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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第136回 「若菜上」より その6

院の帝(朱雀院)は二月には寺に移り、源氏と紫の上に手紙を出す。紫の上の返信の見事さに、朱雀院は胸を痛める。出家入山したので尚侍の君(朧月夜)は、二条の宮に移る。六条の大殿(源氏)は尚侍の君と会い、そのことを紫の上に語る。

院の帝は、月のうちに御寺に移ろひたまひぬ。

 院の帝は、月のうちに御寺に移ろひたまひぬ。
 この院に、あはれなる御消息ども聞こえたまふ。姫宮の御ことはさらなり。
  わづらはしく、いかに聞くところやなど、憚りたまふことなくて、ともかくも、ただ御心にかけてもてなしたまふべくぞ、たびたび聞こえたまひける。されど、あはれにうしろめたく、幼くおはするを思ひきこえたまひけり。

紫の上にも、御消息ことにあり。

 紫の上にも、御消息ことにあり。 「幼き人の、心地なきさまにて移ろひものすらむを、罪なく思しゆるして、後見たまへ。尋ねたまふべきゆゑもやあらむとぞ。

   背きにしこの世に残る心こそ入る山路のほだしなりけれ

  闇をえはるけで聞こゆるも、をこがましくや」 とあり。
 大殿も見たまひて、 「あはれなる御消息を。かしこまり聞こえたまへ」 とて、御使にも、女房して、土器さし出でさせたまひて、しひさせたまふ。
 「御返りはいかが」など、聞こえにくく思したれど、ことことしくおもしろかるべき折のことならねば、ただ心をのべて、

  「背く世のうしろめたくはさりがたきほだしをしひてかけな離れそ」

  などやうにぞあめりし。
  女の装束に、細長添へてかづけたまふ。御手などのいとめでたきを、院御覧じて、何ごともいと恥づかしげなめるあたりに、いはけなくて見えたまふらむこと、いと心苦しう思したり。

今はとて、女御、更衣たちなど、おのがじし別れたまふも、

 今はとて、女御、更衣たちなど、おのがじし別れたまふも、あはれなることなむ多かりける。
  尚侍の君は、故后の宮のおはしましし二条の宮にぞ住みたまふ。姫宮の御ことをおきては、この御ことをなむかへりみがちに、帝も思したりける。尼になりなむと思したれど、 「かかるきほひには、慕ふやうに心あわたたしく」 と諌めたまひて、やうやう仏の御ことなどいそがせたまふ。

六条の大殿は、あはれに飽かずのみ思して

 六条の大殿は、あはれに飽かずのみ思してやみにし御あたりなれば、年ごろも忘れがたく、 「いかならむ折に対面あらむ。今一たびあひ見て、その世のことも聞こえまほしく」 のみ思しわたるを、かたみに世の聞き耳も憚りたまふべき身のほどに、いとほしげなりし世の騷ぎなども思し出でらるれば、よろづにつつみ過ぐしたまひけるを、かうのどやかになりたまひて、世の中を思ひしづまりたまふらむころほひの御ありさま、いよいよゆかしく、心もとなければ、あるまじきこととは思しながら、おほかたの御とぶらひにことつけて、あはれなるさまに常に聞こえたまふ。
  若々しかるべき御あはひならねば、御返りも時々につけて聞こえ交はしたまふ。昔よりもこよなくうち具し、ととのひ果てにたる御けはひを見たまふにも、なほ忍びがたくて、昔の中納言の君のもとにも、心深きことどもを常にのたまふ。

かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて、

 かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて、若々しく、いにしへに返りて語らひたまふ。
 「人伝てならで、物越しに聞こえ知らすべきことなむある。さりぬべく聞こえなびかして、いみじく忍びて参らむ。
  今は、さやうのありきも所狭き身のほどに、おぼろけならず忍ぶれば、そこにもまた人には漏らしたまはじと思ふに、かたみにうしろやすくなむ」 とのたまふ。

