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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第161回 「柏木」より その4

夕霧が柏木を見舞う。柏木は、六条の院(源氏)の怒りがとけるように、と夕霧に頼む。柏木は亡くなる。女三の宮の若君の五十日のお祝いをする。尼姿を見て、源氏はお嘆きになる。

大将の君、常にいと深う思ひ嘆き、

大将の君、常にいと深う思ひ嘆き、訪らひきこえたまふ。御喜びにもまづ参うでたまへり。このおはする対のほとり、こなたの御門は、馬、車たち込み、人騒がしう騷ぎ満ちたり。今年となりては、起き上がることもをさをさしたまはねば、重々しき御さまに、乱れながらは、え対面したまはで、思ひつつ弱りぬること、と思ふに口惜しければ、
「なほ、こなたに入らせたまへ。いとらうがはしきさまにはべる罪は、おのづから思し許されなむ」
とて、臥したまへる枕上の方に、僧などしばし出だしたまひて、入れたてまつりたまふ。

早うより、いささか隔てたまふことなう、

早うより、いささか隔てたまふことなう、睦び交はしたまふ御仲なれば、別れむことの悲しう恋しかるべき嘆き、親兄弟の御思ひにも劣らず。今日は喜びとて、心地よげならましをと思ふに、いと口惜しう、かひなし。
「などかく頼もしげなくはなりたまひにける。今日は、かかる御喜びに、いささかすくよかにもやとこそ思ひはべりつれ」
とて、几帳のつま引き上げたまへれば、
「いと口惜しう、その人にもあらずなりにてはべりや」
とて、烏帽子ばかりおし入れて、すこし起き上がらむとしたまへど、いと苦しげなり。白き衣どもの、なつかしうなよよかなるをあまた重ねて、衾ひきかけて臥したまへり。御座のあたりものきよげに、けはひ香うばしう、心にくくぞ住みなしたまへる。
うちとけながら、用意ありと見ゆ。重く患ひたる人は、おのづから髪髭も乱れ、ものむつかしきけはひも添ふわざなるを、痩せさらぼひたるしも、いよいよ白うあてなるさまして、枕をそばだてて、ものなど聞こえたまふけはひ、いと弱げに、息も絶えつつ、あはれげなり。

 

・『源氏物語』の大事な部分は男性の手が加わっていたと考えていた折口信夫の思い

・和歌を中心に日本人の心の表現をみていくと、女性の方が秀れている。

・世界の中で、アジアの中で、しぼんでいく日本。

男性の時代が長すぎた、女性のおとなしすぎる時代が長すぎた、と思う。
「女性が本当に、日本のあるべき、文化の流れを、打ち立てられるべき時だと気がするのですが、どうですか。」

・「『古事記』と『源氏物語』とを月々講義していると、日本の文化の、そして精神伝統の流れが、そくそくとして身に迫ってくる。そして、俺たちの生き方がこれで本当に良いのだろうかという思いに迫られる。」

「久しう患ひたまへるほどよりは、

「久しう患ひたまへるほどよりは、ことにいたうもそこなはれたまはざりけり。常の御容貌よりも、なかなかまさりてなむ見えたまふ」
とのたまふものから、涙おし拭ひて、
「後れ先立つ隔てなくとこそ契りきこえしか。いみじうもあるかな。この御心地のさまを、何事にて重りたまふとだに、え聞き分きはべらず。かく親しきほどながら、おぼつかなくのみ」
などのたまふに、
「心には、重くなるけぢめもおぼえはべらず。そこどころと苦しきこともなければ、たちまちにかうも思ひたまへざりしほどに、月日も経で弱りはべりにければ、今はうつし心も失せたるやうになむ。
惜しげなき身を、さまざまにひき留めらるる祈り、願などの力にや、さすがにかかづらふも、なかなか苦しうはべれば、心もてなむ、急ぎ立つ心地しはべる。
さるは、この世の別れ、避りがたきことは、いと多うなむ。親にも仕うまつりさして、今さらに御心どもを悩まし、君に仕うまつることも半ばのほどにて、身を顧みる方、はた、ましてはかばかしからぬ恨みを留めつる大方の嘆きをば、さるものにて。
また心の内に思ひたまへ乱るることのはべるを、かかる今はのきざみにて、何かは漏らすべきと思ひはべれど、なほ忍びがたきことを、誰にかは愁へはべらむ。これかれあまたものすれど、さまざまなることにて、さらにかすめはべらむも、あいなしかし。

六条院にいささかなる事の違ひ目ありて、

六条院にいささかなる事の違ひ目ありて、月ごろ、心の内にかしこまり申すことなむはべりしを、いと本意なう、世の中心細う思ひなりて、病づきぬとおぼえはべしに、召しありて、院の御賀の楽所の試みの日参りて、御けしきを賜はりしに、なほ許されぬ御心ばへあるさまに、御目尻を見たてまつりはべりて、いとど世にながらへむことも憚り多うおぼえなりはべりて、あぢきなう思ひたまへしに、心の騷ぎそめて、かく静まらずなりぬるになむ。
人数には思し入れざりけめど、いはけなうはべし時より、深く頼み申す心のはべりしを、いかなる讒言などのありけるにかと、これなむ、この世の愁へにて残りはべるべければ、論なうかの後の世の妨げにもやと思ひたまふるを、ことのついではべらば、御耳留めて、よろしう明らめ申させたまへ。
亡からむ後ろにも、この勘事許されたらむなむ、御徳にはべるべき」
などのたまふままに、いと苦しげにのみ見えまされば、いみじうて、心の内に思ひ合はすることどもあれど、さして確かには、えしも推し量らず。

