまひて、端に、

ものまめやかに、あるべかしく書きたまひて、端に、

 「かく聞こゆるを、
  知らずとも尋ねて知らむ三島江に
  生ふる三稜の筋は絶えじを」

 となむありける。
 御文、みづからまかでて、のたまふさまなど聞こゆ。御装束、人びとの料などさまざまあり。上にも語らひきこえたまへるなるべし、御匣殿などにも、設けの物召し集めて、色あひ、しざまなど、ことなるをと、選らせたまへれば、田舎びたる目どもには、まして珍らしきまでなむ思ひける。

正身は、「ただかことばかりにても、

 正身は、
 「ただかことばかりにても、まことの親の御けはひならばこそうれしからめ。いかでか知らぬ人の御あたりには交じらはむ」
 と、おもむけて、苦しげに思したれど、あるべきさまを、右近聞こえ知らせ、人びとも、
 「おのづから、さて人だちたまひなば、大臣の君も尋ね知りきこえたまひなむ。親子の御契りは、絶えて止まぬものなり」
 「右近が、数にもはべらず、いかでか御覧じつけられむと思ひたまへしだに、仏神の御導きはべらざりけりや。まして、誰れも誰れもたひらかにだにおはしまさば」
 と、皆聞こえ慰む。
 「まづ御返りを」と、責めて書かせたてまつる。
 「いとこよなく田舎びたらむものを」
 と恥づかしく思いたり。唐の紙のいと香ばしきを取り出でて、書かせたてまつる。
 「数ならぬ三稜や何の筋なれば
  憂きにしもかく根をとどめけむ」
 とのみ、ほのかなり。手は、はかなだち、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心落ちゐにけり。

住みたまふべき御かた御覧ずるに、

 住みたまふべき御かた御覧ずるに、
 「南の町には、いたづらなる対どもなどなし。勢ひことに住み満ちたまへれば、顕証に人しげくもあるべし。中宮のおはします町は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さてさぶらふ人の列にや聞きなさむ」と思して、「すこし埋れたれど、丑寅の町の西の対、文殿にてあるを、異方へ移して」と思す。
 「あひ住みにも、忍びやかに心よくものしたまふ御方なれば、うち語らひてもありなむ」
 と思しおきつ。

上にも、今ぞ、かのありし昔の世の物語聞こえ出でたまひける。

 上にも、今ぞ、かのありし昔の世の物語聞こえ出でたまひける。かく御心に籠めたまふことありけるを、恨みきこえたまふ。
 「わりなしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。かかるついでに隔てぬこそは、人にはことには思ひきこゆれ」
 とて、いとあはれげに思し出でたり。
 「人の上にてもあまた見しに、いと思はぬなかも、女といふものの心深きをあまた見聞きしかば、さらに好き好きしき心はつかはじとなむ思ひしを、おのづからさるまじきをもあまた見しなかに、あはれとひたぶるにらうたきかたは、またたぐひなくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人の並には、などか見ざらまじ。人のありさま、とりどりになむありける。かどかどしう、をかしき筋などはおくれたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」
 などのたまふ。
 「さりとも、明石のなみには、立ち並べたまはざらまし」
 とのたまふ。なほ北の御殿をば、めざましと心置きたまへり。姫君の、いとうつくしげにて、何心もなく聞きたまふが、らうたければ、また、「ことわりぞかし」と思し返さる。

かくいふは、九月のことなりけり。渡りたまはむこと、

 かくいふは、九月のことなりけり。渡りたまはむこと、すがすがしくもいかでかはあらむ。よろしき童女、若人など求めさす。筑紫にては、口惜しからぬ人びとも、京より散りぼひ来たるなどを、たよりにつけて呼び集めなどしてさぶらはせしも、にはかに惑ひ出でたまひし騷ぎに、皆おくらしてければ、また人もなし。京はおのづから広き所なれば、市女などやうのもの、いとよく求めつつ、率て来。その人の御子などは知らせざりけり。

右近が里の五条に、まづ忍びて渡したてまつりて、

 右近が里の五条に、まづ忍びて渡したてまつりて、人びと選りととのへ、装束ととのへなどして、十月にぞ渡りたまふ。
  大臣、東の御方に聞こえつけたてまつりたまふ。
  「あはれと思ひし人の、ものうじして、はかなき山里に隠れゐにけるを、幼き人のありしかば、年ごろも人知れず尋ねはべりしかども、え聞き出ででなむ、をうなになるまで過ぎにけるを、おぼえぬかたよりなむ、聞きつけたる時にだにとて、移ろはしはべるなり」とて、「母も亡くなりにけり。中将を聞こえつけたるに、悪しくやはある。同じごと後見たまへ。山賤めきて生ひ出でたれば、鄙びたること多からむ。さるべく、ことに触れて教へたまへ」
  と、いとこまやかに聞こえたまふ。

「げに、かかる人のおはしけるを、知りきこえざりけるよ。

  「げに、かかる人のおはしけるを、知りきこえざりけるよ。姫君の一所ものしたまふがさうざうしきに、よきことかな」
  と、おいらかにのたまふ。
  「かの親なりし人は、心なむありがたきまでよかりし。御心もうしろやすく思ひきこゆれば」
  などのたまふ。
  「つきづきしく後む人なども、こと多からで、つれづれにはべるを、うれしかるべきこと」
  になむのたまふ。
  殿のうちの人は、御女とも知らで、
  「何人、また尋ね出でたまへるならむ」
  「むつかしき古者扱ひかな」
  と言ひけり。
  御車三つばかりして、人の姿どもなど、右近あれば、田舎びず仕立てたり。殿よりぞ、綾、何くれとたてまつれたまへる。

