本文へ

ホーム > 日本の古典 > ;源氏物語全講会 > 第143回 「若菜上」その13~「若菜下」その1

源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第143回 「若菜上」その13~「若菜下」その1

「若菜上」を復習し「下」に。小侍従からの返事に柏木はいらいらする。三月末日に六条院で賭弓の儀式が行われ、衛門督(柏木)は大殿(源氏)に恐れを感じる。柏木は春宮から、女三の宮から贈られた猫を預かる。左大将(髭黒の大将)のその後。

督の君は、なほ大殿の東の対に、

 督の君は、なほ大殿の東の対に、独り住みにてぞものしたまひける。思ふ心ありて、年ごろかかる住まひをするに、人やりならずさうざうしく心細き折々あれど、
「わが身かばかりにて、などか思ふことかなはざらむ」
とのみ、心おごりをするに、この夕べより屈しいたく、もの思はしくて、
「いかならむ折に、またさばかりにても、ほのかなる御ありさまをだに見む。ともかくもかき紛れたる際の人こそ、かりそめにもたはやすき物忌、方違への移ろひも軽々しきに、おのづからともかくものの隙をうかがひつくるやうもあれ」
など思ひやる方なく、
「深き窓のうちに、何ばかりのことにつけてか、かく深き心ありけりとだに知らせたてまつるべき」
と胸痛くいぶせければ、小侍従がり、例の、文やりたまふ。

(前回に引き続き、「若菜 上」再度解説)

「一日、風に誘はれて、

 「一日、風に誘はれて、御垣の原をわけ入りてはべしに、いとどいかに見落としたまひけむ。その夕べより、乱り心地かきくらし、あやなく今日は眺め暮らしはべる」
など書きて、

「よそに見て折らぬ嘆きはしげれども
なごり恋しき花の夕かげ」

とあれど、侍従は一日の心も知らねば、ただ世の常の眺めにこそはと思ふ。

(前回に引き続き、「若菜 上」再度解説)

御前に人しげからぬほどなれば、

 御前に人しげからぬほどなれば、かの文を持て参りて、
「この人の、かくのみ、忘れぬものに、言問ひものしたまふこそわづらはしくはべれ。心苦しげなるありさまも見たまへあまる心もや添ひはべらむと、みづからの心ながら知りがたくなむ」
と、うち笑ひて聞こゆれば、
「いとうたてあることをも言ふかな」
と、何心もなげにのたまひて、文広げたるを御覧ず。
「見もせぬ」と言ひたるところを、あさましかりし御簾のつまを思し合はせらるるに、御面赤みて、大殿の、さばかりことのついでごとに、
「大将に見えたまふな。いはけなき御ありさまなんめれば、おのづからとりはづして、見たてまつるやうもありなむ」
と、戒めきこえたまふを思し出づるに、
「大将の、さることのありしと語りきこえたらむ時、いかにあはめたまはむ」
と、人の見たてまつりけむことをば思さで、まづ、憚りきこえたまふ心のうちぞ幼かりける。

(前回に引き続き、「若菜 上」再度解説)

常よりも御さしらへなければ、

 常よりも御さしらへなければ、すさまじく、しひて聞こゆべきことにもあらねば、ひき忍びて、例の書く。
「一日は、つれなし顔をなむ。めざましうと許しきこえざりしを、『見ずもあらぬ』やいかに。あな、かけかけし」
と、はやりかに走り書きて、
「いまさらに色にな出でそ山桜
およばぬ枝に心かけきと
かひなきことを」
とあり。

(前回に引き続き、「若菜 上」再度解説)

(若菜下) ことわりとは思へども、

若菜下

ことわりとは思へども、
「うれたくも言へるかな。いでや、なぞ、かく異なることなきあへしらひばかりを慰めにては、いかが過ぐさむ。かかる人伝てならで、一言をものたまひ聞こゆる世ありなむや」
と思ふにつけて、おほかたにては、惜しくめでたしと思ひきこゆる院の御ため、なまゆがむ心や添ひにたらむ。

