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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第118回 「行幸」より その3

お祝いのものが、寄せられる。常陸の宮の御方(末摘花)からの贈り物に源氏は、大層あきれる。玉葛の裳着の儀式が執り行われ、源氏と内大臣は歌を贈答する。親王たちは様々に思った。さがな者の君(近江の君)の望みを内大臣は愚弄する。

中宮より、白き御裳、唐衣、御装束、御髪上の具など、

 中宮より、白き御裳、唐衣、御装束、御髪上の具など、いと二なくて、例の、壷どもに、唐の薫物、心ことに香り深くてたてまつりたまへり。
 御方々、皆心々に、御装束、人々の料に、櫛扇まで、とりどりにし出でたまへるありさま、劣りまさらず、さまざまにつけて、かばかりの御心ばせどもに、挑み尽くしたまへれば、をかしう見ゆるを、東の院の人びとも、かかる御いそぎは聞きたまうけれども、訪らひきこえたまふべき数ならねば、ただ聞き過ぐしたるに、常陸の宮の御方、あやしうものうるはしう、さるべきことの折過ぐさぬ古代の御心にて、いかでかこの御いそぎを、よそのこととは聞き過ぐさむ、と思して、形のごとなむし出でたまうける。
 あはれなる御心ざしなりかし。青鈍の細長一襲、落栗とかや、何とかや、昔の人のめでたうしける袷の袴一具、紫のしらきり見ゆる霰地の御小袿と、よき衣筥に入れて、包いとうるはしうて、たてまつれたまへり。

御文には、「知らせたまふべき数にもはべらねば、つつましけれど、

 御文には、
 「知らせたまふべき数にもはべらねば、つつましけれど、かかる折は思たまへ忍びがたくなむ。これ、いとあやしけれど、人にも賜はせよ」
 と、おいらかなり。殿、御覧じつけて、いとあさましう、例の、と思すに、御顔赤みぬ。
 「あやしき古人にこそあれ。かくものづつみしたる人は、引き入り沈み入りたるこそよけれ。さすがに恥ぢがましや」とて、「返りことはつかはせ。はしたなく思ひなむ。父親王の、いとかなしうしたまひける、思ひ出づれば、人に落さむはいと心苦しき人なり」
 と聞こえたまふ。御小袿の袂に、例の、同じ筋の歌ありけり。

「わが身こそ恨みられけれ唐衣君が袂に馴れずと思へば」

 「わが身こそ恨みられけれ唐衣
  君が袂に馴れずと思へば」

 御手は、昔だにありしを、いとわりなうしじかみ、彫深う、強う、堅う書きたまへり。大臣、憎きものの、をかしさをばえ念じたまはで、
 「この歌詠みつらむほどこそ。まして今は力なくて、所狭かりけむ」
 と、いとほしがりたまふ。
 「いで、この返りこと、騒がしうとも、われせむ」
 とのたまひて、
 「あやしう、人の思ひ寄るまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべけれ」
 と、憎さに書きたまうて、

 「唐衣また唐衣唐衣
  かへすがへすも唐衣なる」

 とて、
 「いとまめやかに、かの人の立てて好む筋なれば、ものしてはべるなり」
 とて、見せたてまつりたまへば、君、いとにほひやかに笑ひたまひて、
 「あな、いとほし。弄じたるやうにもはべるかな」
 と、苦しがりたまふ。ようなしごといと多かりや。

内大臣は、さしも急がれたまふまじき御心なれど、

 内大臣は、さしも急がれたまふまじき御心なれど、めづらかに聞きたまうし後は、いつしかと御心にかかりたれば、疾く参りたまへり。
 儀式など、あべい限りにまた過ぎて、めづらしきさまにしなさせたまへり。「げにわざと御心とどめたまうけること」と見たまふも、かたじけなきものから、やう変はりて思さる。

