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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第76回 「澪標」より その3

源氏は丁重な奉祀(遊び)をするので、気おくれした明石の君の一行の舟が漕ぎすぎたことを知り近いうちに都へ迎えようと伝える。御息所が前斎宮と都へ戻られ体調を崩し、見舞いに伺うと娘の後見役を頼み亡くなる。

ダンテあるいはシェークスピアと『源氏物語』

「ダンテ、あるいはシェークスピアと比較できるようなスケールの大きさ、深さ、民族の個性というものを確かな形で、あの大きな、そして緻密な構成を持った作品の中に展開させてくるということは、ほかに日本文学の大きな作者はいろいろいますけれども、柿本人麻呂を持ってきても、近松を持ってきても、西鶴を持ってきても、紫式部の持っているスケールの大きさと深さにはとても及ばないという感じがするわけですね。」

国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参りたまふよりは、

 国の守(かみ)参りて、御まうけ、例の大臣(おとど)などの参りたまふよりは、ことに世になく仕うまつりけむかし。
 いとはしたなければ、
  「立ち交じり、数ならぬ身の、いささかのことせむに、神も見入れ、数まへたまふべきにもあらず。帰らむにも中空(なかぞら)なり。今日は難波に舟さし止めて、祓(はら)へをだにせむ」
 とて、漕ぎ渡りぬ 。

君は、夢にも知りたまはず、夜一夜、

 君は、夢にも知りたまはず、夜一夜(ひとよ)、いろいろのことをせさせたまふ。まことに、神の喜びたまふべきことを、し尽くして、来し方の御願にもうち添へ、ありがたきまで、遊びののしり明かしたまふ。
 惟光やうの人は、心のうちに神の御徳をあはれにめでたしと思ふ。あからさまに立ち出でたまへるに、さぶらひて、聞こえ出(い)でたり。
 「住吉の松こそものはかなしけれ
  神代のことをかけて思へば」
 げに、と思し出でて、
  「荒かりし波のまよひに住吉の
   神をばかけて忘れやはする
 験(しるし)ありな」
 とのたまふも、いとめでたし。

かの明石の舟、この響きに圧されて、

 かの明石の舟、この響きに圧(お)されて、過ぎぬることも聞こゆれば、「知らざりけるよ」と、あはれに思す。神の御しるべを思し出づるも、おろかならねば、「いささかなる消息をだにして、心慰めばや。なかなかに思ふらむかし」と思す。
 御社立ちたまひて、所々に逍遥(せうえう)を尽くしたまふ。難波の御祓(はら)へなど、殊によそほしう仕(つか)まつる。堀江のわたりを御覧じて、
 「今はた同じ難波なる」
 と、御心にもあらで、うち誦じたまへるを、御車のもと近き惟光、うけたまはりやしつらむ、さる召しもやと、例にならひて懐にまうけたる柄(つか)短き筆など、御車とどむる所にてたてまつれり。「をかし」と思して、畳(たたう)紙に、
  「みをつくし恋ふるしるしにここまでも
   めぐり逢ひけるえには深しな」
 とて、たまへれば、かしこの心知れる下人(しもびと)して遣りけり。駒並(な)めて、うち過ぎたまふにも、心のみ動くに、露ばかりなれど、いとあはれにかたじけなくおぼえて、うち泣きぬ。

数ならで難波のこともかひなきに

 「数ならで難波のこともかひなきに
  などみをつくし思ひそめけむ」
 田(た)蓑(みの)の島に御禊仕うまつる、御祓への物につけてたてまつる。日暮れ方になりゆく。夕潮満ち来て、入江の鶴(たづ)も声惜しまぬほどのあはれなる折からなればにや、人目もつつまず、あひ見まほしくさへ思さる。
 「露けさの昔に似たる旅衣
  田蓑の島の名には隠れず」
 道のままに、かひある逍遥遊びののしりたまへど、御心にはなほかかりて思しやる。遊女(あそび)どもの集ひ参れる、上達部と聞こゆれど、若やかにこと好ましげなるは、皆、目とどめたまふべかめり。されど、「いでや、をかしきことも、もののあはれも、人からこそあべけれ。なのめなることをだに、すこしあはき方に寄りぬるは、心とどむるたよりもなきものを」と思すに、おのがじし心をやりて、よしめきあへるも疎ましう思しけり 。

数ならで難波のこともかひなきに (続き)

(上段の続き)
 道のままに、かひある逍遥遊びののしりたまへど、御心にはなほかかりて思しやる。遊女(あそび)どもの集ひ参れる、上達部と聞こゆれど、若やかにこと好ましげなるは、皆、目とどめたまふべかめり。されど、「いでや、をかしきことも、もののあはれも、人からこそあべけれ。なのめなることをだに、すこしあはき方に寄りぬるは、心とどむるたよりもなきものを」と思すに、おのがじし心をやりて、よしめきあへるも疎ましう思しけり 。

