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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第182回 「御法」より その3

大将の君(夕霧)も退出しないでいる。源氏は寝ても覚めても阿弥陀仏を念じている。今上帝やさまざまな方々が弔問に訪れる。致仕の大臣もたびたび弔問され、冷泉院の后の宮(秋好む中宮)も弔問される。源氏は仏へのお勤めをしている。

大将の君も、御忌に籠もりたまひて、

大将の君も、御忌に籠もりたまひて、あからさまにもまかでたまはず、明け暮れ近くさぶらひて、心苦しくいみじき御けしきを、ことわりに悲しく見たてまつりたまひて、よろづに慰めきこえたまふ。

前回の講義は『源氏物語』の中で非常に大きな山場で、私も引き込まれて、夢中になって訳をつけてしまってましたが、、、訳をしているというより、語り部になって語っているような感じがして終わってしまいました。

風野分だちて吹く夕暮に、

風野分だちて吹く夕暮に、昔のこと思し出でて、「ほのかに見たてまつりしものを」と、恋しくおぼえたまふに、また「限りのほどの夢の心地せし」など、人知れず思ひ続けたまふに、堪へがたく悲しければ、人目にはさしも見えじ、とつつみて、
「阿弥陀仏、阿弥陀仏」
と引きたまふ数珠の数に紛らはしてぞ、涙の玉をばもて消ちたまひける。

「いにしへの秋の夕べの恋しきに

「いにしへの秋の夕べの恋しきに今はと見えし明けぐれの夢」

ぞ、名残さへ憂かりける。やむごとなき僧どもさぶらはせたまひて、定まりたる念仏をばさるものにて、法華経など誦ぜさせたまふ。かたがたいとあはれなり。

臥しても起きても涙の干る世なく、

臥しても起きても涙の干る世なく、霧りふたがりて明かし暮らしたまふ。いにしへより御身のありさま思し続くるに、
「鏡に見ゆる影をはじめて、人には異なりける身ながら、いはけなきほどより、悲しく常なき世を思ひ知るべく、仏などのすすめたまひける身を、心強く過ぐして、つひに来し方行く先も例あらじとおぼゆる悲しさを見つるかな。今は、この世にうしろめたきこと残らずなりぬ。ひたみちに行ひにおもむきなむに、障り所あるまじきを、いとかく収めむ方なき心惑ひにては、願はむ道にも入りがたくや」
と、ややましきを、
「この思ひすこしなのめに、忘れさせたまへ」
と、阿弥陀仏を念じたてまつりたまふ。

所々の御とぶらひ、

所々の御とぶらひ、内裏をはじめたてまつりて、例の作法ばかりにはあらず、いとしげく聞こえたまふ。思しめしたる心のほどには、さらに何ごとも目にも耳にもとまらず、心にかかりたまふこと、あるまじけれど、「人にほけほけしきさまに見えじ。今さらにわが世の末に、かたくなしく心弱き惑ひにて、世の中をなむ背きにける」と、流れとどまらむ名を思しつつむになむ、身を心にまかせぬ嘆きをさへうち添へたまひける。

致仕の大臣、

致仕の大臣、あはれをも折過ぐしたまはぬ御心にて、かく世にたぐひなくものしたまふ人の、はかなく亡せたまひぬることを、口惜しくあはれに思して、いとしばしば問ひきこえたまふ。
「昔、大将の御母亡せたまへりしも、このころのことぞかし」と思し出づるに、いともの悲しく、
「その折、かの御身を惜しみきこえたまひし人の、多くも亡せたまひにけるかな。後れ先だつほどなき世なりけりや」
など、しめやかなる夕暮にながめたまふ。空のけしきもただならねば、御子の蔵人少将してたてまつりたまふ。あはれなることなど、こまやかに聞こえたまひて、端に、

「いにしへの秋さへ今の心地して濡れにし袖に露ぞおきそふ」

御返し、

「露けさは昔今ともおもほえずおほかた秋の夜こそつらけれ」

もののみ悲しき御心のままならば、待ちとりたまひては、心弱くもと、目とどめたまひつべき大臣の御心ざまなれば、めやすきほどにと、
「たびたびのなほざりならぬ御とぶらひの重なりぬること」
と喜びきこえたまふ。

・折口信夫が男の手でないと書けないと思った場面
・『源氏物語』の和歌
 歌の効果、作者の配慮を見ていると、本当に凄い文学だと思う。

「薄墨」とのたまひしよりは、

「薄墨」とのたまひしよりは、今すこしこまやかにてたてまつれり。世の中に幸ひありめでたき人も、あいなうおほかたの世に嫉まれ、よきにつけても、心の限りおごりて、人のため苦しき人もあるを、あやしきまで、すずろなる人にも受けられ、はかなくし出でたまふことも、何ごとにつけても、世にほめられ、心にくく、折ふしにつけつつ、らうらうじく、ありがたかりし人の御心ばへなりかし。
さしもあるまじきおほよその人さへ、そのころは、風の音虫の声につけつつ、涙落とさぬはなし。まして、ほのかにも見たてまつりし人の、思ひ慰むべき世なし。年ごろ睦ましく仕うまつり馴れつる人びと、しばしも残れる命、恨めしきことを嘆きつつ、尼になり、この世のほかの山住みなどに思ひ立つもありけり。

冷泉院の后の宮よりも、

冷泉院の后の宮よりも、あはれなる御消息絶えず、尽きせぬことども聞こえたまひて、

「枯れ果つる野辺を憂しとや亡き人の秋に心をとどめざりけむ

今なむことわり知られはべりぬる」
とありけるを、ものおぼえぬ御心にも、うち返し、置きがたく見たまふ。「いふかひあり、をかしからむ方の慰めには、この宮ばかりこそおはしけれ」と、いささかのもの紛るるやうに思し続くるにも、涙のこぼるるを、袖の暇なく、え書きやりたまはず。

「昇りにし雲居ながらもかへり見よわれ飽きはてぬ常ならぬ世に」

おし包みたまひても、とばかり、うち眺めておはす。

すくよかにも思されず、

すくよかにも思されず、われながら、ことのほかにほれぼれしく思し知らるること多かる、紛らはしに、女方にぞおはします。
仏の御前に人しげからずもてなして、のどやかに行なひたまふ。千年をももろともにと思ししかど、限りある別れぞいと口惜しきわざなりける。今は、蓮の露も異事に紛るまじく、後の世をと、ひたみちに思し立つこと、たゆみなし。されど、人聞きを憚りたまふなむ、あぢきなかりける。
御わざのことども、はかばかしくのたまひおきつることどもなかりければ、大将の君なむ、とりもちて仕うまつりたまひける。今日やとのみ、わが身も心づかひせられたまふ折多かるを、はかなくて、積もりにけるも、夢の心地のみす。中宮なども、思し忘るる時の間なく、恋ひきこえたまふ。

・御法、幻、雲隠
 「神の物語に神の死を語ることはない」
・古事記の中で印象的なのは、黄泉の国に行った伊弉冉の神
 「一つ火」の忌み
・仏教渡来以前の日本人の死生観
・大祓祝詞
 鈴木重胤の解釈
・戦争中に不敬の文学としてタブー視された『源氏物語』
・『源氏物語』の力と深さ
・「源氏物語全講会」の今後

コンテンツ名 源氏物語全講会 第182回 「御法」より その3
収録日 2013年6月15日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成25年春期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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