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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第60回 「賢木」より その3

桐壷院が崩御し朝顔の宮が斎院となる。朧月夜は内侍になる。そして源氏は藤壺ともまた、逢う。この部分の文章の読みようを中央公論社から出ている大野晋と丸谷才一の本など紹介しつつ進める。

大后も、参りたまはむとするを、中宮のかく添ひおはするに、

 大后も、参りたまはむとするを、中宮のかく添ひおはするに、御心置かれて、思しやすらふほどに、おどろおどろしきさまにもおはしまさで、隠れさせたまひぬ。足を空に、思ひ惑ふ人多かり。
 御位を去らせたまふといふばかりにこそあれ、世のまつりごとをしづめさせたまへることも、我が御世の同じことにておはしまいつるを、帝はいと若うおはします、祖父大臣、いと急にさがなくおはして、その御ままになりなむ世を、いかならむと、上達部、殿上人、皆思ひ嘆く。

中宮、大将殿などは、ましてすぐれて、ものも思しわかれず、

 中宮、大将殿などは、ましてすぐれて、ものも思しわかれず、後々の御わざなど、孝じ仕うまつりたまふさまも、そこらの親王たちの御中にすぐれたまへるを、ことわりながら、いとあはれに、世人も見たてまつる。藤の御衣にやつれたまへるにつけても、限りなくきよらに心苦しげなり。去年、今年とうち続き、かかることを見たまふに、世もいとあぢきなう思さるれど、かかるついでにも、まづ思し立たるることはあれど、また、さまざまの御ほだし多かり。

御四十九日までは、女御、御息所たち、みな、院に集ひたまへりつるを、

 御四十九日までは、女御、御息所たち、みな、院に集ひたまへりつるを、過ぎぬれば、散り散りにまかでたまふ。師走の二十日なれば、おほかたの世の中とぢむる空のけしきにつけても、まして晴るる世なき、中宮の御心のうちなり。大后の御心も知りたまへれば、心にまかせたまへらむ世の、はしたなく住み憂からむを思すよりも、馴れきこえたまへる年ごろの御ありさまを、思ひ出できこえたまはぬ時の間なきに、かくてもおはしますまじう、みな他々へと出でたまふほどに、悲しきこと限りなし。

宮は、三条の宮に渡りたまふ。

 宮は、三条の宮に渡りたまふ。御迎へに兵部卿宮参りたまへり。雪うち散り、風はげしうて、院の内、やうやう人目かれゆきて、しめやかなるに、大将殿、こなたに参りたまひて、古き御物語聞こえたまふ。御前の五葉の雪にしをれて、下葉枯れたるを見たまひて、親王、
 「蔭ひろみ頼みし松や枯れにけむ
  下葉散りゆく年の暮かな」
 何ばかりのことにもあらぬに、折から、ものあはれにて、大将の御袖、いたう濡れぬ。池の隙なう氷れるに、
 「さえわたる池の鏡のさやけきに
  見なれし影を見ぬぞ悲しき」
 と、思すままに、あまり若々しうぞあるや。王命婦、
 「年暮れて岩井の水もこほりとぢ
  見し人影のあせもゆくかな」
 そのついでに、いと多かれど、さのみ書き続くべきことかは。
 渡らせたまふ儀式、変はらねど、思ひなしにあはれにて、旧き宮は、かへりて旅心地したまふにも、御里住み絶えたる年月のほど、思しめぐらさるべし。

年かへりぬれど、世の中今めかしきことなく静かなり。

 年かへりぬれど、世の中今めかしきことなく静かなり。まして大将殿は、もの憂くて籠もりゐたまへり。除目のころなど、院の御時をばさらにもいはず、年ごろ劣るけぢめなくて、御門のわたり、所なく立ち込みたりし馬、車うすらぎて、宿直物の袋をさをさ見えず、親しき家司どもばかり、ことに急ぐことなげにてあるを見たまふにも、「今よりは、かくこそは」と思ひやられて、ものすさまじくなむ。

