源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第45回 「末摘花」より その1

冒頭に民族のこころの有様やなにかを虐げざるをえぬ人間の生き方を問う学問としての国学にふれる。大輔の命婦が源氏と親王との間を取り次ぐ。末摘花の七弦の琴の琴の音を聞いていた後、頭の中将に見つかってしまう。

源氏全講会について

春期講義のはじめに

 

 「やがて、特に日本が戦争に負けてしまった後、折口先生が『源氏物語』を踏まえて言う話の中に、『源氏物語』は日本人の理想の「いろごのみ」の道徳を物語の中で具体的に語っているものなんだという論を情熱的に展開するわけであります。これは本居宣長の「源氏物語もののあはれ」論をもう一つ押し進めた考え方と言ってもいいんです。」

・源氏全講会の意義
・三矢重松先生と折口信夫先生のこと
・折口先生の言葉 ―国学は「気概の学」、「憂民の学」―
・日本の文学は伝統的に詩を核にしてきた

価なき珠をいだきて知らざりしたとひおぼゆる日の本の人 (三矢重松)

源氏物語を読む意味

現代において源氏物語を読みなおす意味

 

「日本人の伝統的な心のルーツをたどっていくということが、現代の我々にとって、現代を、あるいは現代だけではない未来を我々がどう生きようとするのか、我々の子孫にどう生きるべき未来を与えるのか、教えるのかというふうなことを考えるときに非常に大事な問題であろうと思います。」

思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に後れし心地を

 

 思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に後れし心地を、年月経れど、思し忘れず、ここもかしこも、うちとけぬ限りの、気色ばみ心深きかたの御いどましさに、け近くうちとけたりしあはれに、似るものなう恋しく思ほえたまふ。

いかで、ことことしきおぼえはなく、いとらうたげならむ人の、

 

 いかで、ことことしきおぼえはなく、いとらうたげならむ人の、つつましきことなからむ、見つけてしがなと、こりずまに思しわたれば、すこしゆゑづきて聞こゆるわたりは、御耳とどめたまはぬ隈なきに、さてもやと、思し寄るばかりのけはひあるあたりにこそ、一行をもほのめかしたまふめるに、なびききこえずもて離れたるは、をさをさあるまじきぞ、いと目馴れたるや。
 つれなう心強きは、たとしえなう情けおくるるまめやかさなど、あまりもののほど知らぬやうに、さてしも過ぐしはてず、名残なくくづほれて、なほなほしき方に定まりなどするもあれば、のたまひさしつるも多かりける。

かの空蝉を、ものの折々には、ねたう思し出づ。

 

 かの空蝉を、ものの折々には、ねたう思し出づ。荻の葉も、さりぬべき風のたよりある時は、おどろかしたまふ折もあるべし。火影の乱れたりしさまは、またさやうにても見まほしく思す。おほかた、名残なきもの忘れをぞ、えしたまはざりける。

左衛門の乳母とて、大弐のさしつぎに思いたるが女、

 

 左衛門の乳母とて、大弐のさしつぎに思いたるが女、大輔の命婦とて、内裏にさぶらふ、わかむどほりの兵部大輔なる女なりけり。いといたう色好める若人にてありけるを、君も召し使ひなどしたまふ。母は筑前守の妻にて、下りにければ、父君のもとを里にて行き通ふ。

故常陸親王の、末にまうけていみじうかなしうかしづきたまひし御女、

 

 故常陸親王の、末にまうけていみじうかなしうかしづきたまひし御女、心細くて残りゐたるを、もののついでに語りきこえければ、あはれのことやとて、御心とどめて問ひ聞きたまふ。
 「心ばへ容貌など、深き方はえ知りはべらず。かいひそめ、人疎うもてなしたまへば、さべき宵など、物越しにてぞ、語らひはべる。琴をぞなつかしき語らひ人と思へる」と聞こゆれば、
 「三つの友にて、今一種やうたてあらむ」とて、「我に聞かせよ。父親王の、さやうの方にいとよしづきてものしたまうければ、おしなべての手にはあらじ、となむ思ふ」とのたまへば、
 「さやうに聞こし召すばかりにはあらずやはべらむ」
 と言へど、御心とまるばかり聞こえなすを、
 「いたうけしきばましや。このころのおぼろ月夜に忍びてものせむ。まかでよ」
 とのたまへば、わづらはしと思へど、内裏わたりものどやかなる春のつれづれにまかでぬ。
 父の大輔の君は他にぞ住みける。ここには時々ぞ通ひける。命婦は、継母のあたりは住みもつかず、姫君の御あたりをむつびて、ここには来るなりけり。

のたまひしもしるく、十六夜の月をかしきほどにおはしたり。

 

