源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第81回 「絵合」より その2

入道后(きさい)の宮(藤壺)も前斎宮の帝への参内に立ち会う。冷泉帝は絵を好み、梅壺(前斎宮)と近しくなるが、弘徽殿も競い、父権中納言(頭中将)も後押しをする。物語の神髄について、歌合せ、絵合わせなど合わせものについて。

講師:岡野弘彦
講師:岡野弘彦

目次

中宮も内裏にぞおはしましける。

  中宮も内裏にぞおはしましける。主上は、めづらしき人参りたまふと聞こし召しければ、いとうつくしう御心づかひしておはします。ほどよりはいみじうされおとなびたまへり。宮も、
  「かく恥づかしき人参りたまふを、御心づかひして、見えたてまつらせたまへ」
  と聞こえたまひけり。
  人知れず、「大人は恥づかしうやあらむ」と思しけるを、いたう夜更けて参う上りたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかし、と思しけり。

弘徽殿には、御覧じつきたれば、睦ましうあはれに心やすく思ほし、

 弘徽殿には、御覧じつきたれば、睦ましうあはれに心やすく思ほし、これは、人ざまもいたうしめり、恥づかしげに、大臣の御もてなしもやむごとなくよそほしければ、あなづりにくく思されて、御宿直などは等しくしたまへど、うちとけたる御童遊びに、昼など渡らせたまふことは、あなたがちにおはします。
  権中納言は、思ふ心ありて聞こえたまひけるに、かく参りたまひて、御女にきしろふさまにてさぶらひたまふを、方々にやすからず思すべし。

院には、かの櫛の筥の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。

 院には、かの櫛の筥の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。
  そのころ、大臣の参りたまへるに、御物語こまやかなり。ことのついでに、斎宮の下りたまひしこと、先々ものたまひ出づれば、聞こえ出でたまひて、さ思ふ心なむありしなどは、えあらはしたまはず。大臣も、かかる御けしき聞き顔にはあらで、ただ「いかが思したる」とゆかしさに、とかうかの御事をのたまひ出づるに、あはれなる御けしき、あさはかならず見ゆれば、いといとほしく思す。

 

「めでたしと、思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにか」と、

 「めでたしと、思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにか」と、ゆかしう思ひきこえたまへど、さらにえ見たてまつりたまはぬを、ねたう思ほす。
  いと重りかにて、夢にもいはけたる御ふるまひなどのあらばこそ、おのづからほの見えたまふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば、見たてまつりたまふままに、いとあらまほしと思ひきこえたまへり。
  かく隙間なくて、二所さぶらひたまへば、兵部卿宮、すがすがともえ思ほし立たず、「帝、おとなびたまひなば、さりとも、え思ほし捨てじ」とぞ、待ち過ぐしたまふ。二所の御おぼえども、とりどりに挑みたまへり。

主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。

 主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。立てて好ませたまへばにや、二なく描かせたまふ。斎宮の女御、いとをかしう描かせたまふべければ、これに御心移りて、渡らせたまひつつ、描き通はさせたまふ。
  殿上の若き人びとも、このことまねぶをば、御心とどめてをかしきものに思ほしたれば、まして、をかしげなる人の、心ばへあるさまに、まほならず描きすさび、なまめかしう添ひ臥して、とかく筆うちやすらひたまへる御さま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせたまひて、ありしよりけに御思ひまされるを、権中納言、聞きたまひて、あくまでかどかどしく今めきたまへる御心にて、「われ人に劣りなむや」と思しはげみて、すぐれたる上手どもを召し取りて、いみじくいましめて、またなきさまなる絵どもを、二なき紙どもに描き集めさせたまふ。
 「物語絵こそ、心ばへ見えて、見所あるものなれ」
  とて、おもしろく心ばへある限りを選りつつ描かせたまふ。例の月次の絵も、見馴れぬさまに、言の葉を書き続けて、御覧ぜさせたまふ。
  わざとをかしうしたれば、また、こなたにてもこれを御覧ずるに、心やすくも取り出でたまはず、いといたく秘めて、この御方へ持て渡らせたまふを惜しみ、領じたまへば、大臣、聞きたまひて、
  「なほ、権中納言の御心ばへの若々しさこそ、改まりがたかめれ」
  など笑ひたまふ。

