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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第81回 「絵合」より その2

入道后(きさい)の宮(藤壺)も前斎宮の帝への参内に立ち会う。冷泉帝は絵を好み、梅壺(前斎宮)と近しくなるが、弘徽殿も競い、父権中納言(頭中将)も後押しをする。物語の神髄について、歌合せ、絵合わせなど合わせものについて。

講師:岡野弘彦
講師:岡野弘彦

目次
  1. 中宮も内裏にぞおはしましける。
  2. 弘徽殿には、御覧じつきたれば、睦ましうあはれに心やすく思ほし、
  3. 院には、かの櫛の筥の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。
  4. 「めでたしと、思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにか」と、
  5. 主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。
  6. 「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。
  7. かの旅の御日記の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、
  8. かう絵ども集めらると聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、
  9. 中宮も参らせたまへるころにて、方々、御覧じ捨てがたく思ほすことなれば、
  10. 次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。
  11. 平内侍、「伊勢の海の深き心をたどらずてふりにし跡と波や消つべき
  12. 「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、
  13. かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、
  14. 大臣参りたまひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、
  15. 年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、
  16. 院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。
  17. 院の御絵は、后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。

中宮も内裏にぞおはしましける。

  中宮も内裏にぞおはしましける。主上は、めづらしき人参りたまふと聞こし召しければ、いとうつくしう御心づかひしておはします。ほどよりはいみじうされおとなびたまへり。宮も、
  「かく恥づかしき人参りたまふを、御心づかひして、見えたてまつらせたまへ」
  と聞こえたまひけり。
  人知れず、「大人は恥づかしうやあらむ」と思しけるを、いたう夜更けて参う上りたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかし、と思しけり。

弘徽殿には、御覧じつきたれば、睦ましうあはれに心やすく思ほし、

 弘徽殿には、御覧じつきたれば、睦ましうあはれに心やすく思ほし、これは、人ざまもいたうしめり、恥づかしげに、大臣の御もてなしもやむごとなくよそほしければ、あなづりにくく思されて、御宿直などは等しくしたまへど、うちとけたる御童遊びに、昼など渡らせたまふことは、あなたがちにおはします。
  権中納言は、思ふ心ありて聞こえたまひけるに、かく参りたまひて、御女にきしろふさまにてさぶらひたまふを、方々にやすからず思すべし。

院には、かの櫛の筥の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。

 院には、かの櫛の筥の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。
  そのころ、大臣の参りたまへるに、御物語こまやかなり。ことのついでに、斎宮の下りたまひしこと、先々ものたまひ出づれば、聞こえ出でたまひて、さ思ふ心なむありしなどは、えあらはしたまはず。大臣も、かかる御けしき聞き顔にはあらで、ただ「いかが思したる」とゆかしさに、とかうかの御事をのたまひ出づるに、あはれなる御けしき、あさはかならず見ゆれば、いといとほしく思す。

 

「めでたしと、思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにか」と、

 「めでたしと、思ほししみにける御容貌、いかやうなるをかしさにか」と、ゆかしう思ひきこえたまへど、さらにえ見たてまつりたまはぬを、ねたう思ほす。
  いと重りかにて、夢にもいはけたる御ふるまひなどのあらばこそ、おのづからほの見えたまふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば、見たてまつりたまふままに、いとあらまほしと思ひきこえたまへり。
  かく隙間なくて、二所さぶらひたまへば、兵部卿宮、すがすがともえ思ほし立たず、「帝、おとなびたまひなば、さりとも、え思ほし捨てじ」とぞ、待ち過ぐしたまふ。二所の御おぼえども、とりどりに挑みたまへり。

主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。

 主上は、よろづのことに、すぐれて絵を興あるものに思したり。立てて好ませたまへばにや、二なく描かせたまふ。斎宮の女御、いとをかしう描かせたまふべければ、これに御心移りて、渡らせたまひつつ、描き通はさせたまふ。
  殿上の若き人びとも、このことまねぶをば、御心とどめてをかしきものに思ほしたれば、まして、をかしげなる人の、心ばへあるさまに、まほならず描きすさび、なまめかしう添ひ臥して、とかく筆うちやすらひたまへる御さま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせたまひて、ありしよりけに御思ひまされるを、権中納言、聞きたまひて、あくまでかどかどしく今めきたまへる御心にて、「われ人に劣りなむや」と思しはげみて、すぐれたる上手どもを召し取りて、いみじくいましめて、またなきさまなる絵どもを、二なき紙どもに描き集めさせたまふ。
 「物語絵こそ、心ばへ見えて、見所あるものなれ」
  とて、おもしろく心ばへある限りを選りつつ描かせたまふ。例の月次の絵も、見馴れぬさまに、言の葉を書き続けて、御覧ぜさせたまふ。
  わざとをかしうしたれば、また、こなたにてもこれを御覧ずるに、心やすくも取り出でたまはず、いといたく秘めて、この御方へ持て渡らせたまふを惜しみ、領じたまへば、大臣、聞きたまひて、
  「なほ、権中納言の御心ばへの若々しさこそ、改まりがたかめれ」
  など笑ひたまふ。