 のたまひしもしるく、十六夜の月をかしきほどにおはしたり。
 「いと、かたはらいたきわざかな。ものの音澄むべき夜のさまにもはべらざめるに」と聞こゆれど、
 「なほ、あなたにわたりて、ただ一声も、もよほしきこえよ。むなしくて帰らむが、ねたかるべきを」
 とのたまへば、うちとけたる住み処に据ゑたてまつりて、うしろめたうかたじけなしと思へど、寝殿に参りたれば、まだ格子もさながら、梅の香をかしきを見出だしてものしたまふ。よき折かな、と思ひて、
 「御琴の音、いかにまさりはべらむと、思ひたまへらるる夜のけしきに、誘はれはべりてなむ。心あわたたしき出で入りに、えうけたまはらぬこそ口惜しけれ」と言へば、
 「聞き知る人こそあなれ。百敷に行き交ふ人の聞くばかりやは」
 とて、召し寄するも、あいなう、いかが聞きたまはむと、胸つぶる。

ほのかに掻き鳴らしたまふ、をかしう聞こゆ。

 

 ほのかに掻き鳴らしたまふ、をかしう聞こゆ。何ばかり深き手ならねど、ものの音がらの筋ことなるものなれば、聞きにくくも思されず。
 「いといたう荒れわたりて寂しき所に、さばかりの人の、古めかしう、ところせく、かしづき据ゑたりけむ名残なく、いかに思ほし残すことなからむ。かやうの所にこそは、昔物語にもあはれなることどもありけれ」など思ひ続けても、ものや言ひ寄らまし、と思せど、うちつけにや思さむと、心恥づかしくて、やすらひたまふ。

命婦、かどある者にて、いたう耳ならさせたてまつらじ、と思ひければ、

 

 命婦、かどある者にて、いたう耳ならさせたてまつらじ、と思ひければ、
 「曇りがちにはべるめり。客人の来むとはべりつる、いとひ顔にもこそ。いま心のどかにを。御格子参りなむ」
 とて、いたうもそそのかさで帰りたれば、
 「なかなかなるほどにても止みぬるかな。もの聞き分くほどにもあらで、ねたう」
 とのたまふけしき、をかしと思したり。
 「同じくは、け近きほどの立ち聞きせさせよ」
 とのたまへど、「心にくくて」と思へば、
 「いでや、いとかすかなるありさまに思ひ消えて、心苦しげにものしたまふめるを、うしろめたきさまにや」
 と言へば、「げに、さもあること。にはかに我も人もうちとけて語らふべき人の際は、際とこそあれ」など、あはれに思さるる人の御ほどなれば、
 「なほ、さやうのけしきをほのめかせ」と、語らひたまふ。

また契りたまへる方やあらむ、いと忍びて帰りたまふ。

 

 また契りたまへる方やあらむ、いと忍びて帰りたまふ。
 「主上の、まめにおはしますと、もてなやみきこえさせたまふこそ、をかしう思うたまへらるる折々はべれ。かやうの御やつれ姿を、いかでかは御覧じつけむ」
 と聞こゆれば、たち返り、うち笑ひて、
 「異人の言はむやうに、咎なあらはされそ。これをあだあだしきふるまひと言はば、女のありさま苦しからむ」
 とのたまへば、「あまり色めいたりと思して、折々かうのたまふを、恥づかし」と思ひて、ものも言はず。

寝殿の方に、人のけはひ聞くやうもやと思して、

 

 寝殿の方に、人のけはひ聞くやうもやと思して、やをら立ち退きたまふ。透垣のただすこし折れ残りたる隠れの方に、立ち寄りたまふに、もとより立てる男ありけり。「誰れならむ。心かけたる好き者ありけり」と思して、蔭につきて立ち隠れたまへば、頭中将なりけり。
 この夕つ方、内裏よりもろともにまかでたまひける、やがて大殿にも寄らず、二条院にもあらで、引き別れたまひけるを、いづちならむと、ただならで、我も行く方あれど、後につきてうかがひけり。あやしき馬に、狩衣姿のないがしろにて来ければ、え知りたまはぬに、さすがに、かう異方に入りたまひぬれば、心も得ず思ひけるほどに、ものの音に聞きついて立てるに、帰りや出でたまふと、下待つなりけり。

君は、誰ともえ見分きたまはで、我と知られじと、

 

 君は、誰ともえ見分きたまはで、我と知られじと、抜き足に歩みたまふに、ふと寄りて、
 「ふり捨てさせたまへるつらさに、御送り仕うまつりつるは。
  もろともに大内山は出でつれど
  入る方見せぬいさよひの月」
 と恨むるもねたけれど、この君と見たまふ、すこしをかしうなりぬ。
 「人の思ひよらぬことよ」と憎む憎む、
 「里わかぬかげをば見れどゆく月の
  いるさの山を誰れか尋ぬる」
 「かう慕ひありかば、いかにせさせたまはむ」と聞こえたまふ。
 「まことは、かやうの御歩きには、随身からこそはかばかしきこともあるべけれ。後らさせたまはでこそあらめ。やつれたる御歩きは、軽々しき事も出で来なむ」
 と、おし返しいさめたてまつる。かうのみ見つけらるるを、ねたしと思せど、かの撫子はえ尋ね知らぬを、重き功に、御心のうちに思し出づ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第45回 「末摘花」より その1
収録日 2004年4月10日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成16年春期講座

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