かの人は、過ぐしきこえて、またの日ぞ吉ろしかりければ

 かの人は、過ぐしきこえて、またの日ぞ吉(よ)ろしかりければ、御幣(みてぐら)たてまつる。ほどにつけたる願どもなど、かつがつ果たしける。また、なかなかもの思ひ添はりて、明け暮れ、口惜しき身を思ひ嘆く。
 今や京におはし着くらむと思ふ日数(ひかず)も経ず、御使あり。このころのほどに迎へむことをぞのたまへる。
 「いと頼もしげに、数まへのたまふめれど、いさや、また、島漕ぎ離れ、中空(なかぞら)に心細きことやあらむ」
 と、思ひわづらふ。
 入道も、さて出(い)だし放たむは、いとうしろめたう、さりとて、かく埋(うづ)もれ過ぐさむを思はむも、なかなか来し方の年ごろよりも、心尽くしなり。よろづにつつましう、思ひ立ちがたきことを聞こゆ。

まことや、かの斎宮も替はりたまひにしかば、

 まことや、かの斎宮も替はりたまひにしかば、御息所上りたまひてのち、変はらぬさまに何ごとも訪(とぶ)らひきこえたまふことは、ありがたきまで、情けを尽くしたまへど、「昔だにつれなかりし御心ばへの、なかなかならむ名残は見じ」と、思ひ放ちたまへれば、渡りたまひなどすることはことになし。
 あながちに動かしきこえたまひても、わが心ながら知りがたく、とかくかかづらはむ御歩きなども、所狭う思しなりにたれば、強(し)ひたるさまにもおはせず。
 斎宮をぞ、「いかにねびなりたまひぬらむ」と、ゆかしう思ひきこえたまふ 。

なほ、かの六条の旧宮をいとよく修理しつくろひたりければ

 なほ、かの六条の旧宮(ふるみや)をいとよく修理(すり)しつくろひたりければ、みやびかにて住みたまひけり。よしづきたまへること、旧(ふ)りがたくて、よき女房など多く、好いたる人の集ひ所にて、ものさびしきやうなれど、心やれるさまにて経たまふほどに、にはかに重くわづらひたまひて、もののいと心細く思されければ、罪深き所に年経つるも、いみじう思して、尼になりたまひぬ。

なほ、かの六条の旧宮をいとよく修理しつくろひたりければ

 大臣(おとど)、聞きたまひて、かけかけしき筋にはあらねど、なほさる方のものをも聞こえあはせ人に思ひきこえつるを、かく思しなりにけるが口惜しうおぼえたまへば、おどろきながら渡りたまへり。飽かずあはれなる御訪らひ聞こえたまふ。
 近き御枕上(がみ)に御座(おまし)よそひて、脇息におしかかりて、御返りなど聞こえたまふも、いたう弱りたまへるけはひなれば、「絶えぬ心ざしのほどは、え見えたてまつらでや」と、口惜しうて、いみじう泣いたまふ。
 かくまでも思しとどめたりけるを、女も、よろづにあはれと思して、斎宮の御ことをぞ聞こえたまふ。
 「心細くてとまりたまはむを、かならず、ことに触れて数まへきこえたまへ。また見ゆづる人もなく、たぐひなき御ありさまになむ。かひなき身ながらも、今しばし世の中を思ひのどむるほどは、とざまかうざまにものを思し知るまで、見たてまつらむとこそ思ひたまへつれ」
 とても、消え入りつつ泣いたまふ。