 

「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。

 「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。古代の御絵どものはべる、参らせむ」
  と奏したまひて、殿に古きも新しきも、絵ども入りたる御厨子ども開かせたまひて、女君ともろともに、「今めかしきは、それそれ」と、選り調へさせたまふ。
  「長恨歌」「王昭君」などやうなる絵は、おもしろくあはれなれど、「事の忌みあるは、こたみはたてまつらじ」と選り止めたまふ。

かの旅の御日記の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、

 かの旅の御日記の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、女君にも見せたてまつりたまひける。御心深く知らで今見む人だに、すこしもの思ひ知らむ人は、涙惜しむまじくあはれなり。まいて、忘れがたく、その世の夢を思し覚ます折なき御心どもには、取りかへし悲しう思し出でらる。今まで見せたまはざりける恨みをぞ聞こえたまひける。
  「一人ゐて嘆きしよりは海人の住む
   かたをかくてぞ見るべかりける
  おぼつかなさは、慰みなましものを」
  とのたまふ。いとあはれと、思して、
  「憂きめ見しその折よりも今日はまた
   過ぎにしかたにかへる涙か」
  中宮ばかりには、見せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一帖づつ、さすがに浦々のありさまさやかに見えたるを、選りたまふついでにも、かの明石の家居ぞ、まづ、「いかに」と思しやらぬ時の間なき。

かう絵ども集めらると聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、

 かう絵ども集めらると聞きたまひて、権中納言、いと心を尽くして、軸、表紙、紐の飾り、いよいよ調へたまふ。
  弥生の十日のほどなれば、空もうららかにて、人の心ものび、ものおもしろき折なるに、内裏わたりも、節会どものひまなれば、ただかやうのことどもにて、御方々暮らしたまふを、同じくは、御覧じ所もまさりぬべくてたてまつらむの御心つきて、いとわざと集め参らせたまへり。
  こなたかなたと、さまざまに多かり。物語絵は、こまやかになつかしさまさるめるを、梅壷の御方は、いにしへの物語、名高くゆゑある限り、弘徽殿は、そのころ世にめづらしく、をかしき限りを選り描かせたまへれば、うち見る目の今めかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。
  主上の女房なども、よしある限り、「これは、かれは」など定めあへるを、このころのことにすめり。

中宮も参らせたまへるころにて、方々、御覧じ捨てがたく思ほすことなれば、

 中宮も参らせたまへるころにて、方々、御覧じ捨てがたく思ほすことなれば、御行なひも怠りつつ御覧ず。この人びとのとりどりに論ずるを聞こし召して、左右と方分かたせたまふ。
  梅壷の御方には、平典侍、侍従の内侍、少将の命婦。右には、大弐の典侍、中将の命婦、兵衛の命婦を、ただ今は心にくき有職どもにて、心々に争ふ口つきどもを、をかしと聞こし召して、まづ、物語の出で来はじめの祖なる『竹取の翁』に『宇津保の俊蔭』を合はせて争ふ。
  「なよ竹の世々に古りにけること、をかしきふしもなけれど、かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、はるかに思ひのぼれる契り高く、神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」
  と言ふ。右は、
  「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし。この世の契りは竹の中に結びければ、下れる人のこととこそは見ゆめれ。ひとつ家の内は照らしけめど、百敷のかしこき御光には並ばずなりにけり。阿部のおほしが千々の黄金を捨てて、火鼠の思ひ片時に消えたるも、いとあへなし。車持の親王の、まことの蓬莱の深き心も知りながら、いつはりて玉の枝に疵をつけたるをあやまちとなす」。
  絵は、巨勢の相覧、手は、紀貫之書けり。紙屋紙に唐の綺をばいして、赤紫の表紙、紫檀の軸、世の常の装ひなり。
  「俊蔭は、はげしき波風におぼほれ、知らぬ国に放たれしかど、なほ、さして行きける方の心ざしもかなひて、つひに、人の朝廷にもわが国にも、ありがたき才のほどを広め、名を残しける古き心を言ふに、絵のさまも、唐土と日の本とを取り並べて、おもしろきことども、なほ並びなし」
  と言ふ。白き色紙、青き表紙、黄なる玉の軸なり。絵は、常則、手は、道風なれば、今めかしうをかしげに、目もかかやくまで見ゆ。左は、そのことわりなし。

