第90回 「朝顔」より その2
大臣(源氏)は式部卿宮の喪に服している朝顔を訪ねる。朝顔は心を受け入れず、源氏は「秋果てて霧の籬にむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔」と、詠む。女君(紫の上)はそのやりとりに心が乱れる。霜月の雪の日にも桃園宮の朝顔を尋ねる。
講師:岡野弘彦
あなたの御前を見やりたまへば、枯れ枯れなる前栽の心ばへもことに見渡されて、
あなたの御前を見やりたまへば、枯れ枯れなる前栽の心ばへもことに見渡されて、のどやかに眺めたまふらむ御ありさま、容貌も、いとゆかしくあはれにて、え念じたまはで、
「かくさぶらひたるついでを過ぐしはべらむは、心ざしなきやうなるを、あなたの御訪らひ聞こゆべかりけり」
とて、やがて簀子より渡りたまふ。
暗うなりたるほどなれど、鈍色の御簾に、黒き御几帳の透影あはれに、追風なまめかしく吹き通し、けはひあらまほし。簀子はかたはらいたければ、南の廂に入れたてまつる。
宣旨、対面して、御消息は聞こゆ。
宣旨、対面して、御消息は聞こゆ。
「今さらに、若々しき心地する御簾の前かな。神さびにける年月の労数へられはべるに、今は内外も許させたまひてむとぞ頼みはべりける」
とて、飽かず思したり。
「ありし世は皆夢に見なして、今なむ、覚めてはかなきにやと、思ひたまへ定めがたくはべるに、労などは、静かにやと定めきこえさすべうはべらむ」
と、聞こえ出だしたまへり。「げにこそ定めがたき世なれ」と、はかなきことにつけても思し続けらる。
「人知れず神の許しを待ちし間に
ここらつれなき世を過ぐすかな
今は、何のいさめにか、かこたせたまはむとすらむ。なべて、世にわづらはしきことさへはべりしのち、さまざまに思ひたまへ集めしかな。いかで片端をだに」
と、あながちに聞こえたまふ、御用意なども、昔よりも今すこしなまめかしきけさへ添ひたまひにけり。さるは、いといたう過ぐしたまへど、御位のほどには合はざめり。
「なべて世のあはればかりを問ふからに誓ひしことと神やいさめむ」とあれば、
「なべて世のあはればかりを問ふからに
誓ひしことと神やいさめむ」
とあれば、
「あな、心憂。その世の罪は、みな科戸の風にたぐへてき」
とのたまふ愛敬も、こよなし。
「みそぎを、神は、いかがはべりけむ」
など、はかなきことを聞こゆるも、まめやかには、いとかたはらいたし。世づかぬ御ありさまは、年月に添へても、もの深くのみ引き入りたまひて、え聞こえたまはぬを、見たてまつり悩めり。
「好き好きしきやうになりぬるを」
など、浅はかならずうち嘆きて立ちたまふ。
「齢の積もりには、面なくこそなるわざなりけれ。世に知らぬやつれを、今ぞ、とだに聞こえさすべくやは、もてなしたまひける」
とて、出でたまふ名残、所狭きまで、例の聞こえあへり。
おほかたの、空もをかしきほどに、木の葉の音なひにつけても、過ぎにしもののあはれとり返しつつ、その折々、をかしくもあはれにも、深く見えたまひし御心ばへなども、思ひ出できこえさす。
心やましくて立ち出でたまひぬるは、
心やましくて立ち出でたまひぬるは、まして、寝覚がちに思し続けらる。とく御格子参らせたまひて、朝霧を眺めたまふ。枯れたる花どもの中に、朝顔のこれかれにはひまつはれて、あるかなきかに咲きて、匂ひもことに変はれるを、折らせたまひてたてまつれたまふ。
「けざやかなりし御もてなしに、人悪ろき心地しはべりて、うしろでもいとどいかが御覧じけむと、ねたく。されど、
見し折のつゆ忘られぬ朝顔の
花の盛りは過ぎやしぬらむ
年ごろの積もりも、あはれとばかりは、さりとも、思し知るらむやとなむ、かつは」
など聞こえたまへり。おとなびたる御文の心ばへに、「おぼつかなからむも、見知らぬやうにや」と思し、人びとも御硯とりまかなひて、聞こゆれば、
「秋果てて霧の籬にむすぼほれ
あるかなきかに移る朝顔」
似つかはしき御よそへにつけても、露けく」
とのみあるは、何のをかしきふしもなきを、いかなるにか、置きがたく御覧ずめり。青鈍の紙の、なよびかなる墨つきはしも、をかしく見ゆめり。人の御ほど、書きざまなどに繕はれつつ、その折は罪なきことも、つきづきしくまねびなすには、ほほゆがむこともあめればこそ、さかしらに書き紛らはしつつ、おぼつかなきことも多かりけり。
立ち返り、今さらに若々しき御文書きなども、似げなきこと、と思せども、なほかく昔よりもて離れぬ御けしきながら、口惜しくて過ぎぬるを思ひつつ、えやむまじく思さるれば、さらがへりて、まめやかに聞こえたまふ。
東の対に離れおはして、宣旨を迎へつつ語らひたまふ。