尚侍の君、いでや。世の中を思ひ知るにつけても、

 尚侍の君、  「いでや。世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心を、ここら思ひつめつる年ごろの果てに、あはれに悲しき御ことをさし置きて、いかなる昔語りをか聞こえむ。  げに、人は漏り聞かぬやうありとも、心の問はむこそいと恥づかしかるべけれ」  とうち嘆きたまひつつ、なほ、さらにあるまじきよしをのみ聞こゆ。
  「いにしへ、わりなかりし世にだに、心交はしたまはぬことにもあらざりしを。げに、背きたまひぬる御ためうしろめたきやうにはあれど、あらざりしことにもあらねば、今しもけざやかにきよまはりて、立ちにしわが名、今さらに取り返したまふべきにや」  と思し起こして、この信太の森を道のしるべにて参うでたまふ。
 女君には、  「東の院にものする常陸の君の、日ごろわづらひて久しくなりにけるを、もの騒がしき紛れに訪らはねば、いとほしくてなむ。昼など、けざやかに渡らむも便なきを、夜の間に忍びてとなむ、思ひはべる。人にもかくとも知らせじ」と聞こえたまひて、いといたく心懸想したまふを、例はさしも見えたまはぬあたりを、あやし、と見たまひて、思ひ合はせたまふこともあれど、姫宮の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、すこし隔つる心添ひて、見知らぬやうにておはす。

その日は、寝殿へも渡りたまはで、

 その日は、寝殿へも渡りたまはで、御文書き交はしたまふ。薫き物などに心を入れて暮らしたまふ。宵過ぐして、睦ましき人の限り、四、五人ばかり、網代車の、昔おぼえてやつれたるにて出でたまふ。
 和泉守して、御消息聞こえたまふ。

かく渡りおはしましたるよし、ささめき聞こゆれば、

 かく渡りおはしましたるよし、ささめき聞こゆれば、驚きたまひて、 「あやしく。いかやうに聞こえたるにか」 とむつかりたまへど、 「をかしやかにて帰したてまつらむに、いと便なうはべらむ」 とて、あながちに思ひめぐらして、入れたてまつる。
 御とぶらひなど聞こえたまひて、 「ただここもとに、物越しにても。さらに昔のあるまじき心などは、残らずなりにけるを」
  と、わりなく聞こえたまへば、いたく嘆く嘆くゐざり出でたまへり。 「さればよ。なほ、気近さは」 と、かつ思さる。
 かたみに、おぼろけならぬ御みじろきなれば、あはれも少なからず。東の対なりけり。辰巳の方の廂に据ゑたてまつりて、御障子のしりばかりは固めたれば、
 「いと若やかなる心地もするかな。年月の積もりをも、紛れなく数へらるる心ならひに、かくおぼめかしきは、いみじうつらくこそ」と怨みきこえたまふ。

夜いたく更けゆく。玉藻に遊ぶ鴛鴦の声々など、

 夜いたく更けゆく。玉藻に遊ぶ鴛鴦の声々など、あはれに聞こえて、しめじめと人目少なき宮の内のありさまも、「さも移りゆく世かな」と思し続くるに、平中がまねならねど、まことに涙もろになむ。昔に変はりて、おとなおとなしくは聞こえたまふものから、「これをかくてや」と、引き動かしたまふ。

  「年月をなかに隔てて逢坂の さも塞きがたく落つる涙か」
  女、
  「涙のみ塞きとめがたきに清水にて ゆき逢ふ道ははやく絶えにき」

などかけ離れきこえたまへど、いにしへを思し出づるも、

 などかけ離れきこえたまへど、いにしへを思し出づるも、 「誰れにより、多うはさるいみじきこともありし世の騷ぎぞは」と思ひ出でたまふに、「げに、今一たびの対面はありもすべかりけり」 と、思し弱るも、もとよりづしやかなるところはおはせざりし人の、年ごろは、さまざまに世の中を思ひ知り、来し方を悔しく、公私のことに触れつつ、数もなく思し集めて、いといたく過ぐしたまひにたれど、昔おぼえたる御対面に、その世のことも遠からぬ心地して、え心強くももてなしたまはず。
  なほ、らうらうじく、若うなつかしくて、一方ならぬ世のつつましさをもあはれをも、思ひ乱れて、嘆きがちにてものしたまふけしきなど、今始めたらむよりもめづらしくあはれにて、明けゆくもいと口惜しくて、出でたまはむ空もなし。