御匣殿は、二月に、尚侍になりたまひぬ。

 御匣殿は、二月に、尚侍になりたまひぬ。院の御思ひにやがて尼になりたまへる、替はりなりけり。やむごとなくもてなし、人がらもいとよくおはすれば、あまた参り集りたまふなかにも、すぐれて時めきたまふ。后は、里がちにおはしまいて、参りたまふ時の御局には梅壷をしたれば、弘徽殿には尚侍の君住みたまふ。登花殿の埋れたりつるに、晴れ晴れしうなりて、女房なども数知らず集ひ参りて、今めかしう花やぎたまへど、御心のうちは、思ひのほかなりしことどもを忘れがたく嘆きたまふ。いと忍びて通はしたまふことは、なほ同じさまなるべし。「ものの聞こえもあらばいかならむ」と思しながら、例の御癖なれば、今しも御心ざしまさるべかめり。
 院のおはしましつる世こそ憚りたまひつれ、后の御心いちはやくて、かたがた思しつめたることどもの報いせむ、と思すべかめり。ことにふれて、はしたなきことのみ出で来れば、かかるべきこととは思ししかど、見知りたまはぬ世の憂さに、立ちまふべくも思されず。

左の大殿も、すさまじき心地したまひて、ことに内裏にも参りたまはず。

 左の大殿も、すさまじき心地したまひて、ことに内裏にも参りたまはず。故姫君を、引きよきて、この大将の君に聞こえつけたまひし御心を、后は思しおきて、よろしうも思ひきこえたまはず。大臣の御仲も、もとよりそばそばしうおはするに、故院の御世にはわがままにおはせしを、時移りて、したり顔におはするを、あぢきなしと思したる、ことわりなり。
 大将は、ありしに変はらず渡り通ひたまひて、さぶらひし人々をも、なかなかにこまかに思しおきて、若君をかしづき思ひきこえたまへること、限りなければ、あはれにありがたき御心と、いとどいたつききこえたまふことども、同じさまなり。限りなき御おぼえの、あまりもの騒がしきまで、暇なげに見えたまひしを、通ひたまひし所々も、かたがたに絶えたまふことどもあり、軽々しき御忍びありきも、あいなう思しなりて、ことにしたまはねば、いとのどやかに、今しもあらまほしき御ありさまなり。

西の対の姫君の御幸ひを、世人もめできこゆ。

 西の対の姫君の御幸ひを、世人もめできこゆ。少納言なども、人知れず、「故尼上の御祈りのしるし」と見たてまつる。父親王も思ふさまに聞こえ交はしたまふ。嫡腹の、限りなくと思すは、はかばかしうもえあらぬに、ねたげなること多くて、継母の北の方は、やすからず思すべし。物語にことさらに作り出でたるやうなる御ありさまなり。
 斎院は、御服にて下りゐたまひにしかば、朝顔の姫君は、替はりにゐたまひにき。賀茂のいつきには、孫王のゐたまふ例、多くもあらざりけれど、さるべき女御子やおはせざりけむ。大将の君、年月経れど、なほ御心離れたまはざりつるを、かう筋ことになりたまひぬれば、口惜しくと思す。中将におとづれたまふことも、同じことにて、御文などは絶えざるべし。昔に変はる御ありさまなどをば、ことに何とも思したらず、かやうのはかなしごとどもを、紛るることなきままに、こなたかなたと思し悩めり。