東の対に離れおはして、宣旨を迎へつつ語らひたまふ。さぶらふ人びとの、さしもあらぬ際のことをだに、なびきやすなるなどは、過ちもしつべく、めできこゆれど、宮は、そのかみだにこよなく思し離れたりしを、今は、まして、誰も思ひなかるべき御齢、おぼえにて、「はかなき木草につけたる御返りなどの、折過ぐさぬも、軽々しくや、とりなさるらむ」など、人の物言ひを憚りたまひつつ、うちとけたまふべき御けしきもなければ、古りがたく同じさまなる御心ばへを、世の人に変はり、めづらしくもねたくも思ひきこえたまふ。
世の中に漏り聞こえて、「前斎院を、ねむごろに聞こえたまへばなむ、
世の中に漏り聞こえて、
「前斎院を、ねむごろに聞こえたまへばなむ、女五の宮などもよろしく思したなり。似げなからぬ御あはひならむ」
など言ひけるを、対の上は伝へ聞きたまひて、しばしは、
「さりとも、さやうならむこともあらば、隔てては思したらじ」
と思しけれど、うちつけに目とどめきこえたまふに、御けしきなども、例ならずあくがれたるも心憂く、
「まめまめしく思しなるらむことを、つれなく戯れに言ひなしたまひけむよと、同じ筋にはものしたまへど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞こえたまふを、御心など移りなば、はしたなくもあべいかな。年ごろの御もてなしなどは、立ち並ぶ方なく、さすがにならひて、人に押し消たれむこと」
など、人知れず思し嘆かる。
「かき絶え名残なきさまにはもてなしたまはずとも、いとものはかなきさまにて見馴れたまへる年ごろの睦び、あなづらはしき方にこそはあらめ」
など、さまざまに思ひ乱れたまふに、よろしきことこそ、うち怨じなど憎からず聞こえたまへ、まめやかにつらしと思せば、色にも出だしたまはず。
端近う眺めがちに、内裏住みしげくなり、役とは御文を書きたまへば、
「げに、人の言葉むなしかるまじきなめり。けしきをだにかすめたまへかし」
と、疎ましくのみ思ひきこえたまふ。
夕つ方、神事なども止まりてさうざうしきに、つれづれと思しあまりて、
夕つ方、神事なども止まりてさうざうしきに、つれづれと思しあまりて、五の宮に例の近づき参りたまふ。雪うち散りて艶なるたそかれ時に、なつかしきほどに馴れたる御衣どもを、いよいよたきしめたまひて、心ことに化粧じ暮らしたまへれば、いとど心弱からむ人はいかがと見えたり。さすがに、まかり申しはた、聞こえたまふ。
「女五の宮の悩ましくしたまふなるを、訪らひきこえになむ」
とて、ついゐたまへれど、見もやりたまはず、若君をもてあそび、紛らはしおはする側目の、ただならぬを、
「あやしく、御けしきの変はれるべきころかな。罪もなしや。塩焼き衣のあまり目馴れ、見だてなく思さるるにやとて、とだえ置くを、またいかが」
など聞こえたまへば、
「馴れゆくこそ、げに、憂きこと多かりけれ」
とばかりにて、うち背きて臥したまへるは、見捨てて出でたまふ道、もの憂けれど、宮に御消息聞こえたまひてければ、出でたまひぬ。
「かかりけることもありける世を、うらなくて過ぐしけるよ」と思ひ続けて、臥したまへり。
「かかりけることもありける世を、うらなくて過ぐしけるよ」
と思ひ続けて、臥したまへり。鈍びたる御衣どもなれど、色合ひ重なり、好ましくなかなか見えて、雪の光にいみじく艶なる御姿を見出だして、
「まことに離れまさりたまはば」
と、忍びあへず思さる。
御前など忍びやかなる限りして、
「内裏より他の歩きは、もの憂きほどになりにけりや。桃園宮の心細きさまにてものしたまふも、式部卿宮に年ごろは譲りきこえつるを、今は頼むなど思しのたまふも、ことわりに、いとほしければ」
など、人びとにものたまひなせど、
「いでや。御好き心の古りがたきぞ、あたら御疵なめる」
「軽々しきことも出で来なむ」
など、つぶやきあへり。
宮には、北面の人しげき方なる御門は、入りたまはむも軽々しければ、
宮には、北面の人しげき方なる御門は、入りたまはむも軽々しければ、西なるがことことしきを、人入れさせたまひて、宮の御方に御消息あれば、「今日しも渡りたまはじ」と思しけるを、驚きて開けさせたまふ。
御門守、寒げなるけはひ、うすすき出で来て、とみにもえ開けやらず。これより他の男はたなきなるべし。ごほごほと引きて、
「錠のいといたく銹びにければ、開かず」
と愁ふるを、あはれと聞こし召す。
「昨日今日と思すほどに、三年のあなたにもなりにける世かな。かかるを見つつ、かりそめの宿りをえ思ひ捨てず、木草の色にも心を移すよ」と、思し知らるる。口ずさびに、
「いつのまに蓬がもととむすぼほれ
雪降る里と荒れし垣根ぞ」
やや久しう、ひこしらひ開けて、入りたまふ。
コンテンツ名 | 源氏物語全講会 第90回 「朝顔」より その2 |
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収録日 | 2007年2月17日 |
講師 | 岡野弘彦(國學院大學名誉教授) |
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