京都とフィレンツェの対話 第二部 「盃に春の涙を注ぎける」―『新古今』の歌人式子内親王の世界(芳賀徹)
第2部 京都を世界に、世界を京都に
「盃に春の涙を注ぎける」
―『新古今』の歌人式子内親王の世界
芳賀 徹 京都造形大学学長
ああ、ライナー・リルケよ、気の毒に
(再生時間 12分19秒)
「リルケが日本語ができなかったのはまことに気の毒であったと思うわけであります。リルケがもし式子内親王を知っていたならば、和泉式部を知っていたならば、あるいは式子内親王よりも少し後の鎌倉の建礼門院右京大夫を知っていたならば、どんなに心奪われて、難しいけれども、最も美しい日本語の詩や散文をドイツ語に訳したことか。ああ、ライナー・リルケよ、気の毒にというふうにいつも思っております。(中略)平安から鎌倉にかけて日本が生み出した本当に世界に冠絶した女性の詩人たちのことは、まだまだほんのわずかしか世界に知られておりません。これを世界に広めるのが私たちの仕事だろうと思っております。何も日本を世界に知らしめるというような、そういうことではなくて、世界の人をもっと心豊かにするためには、あの平安・鎌倉の日本の女性の詩人たち、作家たちを世界に知らしめることが我々のまず第一に成すべき仕事であろうとさえ思っているわけであります。」
・式子内親王
久寿元年(1154) 頃 ― 建仁元年(1201)正月二十五日
平治元年(1159) 賀茂斎院→嘉応元年(1169)七月
後白河天皇第三皇女。母 藤原季成の女 高倉三位局成子。兄 守覚法親王(仁和寺)、以仁王、姉 亮子内親王(殷富門院)、叔父崇徳天皇、甥安徳天皇。
式子内親王の御歌 1
(再生時間 11分31秒)
(90) 盃に春の涙を注ぎける むかしに似たる旅のまとゐに
(110) この世にはわすれぬ春の面影よおぼろ月夜の花の光に
(3) 色つぼむ梅の木の間の夕月夜春の光を見せそむるかな
(13) はかなくて過ぎにし方を数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける
(360) 花を待つ面影みゆるあけぼのは四方の梢にかをる白雲
(216) 夢のうちもうつろふ花に風ふけばしづ心なき春のうたたね
式子内親王の御歌 2
(再生時間 8分57秒)
(219) 花は散りてその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
(301) ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりの夕暮の空
― 三月のつごもりごろよみ侍りける
(20) けふのみと霞の色も立別(たちわかれ)春は入日の山のはの空
(23) 忘れめやあふひを草に引きむすびかりねの野べの露の明けぼの
― 斎院に侍りける時神だちにて
式子内親王の御歌 3
(再生時間 6分02秒)
(322) 時鳥そのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ
― いつきの音を思ひ出(いで)て
(302) 神山のふもとになれし葵草引きわかれてぞ年は経にける
― 賀茂のいつきおり給ひて後・・・
(27) たたきつる水鶏(くひな)の音も深けにけり月のみ閉とづる苔のとぼそに
(28) 詠れば月はたえ行庭の面(おも)にはつかに残る蛍ばかりぞ
(124) まちまちて夢か現(うつつ)か時鳥ただ一こゑの明ぼのの空
(32) みじか夜のまどの呉竹うちなびきほのかにかよふうたたねの秋
(33) 松蔭の岩間をくぐる水の音に涼しく通ふ日ぐらしの声
(42) 秋はただ夕の雲のけしきこそそのこととなく詠められけれ
(46) 夕霧も心の底にむせびつつ我が身ひとつの秋ぞ更(ふけ)ゆく
(48) をしこめて秋の哀(あはれ)にしづむかな麓の里の夕霧のそこ
(143) ながむれば露のかからぬ袖ぞなき秋のさかりの夕暮の空
(145) 秋の夜の静かにくらき窓の雨打ち歎(なげ)かれてひましらむなり
式子内親王の御歌 4
(再生時間 5分0秒)
(148) 秋の夜の更けゆくままに花の上は月と玉とを磨くなりけり
(151) ながむれば我が心さへはてもなく行方も知らぬ月の影かな
(153) 今はとて影をかくさん夕にも我をばを(お)くれ山の端の月
(247) 萩の上に雁の涙の置く露は凍りにけりな月にむすびて
(253) 秋の色はまがきにうとくなりゆけど手枕なるるねやの月影
(255) 桐の葉もふみわけがたくなりにけり必ず人を待つとなけれど
(314) 窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢
(259) 見るままに冬はきにけり鴨のゐる入江のみぎは薄氷しつ
(316) 風寒み木の葉はれゆく夜な夜なにのこるくまなきねやの月影
(261) 荒れ暮らす冬の空かなかきくもりみぞれよこぎる風きほひつつ