帝は、院の御遺言違へず、あはれに思したれど、

 帝は、院の御遺言違へず、あはれに思したれど、若うおはしますうちにも、御心なよびたるかたに過ぎて、強きところおはしまさぬなるべし、母后、祖父大臣とりどりしたまふことは、え背かせたまはず、世のまつりごと、御心にかなはぬやうなり。
 わづらはしさのみまされど、尚侍の君は、人知れぬ御心し通へば、わりなくてと、おぼつかなくはあらず。五壇の御修法の初めにて、慎しみおはします隙をうかがひて、例の、夢のやうに聞こえたまふ。かの、昔おぼえたる細殿の局に、中納言の君、紛らはして入れたてまつる。人目もしげきころなれば、常よりも端近なる、そら恐ろしうおぼゆ。
 朝夕に見たてまつる人だに、飽かぬ御さまなれば、まして、めづらしきほどにのみある御対面の、いかでかはおろかならむ。女の御さまも、げにぞめでたき御盛りなる。重りかなるかたは、いかがあらむ、をかしうなまめき若びたる心地して、見まほしき御けはひなり。
 ほどなく明け行くにや、とおぼゆるに、ただここにしも、
 「宿直申し、さぶらふ」
 と、声づくるなり。「また、このわたりに隠ろへたる近衛司ぞあるべき。腹ぎたなきかたへの教へおこするぞかし」と、大将は聞きたまふ。をかしきものから、わづらはし。
 ここかしこ尋ねありきて、
 「寅一つ」
 と申すなり。女君、
 「心からかたがた袖を濡らすかな
  明くと教ふる声につけても」
 とのたまふさま、はかなだちて、いとをかし。
 「嘆きつつわが世はかくて過ぐせとや
  胸のあくべき時ぞともなく」
 静心なくて、出でたまひぬ。
 夜深き暁月夜の、えもいはず霧りわたれるに、いといたうやつれて、振る舞ひなしたまへるしも、似るものなき御ありさまにて、承香殿の御兄の藤少将、藤壷より出でて、月の少し隈ある立蔀のもとに立てりけるを、知らで過ぎたまひけむこそいとほしけれ。もどききこゆるやうもありなむかし。

かやうのことにつけても、もて離れつれなき人の御心を、

 かやうのことにつけても、もて離れつれなき人の御心を、かつはめでたしと思ひきこえたまふものから、わが心の引くかたにては、なほつらう心憂し、とおぼえたまふ折多かり。

 内裏に参りたまはむことは、うひうひしく、所狭く思しなりて、春宮を見たてまつりたまはぬを、おぼつかなく思ほえたまふ。また、頼もしき人もものしたまはねば、ただこの大将の君をぞ、よろづに頼みきこえたまへるに、なほ、この憎き御心のやまぬに、ともすれば御胸をつぶしたまひつつ、いささかもけしきを御覧じ知らずなりにしを思ふだに、いと恐ろしきに、今さらにまた、さる事の聞こえありて、わが身はさるものにて、春宮の御ためにかならずよからぬこと出で来なむ、と思すに、いと恐ろしければ、御祈りをさへせさせて、このこと思ひやませたてまつらむと、思しいたらぬことなく逃れたまふを、いかなる折にかありけむ、あさましうて、近づき参りたまへり。心深くたばかりたまひけむことを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける。

まねぶべきやうなく聞こえ続けたまへど、

 まねぶべきやうなく聞こえ続けたまへど、宮、いとこよなくもて離れきこえたまひて、果て果ては、御胸をいたう悩みたまへば、近うさぶらひつる命婦、弁などぞ、あさましう見たてまつりあつかふ。男は、憂し、つらし、と思ひきこえたまふこと、限りなきに、来し方行く先、かきくらす心地して、うつし心失せにければ、明け果てにけれど、出でたまはずなりぬ。

御悩みにおどろきて、人びと近う参りて、しげうまがへば、

 御悩みにおどろきて、人びと近う参りて、しげうまがへば、我にもあらで、塗籠に押し入れられておはす。御衣ども隠し持たる人の心地ども、いとむつかし。宮は、ものをいとわびし、と思しけるに、御気上がりて、なほ悩ましうせさせたまふ。兵部卿宮、大夫など参りて、
 「僧召せ」
 など騒ぐを、大将、いとわびしう聞きおはす。からうして、暮れゆくほどにぞおこたりたまへる。
 かく籠もりゐたまへらむとは思しもかけず、人びとも、また御心惑はさじとて、かくなむとも申さぬなるべし。昼の御座にゐざり出でておはします。よろしう思さるるなめりとて、宮もまかでたまひなどして、御前人少なになりぬ。例もけ近くならさせたまふ人少なければ、ここかしこの物のうしろなどにぞさぶらふ。命婦の君などは、
 「いかにたばかりて、出だしたてまつらむ。今宵さへ、御気上がらせたまはむ、いとほしう」
 など、うちささめき扱ふ。

