源氏物語全講会

源氏物語全講会の由来

「源氏物語全講会」は、國學院大學の第一期生で、「最後の国学者」と称される三矢重松が、大正10年から12年まで、國學院大學で行った源氏物語の公開講座に由来しています。また、國學院大學と隣り合わせにあった実践女子学園においても、学祖下田歌子が源氏物語講義に情熱を傾けました。この國學院大學と実践女子学園によって、源氏物語が市民に開かれたことが、一般教養としての源氏物語教育の祖とされています。

三矢重松・折口信夫「源氏物語全講会」の伝統を引き継いで

価なき珠をいだきて知らざりし
たとひおぼゆる日の本の人    三矢重松

三矢重松先生
折口信夫先生

 この歌の歌碑は、三矢重松の故郷、山形県鶴岡市の春日神社の境内に建立されています。
「天下に比類のない優れた珠(源氏物語)を抱いていながら、その伝統的な良きものの価値をちっとも知らずにいる日本人は、あわれなものだ」という意味で、「過去の読書人に対して、不満の心を吐き出された歌である」というふうに、三矢重松の弟子、折口信夫はこの歌の心を解説しています。

 源氏物語は、中世から近世にかけて、儒教や仏教学者たちから「風俗淫乱の書」と非難され、研究者からも奈良時代の古典よりは一段軽いものとして扱われてきました。しかし、本居宣長の国学の伝統を踏み、国文法学者・国文学者でもあった三矢重松は、源氏物語の解読に新しい文法学の科学的研究態度を加え、近代の学者の中では、いちはやく源氏物語の中に文学を発見します。そして、平安朝の生活にも古代生活の引き続きがあると考えて、そこに日本人のモラル・センスを発見する糸口を見出し、日本人にとっての源氏物語の価値を説いたのでした。
「源氏物語全講会」は、この三矢重松によって、國學院大學において公開講座のような形で行われた源氏物語講義の名称です。

 大正12年の三矢重松没後、三矢家からの薦めに応じ、その愛弟子折口信夫が師の志を継いで、翌年の大正13年からこの講座を再興します。そして、昭和3年からは慶應義塾大学に場所を移して、折口信夫没年の昭和28年まで続けられたのでした。その聴講者には、堀辰雄・田中澄江・小島政二郎ら、昭和の文壇をリードした人々の名前が挙がります。
この三矢・折口の心をリレーすべく、折口最後の内弟子である岡野弘彦國學院大學名誉教授が、平成13年より、國學院大學院友会主催の市民公開講座において、この伝統の講座を再開されました。

 現在は、講座回数を増やすため、國學院大學院友会の市民公開講座から、京橋の中央公論新社の市民公開講座に場所を移して、エンゼル財団との共催で開催しています。中央公論新社は、学術的な確かさを背景にした格調の高い名訳と称される谷崎潤一郎訳『源氏物語』の刊行、および『折口信夫全集』の刊行を行っており、知の創造と継承を支える出版界の代表として、この講座開催にはゆかりが深い出版社です。

 岡野先生による源氏物語全講会は、現代人の感覚で物語を解釈したり意訳したりするのではなく、源氏物語の原文を一文一文読み、いにしえの言葉の奥に秘められた日本人の心の本質を確かめながら、口訳し、評釈される伝統的な講義です。とくに、歌人でもあった折口信夫(釈迢空)の心を継ぎ、「歌物語としての源氏物語」の本質を知ることができます。

下田歌子と源氏物語、そして源氏物語全講会とのかかわり

実践女子大学学祖
下田歌子先生

 実践女子大学の学祖下田歌子は、宮中に出仕して明治天皇のお后昭憲皇后にお仕えし、また、後には学習院女子部の創設、次に華族女学校の学監(校長)として上流階級の女性の教育にあたりますが、一方で、一般庶民の女子教育が大切であるとの考えから、実践女子学園を創設します。それは、次世代を担う子供を育む一人ひとりの女性の教養が高くなければ、国全体の豊かさにはならないと考えたのです。そして、その女性像とは、本当に教養高く、常識をもって、心深くしっかりしていることであり、そのためには、古典文学や和歌の素養が、どの子女にとっても基本であると考えました。

 昭和初期の頃、下田歌子は源氏物語の講義に情熱を注ぎます。「早稲田の坪内逍遙のシェイクスピア論と実践女子学園の下田歌子の源氏物語講義はすばらしい」ということが東京中で評判になったという記録もあります。その評判を聞いて折口信夫は「下田先生は歌人で宮中の生活を体験しておられる方だから、ぜひその講義を聴きたい」と下田歌子の源氏物語講義を聴講し、最晩年の歌子に直接対面しています。

 これより前、すでに折口は、三矢重松から引き継いだ「源氏物語全講会」を行っていました。この「全講会」に出席して熱心にノートを取っていた聴講者に、於保美遠(おぼ・みほ)という、実践女子学園の先生がいました。於保は、三矢重松の「全講会」も聴講しており、かつ、折口門下の短歌結社に所属が認められた希有の女性の一人であり、彼女のノートを通じて、歌子は折口信夫の講義の内容を知ります。そして、それを見て、「この人(折口)の源氏の理解の深さは格別だ。訳に全くぶれがない」と感心したというエピソードがあるのです。

 このように、三矢重松・折口信夫と下田歌子は、「源氏物語」の研究と教育の交流を通して、深い関係があるのです。

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