亥の時にて、入れたてまつりたまふ。例の御まうけをばさるものにて、

 亥の時にて、入れたてまつりたまふ。例の御まうけをばさるものにて、内の御座いと二なくしつらはせたまうて、御肴参らせたまふ。御殿油、例のかかる所よりは、すこし光見せて、をかしきほどにもてなしきこえたまへり。
 いみじうゆかしう思ひきこえたまへど、今宵はいとゆくりかなべければ、引き結びたまふほど、え忍びたまはぬけしきなり。
 主人の大臣、
 「今宵は、いにしへざまのことはかけはべらねば、何のあやめも分かせたまふまじくなむ。心知らぬ人目を飾りて、なほ世の常の作法に」
 と聞こえたまふ。
 「げに、さらに聞こえさせやるべき方はべらずなむ」
 御土器参るほどに、
 「限りなきかしこまりをば、世に例なきことと聞こえさせながら、今までかく忍びこめさせたまひける恨みも、いかが添へはべらざらむ」
 と聞こえたまふ。

 「恨めしや沖つ玉藻をかづくまで
  磯がくれける海人の心よ」

 とて、なほつつみもあへずしほたれたまふ。姫君は、いと恥づかしき御さまどものさし集ひ、つつましさに、え聞こえたまはねば、殿、

 「よるべなみかかる渚にうち寄せて
  海人も尋ねぬ藻屑とぞ見し
 いとわりなき御うちつけごとになむ」

 と聞こえたまへば、
 「いとことわりになむ」
 と、聞こえやる方なくて、出でたまひぬ。

親王たち、次々、人びと残るなく集ひたまへり。

 親王たち、次々、人びと残るなく集ひたまへり。御懸想人もあまた混じりたまへれば、この大臣、かく入りおはしてほど経るを、いかなることにかと疑ひたまへり。
 かの殿の君達、中将、弁の君ばかりぞ、ほの知りたまへりける。人知れず思ひしことを、からうも、うれしうも思ひなりたまふ。弁は、
 「よくぞうち出でざりける」とささめきて、「さま異なる大臣の御好みどもなめり。中宮の御類ひに仕立てたまはむとや思すらむ」
 など、おのおの言ふよしを聞きたまへど、
 「なほ、しばしは御心づかひしたまうて、世にそしりなきさまにもてなさせたまへ。何ごとも、心やすきほどの人こそ、乱りがはしう、ともかくもはべべかめれ、こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえ悩まさむ、ただならむよりはあぢきなきを、なだらかに、やうやう人目をも馴らすなむ、よきことにははべるべき」
 と申したまへば、
 「ただ御もてなしになむ従ひはべるべき。かうまで御覧ぜられ、ありがたき御育みに隠ろへはべりけるも、前の世の契りおろかならじ」
 と申したまふ。

(御贈物など、さらにもいはず、すべて引出物、禄ども、品々につけて、例あること限りあれど、またこと加へ、二なくせさせたまへり。大宮の御悩みにことづけたまうし名残もあれば、ことことしき御遊びなどはなし。

 兵部卿宮、
「今はことづけやりたまふべき滞りもなきを」
と、おりたち聞こえたまへど、
「内裏より御けしきあること、かへさひ奏し、またまた仰せ言に従ひてなむ、異ざものことは、ともかくも思ひ定むべき」
とぞ聞こえさせたまひける。)

父大臣は、「ほのかなりしさまを、いかでさやかにまた見む。

 父大臣は、
 「ほのかなりしさまを、いかでさやかにまた見む。なまかたほなること見えたまはば、かうまでことことしうもてなし思さじ」
 など、なかなか心もとなう恋しう思ひきこえたまふ。
 今ぞ、かの御夢も、まことに思しあはせける。女御ばかりには、さだかなることのさまを聞こえたまうけり。あはせける。女御ばかりには、さだかなることのさまを聞こえたまうけり。

世の人聞きに、「しばしこのこと出ださじ」と、切に籠めたまへど、

 世の人聞きに、「しばしこのこと出ださじ」と、切に籠めたまへど、口さがなきものは世の人なりけり。自然に言ひ漏らしつつ、やうやう聞こえ出で来るを、かのさがな者の君聞きて、女御の御前に、中将、少将さぶらひたまふに出で来て、
 「殿は、御女まうけたまふべかなり。あな、めでたや。いかなる人、二方にもてなさるらむ。聞けば、かれも劣り腹なり」
 と、あふなげにのたまへば、女御、かたはらいたしと思して、ものものたまはず。中将、
 「しか、かしづかるべきゆゑこそものしたまふらめ。さても、誰が言ひしことを、かくゆくりなくうち出でたまふぞ。もの言ひただならぬ女房などこそ、耳とどむれ」
 とのたまへば、
 「あなかま。皆聞きてはべり。尚侍になるべかなり。宮仕へにと急ぎ出で立ちはべりしことは、さやうの御かへりみもやとてこそ、なべての女房たちだに仕うまつらぬことまで、おりたち仕うまつれ。御前のつらくおはしますなり」
 と、恨みかくれば、皆ほほ笑みて、
 「尚侍あかば、なにがしこそ望まむと思ふを、非道にも思しかけけるかな」
 などのたまふに、腹立ちて、
 「めでたき御仲に、数ならぬ人は、混じるまじかりけり。中将の君ぞつらくおはする。さかしらに迎へたまひて、軽めあざけりたまふ。せうせうの人は、え立てるまじき殿の内かな。あな、かしこ。あな、かしこ」
 と、後へざまにゐざり退きて、見おこせたまふ。憎げもなけれど、いと腹悪しげに目尻引き上げたり。