・「竹取物語について」

・完形昔話の条件

・昔話と伝説はどう違うか

・「白米城伝説」

・丹後の国の『風土記』に登場する天女の話

次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。

 次に、『伊勢物語』に『正三位』を合はせて、また定めやらず。これも、右はおもしろくにぎははしく、内裏わたりよりうちはじめ、近き世のありさまを描きたるは、をかしう見所まさる。

平内侍、「伊勢の海の深き心をたどらずてふりにし跡と波や消つべき

 平内侍、
  「伊勢の海の深き心をたどらずて
   ふりにし跡と波や消つべき
  世の常のあだことのひきつくろひ飾れるに圧されて、業平が名をや朽たすべき」
  と、争ひかねたり。右の典侍、
  「雲の上に思ひのぼれる心には
   千尋の底もはるかにぞ見る」

「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、

 「兵衛の大君の心高さは、げに捨てがたけれど、在五中将の名をば、え朽たさじ」
  とのたまはせて、宮、
  「みるめこそうらふりぬらめ年経にし
   伊勢をの海人の名をや沈めむ

かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、

 かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くして、えも言ひやらず。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも、宮のも片端をだにえ見ず、いといたう秘めさせたまふ。

 

・「絵合」について
詳しくは平成18年度春期講座「歌合の心の伝統~『絵合』の巻・解説~」を参照
http://angel-zaidan.org/genji/082/#title-06

大臣参りたまひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、

 大臣参りたまひて、かくとりどりに争ひ騒ぐ心ばへども、をかしく思して、
「同じくは、御前にて、この勝負定めむ」
と、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねて思しければ、中にもことなるは選りとどめたまへるに、かの「須磨」「明石」の二巻は、思すところありて、取り交ぜさせたまへり。
中納言も、その御心劣らず。このころの世には、ただかくおもしろき紙絵をととのふることを、天の下いとなみたり。
「今あらため描かむことは、本意なきことなり。ただありけむ限りをこそ」
とのたまへど、中納言は人にも見せで、わりなき窓を開けて、描かせたまひけるを、院にも、かかること聞かせたまひて、梅壷に御絵どもたてまつらせたまへり。

年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、

 年の内の節会どものおもしろく興あるを、昔の上手どものとりどりに描けるに、延喜の御手づから事の心書かせたまへるに、またわが御世の事も描かせたまへる巻に、かの斎宮の下りたまひし日の大極殿の儀式、御心にしみて思しければ、描くべきやう詳しく仰せられて、公茂が仕うまつれるが、いといみじきをたてまつらせたまへり。
艶に透きたる沈の箱に、同じき心葉のさまなど、いと今めかし。御消息はただ言葉にて、院の殿上にさぶらふ左近中将を御使にてあり。かの大極殿の御輿寄せたる所の、神々しきに、
「身こそかくしめの外なれそのかみの
心のうちを忘れしもせず」
とのみあり。聞こえたまはざらむも、いとかたじけなければ、苦しう思しながら、昔の御簪の端をいささか折りて、
「しめのうちは昔にあらぬ心地して
神代のことも今ぞ恋しき」
とて、縹の唐の紙に包みて参らせたまふ。御使の禄など、いとなまめかし。

院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。

 院の帝御覧ずるに、限りなくあはれと思すにぞ、ありし世を取り返さまほしく思ほしける。大臣をもつらしと思ひきこえさせたまひけむかし。過ぎにし方の御報いにやありけむ。 

院の御絵は、后の宮より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。

 院の御絵は、后の宮

より伝はりて、あの女御の御方にも多く参るべし。尚侍の君も、かやうの御好ましさは人にすぐれて、をかしきさまにとりなしつつ集めたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第81回 「絵合」より その2
収録日 2006年7月22日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成18年春期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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