(266) 身にしむは庭火のかげにさえのぼる霜夜の星の明けがたの空
(270) をのづから長らへばなを幾度かおひ(い)を迎へて哀に思はん
式子内親王の御歌 5
(再生時間 9分42秒)
(318) 玉の緒よ絶えなばたえねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
(319) 忘れてはうちなげかるる夕かな我のみしりて過ぐる月日を
(83) 恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしといひしにあらず君も聞くらん
(84) つらしともあはれともまづ忘られぬ月日いくたびめぐりきぬらん
(85) 恋ひ恋ひてそなたに靡く煙あらばいひし契の果とながめよ
(274) 我が恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕
(298) 我が袖はかりにもひめや紅のあさは(浅羽)の野らにかかる夕露
(173) 思ふより見しより胸に焚く恋のけふうちつけに燃ゆるとやしる
(185) 只今の夕の雲を君も見ておなじ時雨や袖にかからむ
(340) 影なれて宿る月かな人しれず夜な夜なさわぐ袖のみなとに
(341) 人しれず物思ふ袖にくらべばや満ちくる潮の波の下草
(94) 日に千たび心は谷に投げ果てて有にもあらず過る我が身は
(97) 見しことも見ぬ行末もかきりそめの枕に浮ぶまぼろしの中
(98) 浮雲を風にまかする大空の行方も知らぬ果てぞ悲しき
(99) 始なき夢を夢とも知らずして此終(おはり)にや覚(さめ)はてぬべき
(192) 川舟のうきて過行波の上にあづまのことぞ知られ馴れぬる
(195) 憂きことは巌(いはほ)の中も聞ゆなりいかなる道もありがたの世や
(197) あはれあはれ思へば悲しつゐ(ひ)の果忍ぶべき人誰となき身を
(291) 暁のゆふつげ鳥ぞあはれなる長きねぶりを思ふ枕に
(293) 身のうさを思ひくだけばしのつめの霧間にむせぶ鴫(しぎ)の羽(はね)がき
(327) しづかなる暁ごとに見渡せばまだ深き夜の夢ぞかなしき
ふくるまでながむればこそかなしけれ思ひも入れじ山の端の月
立原道造『優しき歌に』より
(再生時間 3分41秒)
鳥啼くときに
式子内親王《ほととぎすそのかみやまの》によるNachdichtung
ある日 小鳥をきいたとき
私の胸は ときめいた
耳をひたした沈黙(しじま)のなかに
なんと優しい 笑ひ声だ!
にほいのままの 花のいろ
飛び行く雲の ながれかた
指さし 目で追ひ――心なく
草のあひだに 憩(やす)んでゐた
思ひきりうつとりとして 羽虫の
うなりに耳傾けた 小さい弓を描いて
その歌もやつぱりあの空に消えて行く
消えて行く 雲 消えて行く おそれ
若さの扉は ひらひてゐた 青い青い
空のいろ 日にかがやいた!
コンテンツ名 | ダンテフォーラム in 京都「芸術文化都市の戦略―フィレンツェの魅力・京都の魅力」/ダンテフォーラム in 京都「文学と芸術の対話」 |
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収録日 | 2005年7月24日 |
講師 | 芳賀徹 |
簡易プロフィール | 講師:芳賀徹(京都造形大学学長) 肩書などはコンテンツ収録時のものです |
会場:京都造形芸術大学・春秋座 |
連載
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 はじめに
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 「文学と美術」の比較文化論(高階秀爾)
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 影の美と愛の言葉(今道友信)
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 神話から物語へ貫いて流れているもの―古代母権社会の面影をたどって(岡野弘彦)
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 上野の森で考えたこと―文学と芸術のルネサンスへ(樺山紘一)
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 「盃に春の涙を注ぎける」―『新古今』の歌人式子内親王の世界(芳賀徹)
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 シンポジウム 「楽しみ価値」追及モデル・京都を世界に
- 京都とフィレンツェの対話 第二部 『神曲』と『源氏物語』への目覚め(須賀由紀子)
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