 

「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。

 「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。古代の御絵どものはべる、参らせむ」
  と奏したまひて、殿に古きも新しきも、絵ども入りたる御厨子ども開かせたまひて、女君ともろともに、「今めかしきは、それそれ」と、選り調へさせたまふ。
  「長恨歌」「王昭君」などやうなる絵は、おもしろくあはれなれど、「事の忌みあるは、こたみはたてまつらじ」と選り止めたまふ。

かの旅の御日記の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、

 かの旅の御日記の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、女君にも見せたてまつりたまひける。御心深く知らで今見む人だに、すこしもの思ひ知らむ人は、涙惜しむまじくあはれなり。まいて、忘れがたく、その世の夢を思し覚ます折なき御心どもには、取りかへし悲しう思し出でらる。今まで見せたまはざりける恨みをぞ聞こえたまひける。
  「一人ゐて嘆きしよりは海人の住む
   かたをかくてぞ見るべかりける
  おぼつかなさは、慰みなましものを」
  とのたまふ。いとあはれと、思して、
  「憂きめ見しその折よりも今日はまた
   過ぎにしかたにかへる涙か」
  中宮ばかりには、見せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一帖づつ、さすがに浦々のありさまさやかに見えたるを、選りたまふついでにも、かの明石の家居ぞ、まづ、「いかに」と思しやらぬ時の間なき。

かう絵ども集めらると聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、

 かう絵ども集めらると聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、軸、表紙、紐の飾り、いよいよ調へたまふ。
  弥生の十日のほどなれば、空もうららかにて、人の心ものび、ものおもしろき折なるに、内裏わたりも、節会どものひまなれば、ただかやうのことどもにて、御方々暮らしたまふを、同じくは、御覧じ所もまさりぬべくてたてまつらむの御心つきて、いとわざと集め参らせたまへり。
  こなたかなたと、さまざまに多かり。物語絵は、こまやかになつかしさまさるめるを、梅壷の御方は、いにしへの物語、名高くゆゑある限り、弘徽殿は、そのころ世にめづらしく、をかしき限りを選り描かせたまへれば、うち見る目の今めかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。
  主上の女房なども、よしある限り、「これは、かれは」など定めあへるを、このころのことにすめり。

中宮も参らせたまへるころにて、方々、御覧じ捨てがたく思ほすことなれば、

 中宮も参らせたまへるころにて、方々、御覧じ捨てがたく思ほすことなれば、御行なひも怠りつつ御覧ず。この人びとのとりどりに論ずるを聞こし召して、左右と方分かたせたまふ。
  梅壷の御方には、平典侍、侍従の内侍、少将の命婦。右には、大弐の典侍、中将の命婦、兵衛の命婦を、ただ今は心にくき有職どもにて、心々に争ふ口つきどもを、をかしと聞こし召して、まづ、物語の出で来はじめの祖なる『竹取の翁』に『宇津保の俊蔭』を合はせて争ふ。
  「なよ竹の世々に古りにけること、をかしきふしもなけれど、かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、はるかに思ひのぼれる契り高く、神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」
  と言ふ。右は、
  「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし。この世の契りは竹の中に結びければ、下れる人のこととこそは見ゆめれ。ひとつ家の内は照らしけめど、百敷のかしこき御光には並ばずなりにけり。阿部のおほしが千々の黄金を捨てて、火鼠の思ひ片時に消えたるも、いとあへなし。車持の親王の、まことの蓬莱の深き心も知りながら、いつはりて玉の枝に疵をつけたるをあやまちとなす」。
  絵は、巨勢の相覧、手は、紀貫之書けり。紙屋紙に唐の綺をばいして、赤紫の表紙、紫檀の軸、世の常の装ひなり。
  「俊蔭は、はげしき波風におぼほれ、知らぬ国に放たれしかど、なほ、さして行きける方の心ざしもかなひて、つひに、人の朝廷にもわが国にも、ありがたき才のほどを広め、名を残しける古き心を言ふに、絵のさまも、唐土と日の本とを取り並べて、おもしろきことども、なほ並びなし」
  と言ふ。白き色紙、青き表紙、黄なる玉の軸なり。絵は、常則、手は、道風なれば、今めかしうをかしげに、目もかかやくまで見ゆ。左は、そのことわりなし。