晦日の日は、人びとあまた参りたまへり。

 晦日の日は、人びとあまた参りたまへり。なまもの憂く、すずろはしけれど、「そのあたりの花の色をも見てや慰む」と思ひて参りたまふ。
殿上の賭弓、如月にとありしを過ぎて、三月はた御忌月なれば、口惜しくと人びと思ふに、この院に、かかるまとゐあるべしと聞き伝へて、例の集ひたまふ。左右の大将、さる御仲らひにて参りたまへば、次将たちなど挑みかはして、小弓とのたまひしかど、歩弓のすぐれたる上手どもありければ、召し出でて射させたまふ。

殿上人どもも、つきづきしき限りは、

 殿上人どもも、つきづきしき限りは、皆前後の心、こまどりに方分きて、暮れゆくままに、今日にとぢむる霞のけしきもあわたたしく、乱るる夕風に、花の蔭いとど立つことやすからで、人びといたく酔ひ過ぎたまひて、
「艶なる賭物ども、こなたかなた人びとの御心見えぬべきを。柳の葉を百度当てつべき舎人どもの、うけばりて射取る、無人なりや。すこしここしき手つきどもをこそ、挑ませめ」
とて、大将たちよりはじめて、下りたまふに、衛門督、人よりけに眺めをしつつものしたまへば、かの片端心知れる御目には、見つけつつ、
「なほ、いとけしき異なり。わづらはしきこと出で来べき世にやあらむ」
と、われさへ思ひつきぬる心地す。この君たち、御仲いとよし。さる仲らひといふ中にも、心交はしてねむごろなれば、はかなきことにても、もの思はしくうち紛るることあらむを、いとほしくおぼえたまふ。

 

・中学時代の思い出、弓の話

みづからも、大殿を見たてまつるに、

 みづからも、大殿を見たてまつるに、気恐ろしくまばゆく、
「かかる心はあるべきものか。なのめならむにてだに、けしからず、人に点つかるべき振る舞ひはせじと思ふものを。ましておほけなきこと」
と思ひわびては、
「かのありし猫をだに、得てしがな。思ふこと語らふべくはあらねど、かたはら寂しき慰めにも、なつけむ」
と思ふに、もの狂ほしく、「いかでかは盗み出でむ」と、それさへぞ難きことなりける。

女御の御方に参りて、

 女御の御方に参りて、物語など聞こえ紛らはし試みる。いと奥深く、心恥づかしき御もてなしにて、まほに見えたまふこともなし。かかる御仲らひにだに、気遠くならひたるを、「ゆくりかにあやしくは、ありしわざぞかし」とは、さすがにうちおぼゆれど、おぼろけにしめたるわが心から、浅くも思ひなされず。

春宮に参りたまひて、

 春宮に参りたまひて、「論なう通ひたまへるところあらむかし」と、目とどめて見たてまつるに、匂ひやかになどはあらぬ御容貌なれど、さばかりの御ありさまはた、いと異にて、あてになまめかしくおはします。

内裏の御猫の、

 内裏の御猫の、あまた引き連れたりけるはらからどもの、所々にあかれて、この宮にも参れるが、いとをかしげにて歩くを見るに、まづ思ひ出でらるれば、
「六条の院の姫宮の御方にはべる猫こそ、いと見えぬやうなる顔して、をかしうはべしか。はつかになむ見たまへし」
と啓したまへば、わざとらうたくせさせたまふ御心にて、詳しく問はせたまふ。
「唐猫の、ここのに違へるさましてなむはべりし。同じやうなるものなれど、心をかしく人馴れたるは、あやしくなつかしきものになむはべる」
など、ゆかしく思さるばかり、聞こえなしたまふ。