その夜、やがて大臣の君渡りたまへり。

 その夜、やがて大臣の君渡りたまへり。昔、光る源氏などいふ御名は、聞きわたりたてまつりしかど、年ごろのうひうひしさに、さしも思ひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油に、御几帳のほころびよりはつかに見たてまつる、いとど恐ろしくさへぞおぼゆるや。
 渡りたまふ方の戸を、右近かい放てば、
 「この戸口に入るべき人は、心ことにこそ」
 と笑ひたまひて、廂なる御座についゐたまひて、
 「燈こそ、いと懸想びたる心地すれ。親の顔はゆかしきものとこそ聞け。さも思さぬか」
 とて、几帳すこし押しやりたまふ。わりなく恥づかしければ、そばみておはする様体など、いとめやすく見ゆれば、うれしくて、
 「今すこし、光見せむや。あまり心にくし」
 とのたまへば、右近、かかげてすこし寄す。
 「おもなの人や」
 とすこし笑ひたまふ。げにとおぼゆる御まみの恥づかしげさなり。いささかも異人と隔てあるさまにものたまひなさず、いみじく親めきて、
 「年ごろ御行方を知らで、心にかけぬ隙なく嘆きはべるを、かうて見たてまつるにつけても、夢の心地して、過ぎにし方のことども取り添へ、忍びがたきに、えなむ聞こえられざりける」
 とて、御目おし拭ひたまふ。まことに悲しう思し出でらる。

御年のほど、数へたまひて、「親子の仲の、かく年経たるたぐひあらじものを。

御年のほど、数へたまひて、
 「親子の仲の、かく年経たるたぐひあらじものを。契りつらくもありけるかな。今は、ものうひうひしく、若びたまふべき御ほどにもあらじを、年ごろの御物語など聞こえまほしきに、などかおぼつかなくは」
 と恨みたまふに、聞こえむこともなく、恥づかしければ、
 「脚立たず沈みそめはべりにけるのち、何ごともあるかなきかになむ」
 と、ほのかに聞こえたまふ声ぞ、昔人にいとよくおぼえて若びたりける。ほほ笑みて、
 「沈みたまひけるを、あはれとも、今は、また誰れかは」
 とて、心ばへいふかひなくはあらぬ御応へと思す。右近に、あるべきことのたまはせて、渡りたまひぬ。

めやすくものしたまふを、うれしく思して、上にも語りきこえたまふ。

 めやすくものしたまふを、うれしく思して、上にも語りきこえたまふ。
 「さる山賤のなかに年経たれば、いかにいとほしげならむとあなづりしを、かへりて心恥づかしきまでなむ見ゆる。かかる者ありと、いかで人に知らせて、兵部卿宮などの、この籬のうち好ましうしたまふ心乱りにしがな。好き者どもの、いとうるはしだちてのみ、このわたりに見ゆるも、かかる者のくさはひのなきほどなり。いたうもてなしてしがな。なほうちあはぬ人のけしき見集めむ」
 とのたまへば、
 「あやしの人の親や。まづ人の心励まさむことを先に思すよ。けしからず」
 とのたまふ。
 「まことに君をこそ、今の心ならましかば、さやうにもてなして見つべかりけれ。いと無心にしなしてしわざぞかし」
 とて、笑ひたまふに、面赤みておはする、いと若くをかしげなり。硯引き寄せたまうて、手習に、
 「恋ひわたる身はそれなれど玉かづら
  いかなる筋を尋ね来つらむ
 あはれ」
 と、やがて独りごちたまへば、「げに、深く思しける人の名残なめり」と見たまふ。

中将の君にも、「かかる人を尋ね出でたるを、

 中将の君にも、
 「かかる人を尋ね出でたるを、用意して睦び訪らへ」
 とのたまひければ、こなたに参うでたまひて、
 「人数ならずとも、かかる者さぶらふと、まづ召し寄すべくなむはべりける。御渡りのほどにも、参り仕うまつらざりけること」
 と、いとまめまめしう聞こえたまへば、かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ。
 心の限り尽くしたりし御住まひなりしかど、あさましう田舎びたりしも、たとしへなくぞ思ひ比べらるるや。御しつらひよりはじめ、今めかしう気高くて、親、はらからと睦びきこえたまふ御さま、容貌よりはじめ、目もあやにおぼゆるに、今ぞ、三条も大弐をあなづらはしく思ひける。まして、監が息ざしけはひ、思ひ出づるもゆゆしきこと限りなし。
 豊後介の心ばへをありがたきものに君も思し知り、右近も思ひ言ふ。「おほぞうなるは、ことも怠りぬべし」とて、こなたの家司ども定め、あるべきことどもおきてさせたまふ。豊後介もなりぬ。
 年ごろ田舎び沈みたりし心地に、にはかに名残もなく、いかでか、かりにても立ち出で見るべきよすがなくおぼえし大殿のうちを、朝夕に出で入りならし、人を従へ、事行なふ身となれば、いみじき面目と思ひけり。大臣の君の御心おきての、こまかにありがたうおはしますこと、いとかたじけなし。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第102回 「玉葛」より その4
収録日 2008年1月19日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成19年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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