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世界文学としての源氏物語-源氏物語を世界中の人々に伝えたい (4)

世界文学としての源氏物語-源氏物語を世界中の人々に伝えたい (4)

第1部 「世界文学としての源氏物語の魅力」

講演 「源氏物語 英訳の比較研究」

watanabe[1]

渡部昇一(上智大学名誉教授)

  1. 『源氏物語』をはじめて英訳したウェイリーとその時代
  2. 外来語が入ったほうが読みやすい翻訳になる
  3. どこで切ってもいいのが日本の小説

 

1.『源氏物語』をはじめて英訳したウェイリーとその時代


(再生時間 15分30秒)

「ウェイリーが『源氏物語』を訳したときに何に驚いたかといいますと、千年前の日本人の中に、自分たちが今感じているのと同じ感受性を持って、同じ反応をして、同じような言葉で恋をささやいている人たちがいたという発見ですね。これが50年前だったら、こんなものは『東方の未開国のモラルのない連中のお話』で葬られたかもしれませんし、大体、訳が出なかったかもしれませんが、第1次大戦後はすっかり変わるんです。それで世界の二大小説だというような書評もありました。今でも大体五大小説のうちに入れられているようですが、そうしますと、ヴァージニア・ウルフみたいな、ああいう繊細な一流の女流作家でも源氏は絶対に読まなければならないというふうになったのであります。」

・「日本文明」の独自性を西洋のインテリ層に伝えたウェイリー
・翻訳の天才とブルームズベリーの教養人たちとの交流
・第一次大戦後の欧州だから受け入れられた『源氏物語』

2.外来語が入ったほうが読みやすい翻訳になる


(再生時間 6分17秒)

「サイデンスティッカーさんの訳は、外来語の比率が非常に高くなっています。(中略)私は、サイデンスティッカーさんの訳が最近非常に広く読まれるようになった理由がここにあると思うんです。イギリス人でも、やはり適当に外来語が入った方が今のイギリス人にはずっと読みやすいのだと思います。」

・やまとことばだけで現代語訳した谷崎潤一郎の『源氏物語』は読みにくい
・やまとことばのみでは現代の日本人の頭の中には入りにくい
・原文に忠実にすると単語の数が減る。わかりやすくしようとすると長くなる

『源氏物語』「須磨」

原文
かの須磨は、昔こそ人のすみかなどもありけれ、今は、いと里ばなれ心すごくて、海人(あま)の家だにまれになむと聞き給へど、人しげく、ひたたけたらむ住まひは、いと本意なかるべし。さりとて、都を遠ざからむも、古里おぼつかなかるべきを、人わろくぞ思し乱るる。よろづの事、きし方行末思ひつづけ給ふに、悲しき事いとさまざまなり。

谷崎潤一郎訳
あの須磨は、昔こそ人の住家などもありましたものの、今はたいそう人里を離れた、荒れ果てた感じになっていまして、海女(あま)の家さえ稀であると聞いておいでになりますけれども、あまり人の出入りの激しい、賑やかなあたりに住むのは本意ではありません。そうかといって都を遠く離れるのも、故郷のことが気にかかるであろうと、人聞きが悪いほどお迷いになります。来(こ)し方のこと、行く末のこと、よろずのことをお思いつづけになりますと、悲しいことが実にいろいろとあるのです。
出典:谷崎潤一郎訳『源氏物語』(中央公論新社, 1973)

ウェイリー訳(1925年)
There was Suma. It might not be such a bad place to choose. There had indeed once been some houses there ; but it was now a long way to the nearest village and the coast wore a very deserted aspect. Apart from a few fishermen’s huts there was not anywhere a sign of life. This did not matter, for a thickly populated, noisy place was not at all what he wanted ; but even Suma was a terribly long way from the Capital, and the prospect of being separated from all those whose society he liked best was not at all inviting. His life hitherto had been one long series of disasters. As for the future, it did not bear thinking of !
出典:Arthur Waley, tr. The Tale of Genji

サイデンステッカー訳(1976年)
He thought of the Suma coast. People of worth had once lived there, he was told, now it was deserted save for the huts of fishermen, and even they were few. The alternative was worse, to go on living this public life, so to speak, with people streaming in and out of his house. Yet he would hate to leave, and affairs at court would continue to be much on his mind if he did leave. This irresolution was making life difficult for his people.
Unsettling thoughts of the past and the future chased one another through his mind.
出典:Edward Seidensticker, tr. The Tale of Genji

タイラー訳(2001年)
There was Suma, yes, but while someone had lived there long ago, he gathered that the place was now extremely isolated and that there was hardly a fisherman’s hut to be seen there – not that he can have wished to live among milling crowds. On the other hand, merely being away from the City would make him worry about home. His mind was in undignified confusion.
He reflected at length on what was past and what was yet to come, and the effort brought many sorrows to mind.
出典: Royall Tyler, tr. The Tale of Genji

*下線は外来語

3.どこで切ってもいいのが日本の小説


(再生時間 5分14秒)

「サイデンスティッカーさんから聞いた話でもう一つ印象深かったのは、これもミルワード先生がちょっとおっしゃいましたけれども、どこで切ってもいいのが日本の小説であると。『源氏物語』というのは、その孫の話になってもいいわけで、伸ばそうと思えば幾らでも伸びるんです。英語で言えばアーキティクトニクスの要らない小説、これが日本の小説の特徴ではなかろうか。『伊勢物語』だって、長生きして、どこまで書いていっていいわけですからね。要するに、一つのアーキティクトニクスは余り要らない。そして美的感覚で、日記を足したようなものでもいいんだと。(中略)それをサイデンスティッカーから聞いたときに、ああ、やはり外国人だから我々の見ないものをよく見ているなと思ったことがあります。」

・サイデンステッカーさんとの話で印象に残ったこと
・本当の日本文学の著者たちは戦争中も全然変わらなかった
・戦争の真っ只中に『細雪』を書いていた谷崎潤一郎の偉大さ

コンテンツ名 Genjiフォーラム・スペシャル2 世界文学としての『源氏物語』~源氏英訳の課題と可能性をめぐって~
収録日 2004年2月28日
講師 岡野弘彦、ピーター・ミルワード、渡部昇一、コーディネーター:松田義幸

会場:東京・学士会館
主催: 中央公論新社、財団法人エンゼル財団
協賛:森永製菓株式会社、森永乳業株式会社
2004年2月「Genjiフォーラム・スペシャル2 世界文学としての『源氏物語』~源氏英訳の課題と可能性をめぐって~」が、東京・学士会館で開催されました。このコンテンツでは、当日の模様をお伝えしています。

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プロフィール

講師:渡部昇一

(上智大学名誉教授)

肩書などはコンテンツ収録時のものです

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