聞こし召しおきて、

 聞こし召しおきて、桐壺の御方より伝へて聞こえさせたまひければ、参らせたまへり。「げに、いとうつくしげなる猫なりけり」と、人びと興ずるを、衛門督は、「尋ねむと思したりき」と、御けしきを見おきて、日ごろ経て参りたまへり。
童なりしより、朱雀院の取り分きて思し使はせたまひしかば、御山住みに後れきこえては、またこの宮にも親しう参り、心寄せきこえたり。御琴など教へきこえたまふとて、
「御猫どもあまた集ひはべりにけり。いづら、この見し人は」
と尋ねて見つけたまへり。いとらうたくおぼえて、かき撫でてゐたり。宮も、
「げに、をかしきさましたりけり。心なむ、まだなつきがたきは、見馴れぬ人を知るにやあらむ。ここなる猫ども、ことに劣らずかし」
とのたまへば、
「これは、さるわきまへ心も、をさをさはべらぬものなれど、その中にも心かしこきは、おのづから魂はべらむかし」など聞こえて、「まさるどもさぶらふめるを、これはしばし賜はり預からむ」
と申したまふ。心のうちに、あながちにをこがましく、かつはおぼゆ。

つひにこれを尋ね取りて、

 つひにこれを尋ね取りて、夜もあたり近く臥せたまふ。
明け立てば、猫のかしづきをして、撫で養ひたまふ。人気遠かりし心も、いとよく馴れて、ともすれば、衣の裾にまつはれ、寄り臥し睦るるを、まめやかにうつくしと思ふ。いといたく眺めて、端近く寄り臥したまへるに、来て、「ねう、ねう」と、いとらうたげに鳴けば、かき撫でて、「うたても、すすむかな」と、ほほ笑まる。

「恋ひわぶる人のかたみと手ならせば

「恋ひわぶる人のかたみと手ならせば
なれよ何とて鳴く音なるらむ

これも昔の契りにや」
と、顔を見つつのたまへば、いよいよらうたげに鳴くを、懐に入れて眺めゐたまへり。

御達などは、

御達などは、
「あやしく、にはかなる猫のときめくかな。かやうなるもの見入れたまはぬ御心に」
と、とがめけり。宮より召すにも参らせず、取りこめて、これを語らひたまふ。

左大将殿の北の方は、

 左大将殿の北の方は、大殿の君たちよりも、右大将の君をば、なほ昔のままに、疎からず思ひきこえたまへり。心ばへのかどかどしく、気近くおはする君にて、対面したまふ時々も、こまやかに隔てたるけしきなくもてなしたまへれば、大将も、淑景舎などの、疎々しく及びがたげなる御心ざまのあまりなるに、さま異なる御睦びにて、思ひ交はしたまへり。

男君、今はまして、

 男君、今はまして、かのはじめの北の方をももて離れ果てて、並びなくもてかしづききこえたまふ。この御腹には、男君達の限りなれば、さうざうしとて、かの真木柱の姫君を得て、かしづかまほしくしたまへど、祖父宮など、さらに許したまはず、
「この君をだに、人笑へならぬさまにて見む」
と思し、のたまふ。

親王の御おぼえいとやむごとなく、

 親王の御おぼえいとやむごとなく、内裏にも、この宮の御心寄せ、いとこよなくて、このことと奏したまふことをば、え背きたまはず、心苦しきものに思ひきこえたまへり。おほかたも今めかしくおはする宮にて、この院、大殿にさしつぎたてまつりては、人も参り仕うまつり、世人も重く思ひきこえけり。
大将も、さる世の重鎮となりたまふべき下形なれば、姫君の御おぼえ、などてかは軽くはあらむ。聞こえ出づる人びと、ことに触れて多かれど、思しも定めず。衛門督を、「さも、けしきばまば」と思すべかめれど、猫には思ひ落としたてまつるにや、かけても思ひ寄らぬぞ、口惜しかりける。
母君の、あやしく、なほひがめる人にて、世の常のありさまにもあらず、もて消ちたまへるを、口惜しきものに思して、継母の御あたりをば、心つけてゆかしく思ひて、今めきたる御心ざまにぞものしたまひける。

 

コンテンツ名 源氏物語全講会 第143回 「若菜上」その13~「若菜下」その1
収録日 2010年9月18日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成22年春期講座

このエントリーをはてなブックマークに追加

「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
詳しくはこちら

ページのトップへ戻る