「いかなる御心の鬼にかは。

「いかなる御心の鬼にかは。さらに、さやうなる御けしきもなく、かく重りたまへる由をも聞きおどろき嘆きたまふこと、限りなうこそ口惜しがり申したまふめりしか。など、かく思すことあるにては、今まで残いたまひつらむ。こなたかなた明らめ申すべかりけるものを。今はいふかひなしや」
とて、取り返さまほしう悲しく思さる。
「げに、いささかも隙ありつる折、聞こえうけたまはるべうこそはべりけれ。されど、いとかう今日明日としもやはと、みづからながら知らぬ命のほどを、思ひのどめはべりけるもはかなくなむ。このことは、さらに御心より漏らしたまふまじ。さるべきついではべらむ折には、御用意加へたまへとて、聞こえおくになむ。
一条にものしたまふ宮、ことに触れて訪らひきこえたまへ。心苦しきさまにて、院などにも聞こし召されたまはむを、つくろひたまへ」
などのたまふ。言はまほしきことは多かるべけれど、心地せむかたなくなりにければ、
「出でさせたまひね」
と、手かききこえたまふ。加持参る僧ども近う参り、上、大臣などおはし集りて、人びとも立ち騒げば、泣く泣く出でたまひぬ。

女御をばさらにも聞こえず、

女御をばさらにも聞こえず、この大将の御方などもいみじう嘆きたまふ。心おきての、あまねく人のこのかみ心にものしたまひければ、右の大殿の北の方も、この君をのみぞ、睦ましきものに思ひきこえたまひければ、よろづに思ひ嘆きたまひて、御祈りなど取り分きてせさせたまひけれど、やむ薬ならねば、かひなきわざになむありける。女宮にも、つひにえ対面しきこえたまはで、泡の消え入るやうにて亡せたまひぬ。

年ごろ、下の心こそねむごろに深くもなかりしか、

年ごろ、下の心こそねむごろに深くもなかりしか、大方には、いとあらまほしくもてなしかしづききこえて、気なつかしう、心ばへをかしう、うちとけぬさまにて過ぐいたまひければ、つらき節もことになし。ただ、
「かく短かりける御身にて、あやしくなべての世すさまじう思ひたまへけるなりけり」
と思ひ出でたまふに、いみじうて、思し入りたるさま、いと心苦し。
御息所も、「いみじう人笑へに口惜し」と、見たてまつり嘆きたまふこと、限りなし。
大臣、北の方などは、ましていはむかたなく、
「我こそ先立ため。世のことわりなうつらいこと」
と焦がれたまへど、何のかひなし。

尼宮は、おほけなき心もうたてのみ思されて、

尼宮は、おほけなき心もうたてのみ思されて、世に長かれとしも思さざりしを、かくなむと聞きたまふは、さすがにいとあはれなりかし。
「若君の御ことを、さぞと思ひたりしも、げに、かかるべき契りにてや、思ひのほかに心憂きこともありけむ」と思し寄るに、さまざまもの心細うて、うち泣かれたまひぬ。

弥生になれば、空のけしきもものうららかにて、

弥生になれば、空のけしきもものうららかにて、この君、五十日のほどになりたまひて、いと白ううつくしう、ほどよりはおよすけて、物語などしたまふ。大殿渡りたまひて、
「御心地は、さはやかになりたまひにたりや。いでや、いとかひなくもはべるかな。例の御ありさまにて、かく見なしたてまつらましかば、いかにうれしうはべらまし。心憂く、思し捨てけること」
と、涙ぐみて怨みきこえたまふ。日々に渡りたまひて、今しも、やむごとなく限りなきさまにもてなしきこえたまふ。

御五十日に餅参らせたまはむとて、

御五十日に餅参らせたまはむとて、容貌異なる御さまを、人びと、「いかに」など聞こえやすらへど、院渡らせたまひて、
「何か。女にものしたまはばこそ、同じ筋にて、いまいましくもあらめ」
とて、南面に小さき御座などよそひて、参らせたまふ。御乳母、いとはなやかに装束きて、御前のもの、いろいろを尽くしたる籠物、桧破籠の心ばへどもを、内にも外にも、もとの心を知らぬことなれば、取り散らし、何心もなきを、「いと心苦しうまばゆきわざなりや」と思す。

宮も起きゐたまひて、

宮も起きゐたまひて、御髪の末の所狭う広ごりたるを、いと苦しと思して、額など撫でつけておはするに、几帳を引きやりてゐたまへば、いと恥づかしうて背きたまへるを、いとど小さう細りたまひて、御髪は惜しみきこえて、長う削ぎたりければ、後ろは異にけぢめも見えたまはぬほどなり。
すぎすぎ見ゆる鈍色ども、黄がちなる今様色など着たまひて、まだありつかぬ御かたはらめ、かくてしもうつくしき子どもの心地して、なまめかしうをかしげなり。
「いで、あな心憂。墨染こそ、なほ、いとうたて目もくるる色なりけれ。かやうにても、見たてまつることは、絶ゆまじきぞかしと、思ひ慰めはべれど、古りがたうわりなき心地する涙の人悪ろさを、いとかう思ひ捨てられたてまつる身の咎に思ひなすも、さまざまに胸いたう口惜しくなむ。取り返すものにもがなや」
と、うち嘆きたまひて、
「今はとて思し離れば、まことに御心と厭ひ捨てたまひけると、恥づかしう心憂くなむおぼゆべき。なほ、あはれと思せ」
と聞こえたまへば、
「かかるさまの人は、もののあはれも知らぬものと聞きしを、ましてもとより知らぬことにて、いかがは聞こゆべからむ」
とのたまへば、
「かひなのことや。思し知る方もあらむものを」
とばかりのたまひさして、若君を見たてまつりたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第161回 「柏木」より その4
収録日 2012年2月4日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成23年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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