中将は、かく言ふにつけても、「げにし過ちたること」と思へば、

 中将は、かく言ふにつけても、「げにし過ちたること」と思へば、まめやかにてものしたまふ。少将は、
 「かかる方にても、類ひなき御ありさまを、おろかにはよも思さじ。御心しづめたまうてこそ。堅き巌も沫雪になしたまうつべき御けしきなれば、いとよう思ひかなひたまふ時もありなむ」
 と、ほほ笑みて言ひゐたまへり。中将も、
 「天の岩門鎖し籠もりたまひなむや、めやすく」
 とて、立ちぬれば、ほろほろと泣きて、
 「この君達さへ、皆すげなくしたまふに、ただ御前の御心のあはれにおはしませば、さぶらふなり」
 とて、いとかやすく、いそしく、下臈童女などの仕うまつりたらぬ雑役をも、立ち走り、やすく惑ひありきつつ、心ざしを尽くして宮仕へしありきて、
 「尚侍に、おれを、申しなしたまへ」
 と責めきこゆれば、あさましう、「いかに思ひて言ふことならむ」と思すに、ものも言はれたまはず。

大臣、この望みを聞きたまひて、いとはなやかにうち笑ひたまひて、

 大臣、この望みを聞きたまひて、いとはなやかにうち笑ひたまひて、女御の御方に参りたまへるついでに、
 「いづら、この、近江の君。こなたに」
 と召せば、
 「を」
 と、いとけざやかに聞こえて、出で来たり。
 「いと、仕へたる御けはひ、公人にて、げにいかにあひたらむ。尚侍のことは、などか、おのれに疾くはものせざりし」
 と、いとまめやかにてのたまへば、いとうれしと思ひて、
 「さも、御けしき賜はらまほしうはべりしかど、この女御殿など、おのづから伝へ聞こえさせたまひてむと、頼みふくれてなむさぶらひつるを、なるべき人ものしたまふやうに聞きたまふれば、夢に富したる心地しはべりてなむ、胸に手を置きたるやうにはべる」
 と申したまふ。舌ぶりいとものさはやかなり。笑みたまひぬべきを念じて、
 「いとあやしう、おぼつかなき御癖なりや。さも思しのたまはましかば、まづ人の先に奏してまし。太政大臣の御女、やむごとなくとも、ここに切に申さむことは、聞こし召さぬやうあらざらまし。今にても、申し文を取り作りて、びびしう書き出だされよ。長歌などの心ばへあらむを御覧ぜむには、捨てさせたまはじ。主上は、そのうちに情け捨てずおはしませば」
 など、いとようすかしたまふ。人の親げなく、かたはなりや。

「大和歌は、悪し悪しも続けはべりなむ。むねむねしき方のことはた、

 「大和歌は、悪し悪しも続けはべりなむ。むねむねしき方のことはた、殿より申させたまはば、つま声のやうにて、御徳をもかうぶりはべらむ」
 とて、手を押しすりて聞こえゐたり。御几帳のうしろなどにて聞く女房、死ぬべくおぼゆ。もの笑ひに堪へぬは、すべり出でてなむ、慰めける。女御も御面赤みて、わりなう見苦しと思したり。殿も、
 「ものむつかしき折は、近江の君見るこそ、よろづ紛るれ」
 とて、ただ笑ひ種につくりたまへど、世人は、
 「恥ぢがてら、はしたなめたまふ」
 など、さまざま言ひけり。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第118回 「行幸」より その3
収録日 2008年12月20日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成20年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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