君は、塗籠の戸の細めに開きたるを、やをらおし開けて、

 君は、塗籠の戸の細めに開きたるを、やをらおし開けて、御屏風のはさまに伝ひ入りたまひぬ。めづらしくうれしきにも、涙落ちて見たてまつりたまふ。
 「なほ、いと苦しうこそあれ。世や尽きぬらむ」
 とて、外の方を見出だしたまへるかたはら目、言ひ知らずなまめかしう見ゆ。御くだものをだに、とて参り据ゑたり。箱の蓋などにも、なつかしきさまにてあれど、見入れたまはず。世の中をいたう思し悩めるけしきにて、のどかに眺め入りたまへる、いみじうらうたげなり。髪ざし、頭つき、御髪のかかりたるさま、限りなき匂はしさなど、ただ、かの対の姫君に違ふところなし。年ごろ、すこし思ひ忘れたまへりつるを、「あさましきまでおぼえたまへるかな」と見たまふままに、すこしもの思ひのはるけどころある心地したまふ。

気高う恥づかしげなるさまなども、さらに異人とも思ひ分きがたきを、

 気高う恥づかしげなるさまなども、さらに異人とも思ひ分きがたきを、なほ、限りなく昔より思ひしめきこえてし心の思ひなしにや、「さまことに、いみじうねびまさりたまひにけるかな」と、たぐひなくおぼえたまふに、心惑ひして、やをら御帳のうちにかかづらひ入りて、御衣の褄を引きならしたまふ。けはひしるく、さと匂ひたるに、あさましうむくつけう思されて、やがてひれ伏したまへり。「見だに向きたまへかし」と心やましうつらうて、引き寄せたまへるに、御衣をすべし置きて、ゐざりのきたまふに、心にもあらず、御髪の取り添へられたりければ、いと心憂く、宿世のほど、思し知られて、いみじ、と思したり。

男も、ここら世をもてしづめたまふ御心、みな乱れて、

 男も、ここら世をもてしづめたまふ御心、みな乱れて、うつしざまにもあらず、よろづのことを泣く泣く怨みきこえたまへど、まことに心づきなし、と思して、いらへも聞こえたまはず。ただ、
 「心地の、いと悩ましきを。かからぬ折もあらば、聞こえてむ」
 とのたまへど、尽きせぬ御心のほどを言ひ続けたまふ。
 さすがに、いみじと聞きたまふふしもまじるらむ。あらざりしことにはあらねど、改めて、いと口惜しう思さるれば、なつかしきものから、いとようのたまひ逃れて、今宵も明け行く。
 せめて従ひきこえざらむもかたじけなく、心恥づかしき御けはひなれば、
 「ただ、かばかりにても、時々、いみじき愁へをだに、はるけはべりぬべくは、何のおほけなき心もはべらじ」
 など、たゆめきこえたまふべし。なのめなることだに、かやうなる仲らひは、あはれなることも添ふなるを、まして、たぐひなげなり。

明け果つれば、二人して、いみじきことどもを聞こえ、

 明け果つれば、二人して、いみじきことどもを聞こえ、宮は、半ばは亡きやうなる御けしきの心苦しければ、
 「世の中にありと聞こし召されむも、いと恥づかしければ、やがて亡せはべりなむも、また、この世ならぬ罪となりはべりぬべきこと」
 など聞こえたまふも、むくつけきまで思し入れり。
 「逢ふことのかたきを今日に限らずは
  今幾世をか嘆きつつ経む
 御ほだしにもこそ」
 と聞こえたまへば、さすがに、うち嘆きたまひて、
 「長き世の恨みを人に残しても
  かつは心をあだと知らなむ」
 はかなく言ひなさせたまへるさまの、言ふよしなき心地すれど、人の思さむところも、わが御ためも苦しければ、我にもあらで、出でたまひぬ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第60回 「賢木」より その3
収録日 2005年3月5日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成16年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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