朝ぼらけのただならぬ空に、百千鳥の声もいとうららかなり。

 朝ぼらけのただならぬ空に、百千鳥の声もいとうららかなり。花は皆散り過ぎて、名残かすめる梢の浅緑なる木立、「昔、藤の宴したまひし、このころのことなりけりかし」と思し出づる、年月の積もりにけるほども、その折のこと、かき続けあはれに思さる。
  中納言の君、見たてまつり送るとて、妻戸押し開けたるに、立ち返りたまひて、
  「この藤よ。いかに染めけむ色にか。なほ、えならぬ心添ふ匂ひにこそ。いかでか、この蔭をば立ち離るべき」と、わりなく出でがてに思しやすらひたり。
  山際よりさし出づる日のはなやかなるにさしあひ、目もかかやく心地する御さまの、こよなくねび加はりたまへる御けはひなどを、めづらしくほど経ても見たてまつるは、まして世の常ならずおぼゆれば、「さる方にても、などか見たてまつり過ぐしたまはざらむ。御宮仕へにも限りありて、際ことに離れたまふこともなかりしを。故宮の、よろづに心を尽くしたまひ、よからぬ世の騷ぎに、軽々しき御名さへ響きてやみにしよ」 など思ひ出でらる。
 名残多く残りぬらむ御物語のとぢめには、げに残りあらせまほしきわざなめるを、御身、心にえまかせたまふまじく、ここらの人目もいと恐ろしくつつましければ、やうやうさし上がり行くに、心あわたたしくて、廊の戸に御車さし寄せたる人びとも、忍びて声づくりきこゆ。

人召して、かの咲きかかりたる花、一枝折らせたまへり。

 人召して、かの咲きかかりたる花、一枝折らせたまへり。

  「沈みしも忘れぬものをこりずまに身も投げつべき宿の藤波」

  いといたく思しわづらひて、寄りゐたまへるを、心苦しう見たてまつる。
 女君も、今さらにいとつつましく、さまざまに思ひ乱れたまへるに、花の蔭は、なほなつかしくて、

  「身を投げむ淵もまことの淵ならでかけじやさらにこりずまの波」

  いと若やかなる御振る舞ひを、心ながらもゆるさぬことに思しながら、関守の固からぬたゆみにや、いとよく語らひおきて出でたまふ。
  そのかみも、人よりこよなく心とどめて思うたまへりし御心ざしながら、はつかにてやみにし御仲らひには、いかでかはあはれも少なからむ。

いみじく忍び入りたまへる御寝くたれのさまを待ち受けて、

 いみじく忍び入りたまへる御寝くたれのさまを待ち受けて、女君、さばかりならむと心得たまへれど、おぼめかしくもてなしておはす。なかなかうちふすべなどしたまへらむよりも、心苦しく、「など、かくしも見放ちたまへらむ」と思さるれば、ありしよりけに深き契りをのみ、長き世をかけて聞こえたまふ。
  尚侍の君の御ことも、また漏らすべきならねど、いにしへのことも知りたまへれば、まほにはあらねど、「物越しに、はつかなりつる対面なむ、残りある心地する。いかで人目咎めあるまじくもて隠しては、今一たびも」 と、語らひきこえたまふ。うち笑ひて、「今めかしくもなり返る御ありさまかな。昔を今に改め加へたまふほど、中空なる身のため苦しく」とて、さすがに涙ぐみたまへるまみの、いとらうたげに見ゆるに、「かう心安からぬ御けしきこそ苦しけれ。ただおいらかに引き抓みなどして、教へたまへ。隔てあるべくも、ならはしきこえぬを、思はずにこそなりにける御心なれ」とて、よろづに御心とりたまふほどに、何ごともえ残したまはずなりぬめり。
  宮の御方にも、とみにえ渡りたまはず、こしらへきこえつつおはします。
 姫宮は、何とも思したらぬを、御後見どもぞ安からず聞こえける。わづらはしうなど見えたまふけしきならば、そなたもまして心苦しかるべきを、おいらかにうつくしきもて遊びぐさに思ひきこえたまへり。

水、藤。

沈みしも忘れぬものをこりずまに 
身も投げつべき宿の藤波  
源氏物語「若菜」

あをうみのうずまさ寺に来てみれば
身もなげつべき花のかげかな
香川景樹 (江戸時代後期の歌人)

・太宰の入水と折口家のお水虎様

折口家の屋敷神のように玄関の神棚に祭ってあったお水虎様(おすいこさま、水の神様 河童さん)
それは、太宰の故郷、金木町の隣村の辻に祭られていた。

・伊馬春部(折口門下)が仲の良かった太宰から受けとった伊藤左千夫の色紙

池水はにごりににごり
藤浪の影もうつらず雨ふりしきる
伊藤左千夫
日本の水の神と藤(水のシンボル)、聖なる天つ水を伝えている藤原氏

コンテンツ名 源氏物語全講会 第136回 「若菜上」より その6
収録日 2010年3月6日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成21年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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