・「竹取物語について」

・完形昔話の条件

・昔話と伝説はどう違うか

・「白米城伝説」

・丹後の国の『風土記』に登場する天女の話

次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。

 次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。これも、右はおもしろくにぎははしく、内裏わたりよりうちはじめ、近き世のありさまを描きたるは、をかしう見所まさる。

平内侍、「伊勢の海の深き心をたどらずてふりにし跡と波や消つべき

 平内侍、
  「伊勢の海の深き心をたどらずて
   ふりにし跡と波や消つべき
  世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに圧されて、業平が名をや朽たすべき」
  と、争ひかねたり。右の典侍、
  「雲の上に思ひのぼれる心には
   千尋の底もはるかにぞ見る」

「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、

 「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、在五中将の名をば、え朽たさじ」
  とのたまはせて、宮、
  「みるめこそうらふりぬらめ年経にし
   伊勢をの海人の名をや沈めむ

かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、

 かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、えも言ひやらず。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも、宮のも片端をだにえ見ず、いといたう秘めさせたまふ。

 

・「絵合」について
詳しくは平成18年度春期講座「歌合の心の伝統~『絵合』の巻・解説~」を参照
https://angel-zaidan.org/genji/082/#title-06

大臣参りたまひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、

 大臣参りたまひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、
「同じくは、御前にて、この勝負定めむ」
と、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねて思しければ、中にもことなるは選りとどめたまへるに、かの「須磨」「明石」の二巻は、思すところありて、取り交ぜさせたまへり。
中納言も、その御心劣らず。このころの世には、ただかくおもしろき紙絵をととのふることを、天の下いとなみたり。
「今あらため描かむことは、本意なきことなり。ただありけむ限りをこそ」
とのたまへど、中納言は人にも見せで、わりなき窓を開けて、描かせたまひけるを、院にも、かかること聞かせたまひて、梅壷に御絵どもたてまつらせたまへり。

年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、

 年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、延喜の御手づから事の心書かせたまへるに、またわが御世の事も描かせたまへる巻に、かの斎宮の下りたまひし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、描くべきやう詳しく仰せられて、公茂が仕うまつれるが、いといみじきをたてまつらせたまへり。
艶に透きたる沈の箱に、同じき心葉のさまなど、いと今めかし。御消息はただ言葉にて、院の殿上にさぶらふ左近中将を御使にてあり。かの大極殿の御輿寄せたる所の、神々しきに、
「身こそかくしめの外なれそのかみの
心のうちを忘れしもせず」
とのみあり。聞こえたまはざらむも、いとかたじけなければ、苦しう思しながら、昔の御簪の端をいささか折りて、
「しめのうちは昔にあらぬ心地して
神代のことも今ぞ恋しき」
とて、縹の唐の紙に包みて参らせたまふ。御使の禄など、いとなまめかし。

院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。

 院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。大臣をもつらしと思ひきこえさせたまひけむかし。過ぎにし方の御報いにやありけむ。 

院の御絵は、后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。

 院の御絵は、后の宮

より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。尚侍の君も、かやうの御好ましさは人にすぐれて、をかしきさまにとりなしつつ集めたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第81回 「絵合」より その2
収録日 2006年7月22日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成18年春期講座

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