かかる御ことなくてだに、思ひ放ちきこえさすべきにもあらぬを、

 「かかる御ことなくてだに、思ひ放ちきこえさすべきにもあらぬを、まして、心の及ばむに従ひては、何ごとも後見(うしろみ)きこえむとなむ思うたまふる。さらに、うしろめたくな思ひきこえたまひそ」
 など聞こえたまへば、
 「いとかたきこと。まことにうち頼むべき親などにて、見ゆづる人だに、女親に離れぬるは、いとあはれなることにこそはべるめれ。まして、思ほし人めかさむにつけても、あぢきなき方やうち交り、人に心も置かれたまはむ。うたてある思ひやりごとなれど、かけてさやうの世づいたる筋に思し寄るな。憂き身を抓(つ)みはべるにも、女は、思ひの外(ほか)にてもの思ひを添ふるものになむはべりければ、いかでさる方をもて離れて、見たてまつらむと思うたまふる」
 など聞こえたまへば、「あいなくものたまふかな」と思せど、
 「年ごろに、よろづ思うたまへ知りにたるものを、昔の好き心の名残あり顔にのたまひなすも本意(ほい)なくなむ。よし、おのづから」
 とて、外(と)は暗うなり、内は大殿油(おほとのあぶら)のほのかにものより通りて見ゆるを、「もしや」と思して、やをら御几帳のほころびより見たまへば、心もとなきほどの火影に、御髪(みぐし)いとをかしげにはなやかにそぎて、寄りゐたまへる、絵に描きたらむさまして、いみじうあはれなり。帳の東面(ひんがしおもて)に添ひ臥したまへるぞ、宮ならむかし。御几帳のしどけなく引きやられたるより、御目とどめて見通したまへれば、頬杖(つらづゑ)つきて、いともの悲しと思いたるさまなり。はつかなれど、いとうつくしげならむと見ゆ。
 御髪のかかりたるほど、頭(かしら)つき、けはひ、あてに気高きものから、ひぢぢかに愛敬(あいぎやう)づきたまへるけはひ、しるく見えたまへば、心もとなくゆかしきにも、「さばかりのたまふものを」と、思し返す。
 「いと苦しさまさりはべる。かたじけなきを、はや渡らせたまひね」
 とて、人にかき臥せられたまふ。
 「近く参り来たるしるしに、よろしう思さればうれしかるべきを、心苦しきわざかな。いかに思さるるぞ」
 とて、覗きたまふけしきなれば、
 「いと恐ろしげにはべるや。乱り心地のいとかく限りなる折しも渡らせたまへるは、まことに浅からずなむ。思ひはべることを、すこしも聞こえさせつれば、さりともと、頼もしくなむ」
 と聞こえさせたまふ。
 「かかる御遺言(ゆゐごん)の列(つら)に思しけるも、いとどあはれになむ。故院の御子(みこ)たち、あまたものしたまへど、親しくむつび思ほすも、をさをさなきを、主(う)上(へ)の同じ御子たちのうちに数まへきこえたまひしかば、さこそは頼みきこえはべらめ。すこしおとなしきほどになりぬる齢(よはひ)ながら、あつかふ人もなければ、さうざうしきを」
 など聞こえて、帰りたまひぬ。御訪(とぶ)らひ、今すこしたちまさりて、しばしば聞こえたまふ。

七、八日ありて亡せたまひにけり。あへなう思さるるに、

 七、八日ありて亡(う)せたまひにけり。あへなう思さるるに、世もいとはかなくて、もの心細く思されて、内裏(うち)へも参りたまはず、とかくの御ことなど掟(おき)てさせたまふ。また頼もしき人もことにおはせざりけり。古き斎宮の宮司(みやづかさ)など、仕うまつり馴れたるぞ、わづかにことども定めける。
 御みづからも渡りたまへり。宮に御消息聞こえたまふ。
 「何ごともおぼえはべらでなむ」
 と、女(によ)別当(べたう)して、聞こえたまへり。
 「聞こえさせ、のたまひ置きしこともはべしを、今は、隔てなきさまに思されば、うれしくなむ」
 と聞こえたまひて、人びと召し出でて、あるべきことども仰せたまふ。いと頼もしげに、年ごろの御心ばへ、取り返しつべう見ゆ。いといかめしう、殿の人びと、数もなう仕うまつらせたまへり。あはれにうち眺めつつ、御精進(さうじ)にて、御簾下(お)ろしこめて行はせたまふ。
 宮には、常に訪らひきこえたまふ。やうやう御心静まりたまひては、みづから御返りなど聞こえたまふ。つつましう思したれど、御乳母(めのと)など、「かたじけなし」と、そそのかしきこゆるなりけり。

雪、霙、かき乱れ荒るる日、

 雪、霙(みぞれ)、かき乱れ荒るる日、「いかに、宮のありさま、かすかに眺めたまふらむ」と思ひやりきこえたまひて、御使たてまつれたまへり。
 「ただ今の空を、いかに御覧ずらむ。
  降り乱れひまなき空に亡き人の
  天翔(かけ)るらむ宿ぞ悲しき」
 空色の紙の、曇らはしきに書いたまへり。若き人の御目にとどまるばかりと、心してつくろひたまへる、いと目もあやなり。
 宮は、いと聞こえにくくしたまへど、これかれ、
 「人づてには、いと便(びん)なきこと」
 と責めきこゆれば、鈍色(にびいろ)の紙の、いと香(かう)ばしう艶なるに、墨つきなど紛らはして、
 「消えがてにふるぞ悲しきかきくらし
  わが身それとも思ほえぬ世に」
 つつましげなる書きざま、いとおほどかに、御手すぐれてはあらねど、らうたげにあてはかなる筋に見ゆ。
 下りたまひしほどより、なほあらず思したりしを、「今は心にかけて、ともかくも聞こえ寄りぬべきぞかし」と思すには、例の、引き返し、
 「いとほしくこそ。故御息所の、いとうしろめたげに心おきたまひしを。ことわりなれど、世の中の人も、さやうに思ひ寄りぬべきことなるを、引き違(たが)へ、心清くてあつかひきこえむ。主上(うへ)の今すこしもの思し知る齢(よはひ)にならせたまひなば、内裏(うち)住みせさせたてまつりて、さうざうしきに、かしづきぐさにこそ」と思しなる 。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第76回 「澪標」より その3
収録日 2006年3月25日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成17年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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