源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第46回 「末摘花」より その2

源氏と中将とは笛を吹き合わせて大殿へ参る。源氏は中将と競って末摘花に逢おうとし、とげてしまう。しかし末摘花は源氏に対して、とても物おじしており、源氏は気がのらない。

講師:岡野弘彦
講師:岡野弘彦

目次

おのおの契れる方にも、あまえて、え行き別れたまはず、

 おのおの契れる方にも、あまえて、え行き別れたまはず、一つ車に乗りて、月のをかしきほどに雲隠れたる道のほど、笛吹き合せて大殿におはしぬ。
 前駆なども追はせたまはず、忍び入りて、人見ぬ廊に御直衣ども召して、着替へたまふ。つれなう、今来るやうにて、御笛ども吹きすさびておはすれば、大臣、例の聞き過ぐしたまはで、高麗笛取り出でたまへり。いと上手におはすれば、いとおもしろう吹きたまふ。御琴召して、内にも、この方に心得たる人びとに弾かせたまふ。

中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、

 中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、ただこのたまさかなる御けしきのなつかしきをば、え背ききこえぬに、おのづから隠れなくて、大宮などもよろしからず思しなりたれば、もの思はしく、はしたなき心地して、すさまじげに寄り臥したり。絶えて見たてまつらぬ所に、かけ離れなむも、さすがに心細く思ひ乱れたり。

君たちは、ありつる琴の音を思し出でて、

 君たちは、ありつる琴の音を思し出でて、あはれげなりつる住まひのさまなども、やう変へてをかしう思ひつづけ、「あらましごとに、いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ねゐたらむ時、見そめて、いみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりや、わが心もさま悪しからむ」などさへ、中将は思ひけり。この君のかう気色ばみありきたまふを、「まさに、さては、過ぐしたまひてむや」と、なまねたう危ふがりけり。

その後、こなたかなたより、文などやりたまふべし。

 その後、こなたかなたより、文などやりたまふべし。いづれも返り事見えず、おぼつかなく心やましきに、「あまりうたてもあるかな。さやうなる住まひする人は、もの思ひ知りたるけしき、はかなき木草、空のけしきにつけても、とりなしなどして、心ばせ推し測らるる折々あらむこそあはれなるべけれ、重しとても、いとかうあまり埋もれたらむは、心づきなく、悪びたり」と、中将は、まいて心焦られしけり。例の、隔てきこえたまはぬ心にて、
 「しかしかの返り事は見たまふや。試みにかすめたりしこそ、はしたなくて止みにしか」
 と、憂ふれば、「さればよ、言ひ寄りにけるをや」と、ほほ笑まれて、
 「いさ、見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」
 と、答へたまふを、「人わきしける」と思ふに、いとねたし。

君は、深うしも思はぬことの、かう情けなきを、

 君は、深うしも思はぬことの、かう情けなきを、すさまじく思ひなりたまひにしかど、かうこの中将の言ひありきけるを、「言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし。したり顔にて、もとのことを思ひ放ちたらむけしきこそ、憂はしかるべけれ」と思して、命婦をまめやかに語らひたまふ。
 「おぼつかなく、もて離れたる御けしきなむ、いと心憂き。好き好きしき方に疑ひ寄せたまふにこそあらめ。さりとも、短き心ばへつかはぬものを。

人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、

 人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、おのづからわがあやまちにもなりぬべき。心のどかにて、親はらからのもてあつかひ恨むるもなう、心やすからむ人は、なかなかなむらうたかるべきを」とのたまへば、
 「いでや、さやうにをかしき方の御笠宿りには、えしもやと、つきなげにこそ見えはべれ。ひとへにものづつみし、ひき入りたる方はしも、ありがたうものしたまふ人になむ」
 と、見るありさま語りきこゆ。「らうらうじう、かどめきたる心はなきなめり。いと子めかしうおほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」と思し忘れず、のたまふ。

瘧病みにわづらひたまひ、人知れぬもの思ひの紛れも、

 瘧病みにわづらひたまひ、人知れぬもの思ひの紛れも、御心のいとまなきやうにて、春夏過ぎぬ。

 秋のころほひ、静かに思しつづけて、かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ、恋しう思し出でらるるままに、常陸宮にはしばしば聞こえたまへど、なほおぼつかなうのみあれば、世づかず、心やましう、負けては止まじの御心さへ添ひて、命婦を責めたまふ。
 「いかなるやうぞ。いとかかる事こそ、まだ知らね」
 と、いとものしと思ひてのたまへば、いとほしと思ひて、
 「もて離れて、似げなき御事とも、おもむけはべらず。ただ、おほかたの御ものづつみのわりなきに、手をえさし出でたまはぬとなむ見たまふる」と聞こゆれば、
 「それこそは世づかぬ事なれ。物思ひ知るまじきほど、独り身をえ心にまかせぬほどこそ、ことわりなれ、何事も思ひしづまりたまへらむ、と思ふこそ。そこはかとなく、つれづれに心細うのみおぼゆるを、同じ心に答へたまはむは、願ひかなふ心地なむすべき。何やかやと、世づける筋ならで、その荒れたる簀子にたたずままほしきなり。いとうたうて心得ぬ心地するを、かの御許しなくとも、たばかれかし。心苛られし、うたてあるもてなしには、よもあらじ」
 など、語らひたまふ。

なほ世にある人のありさまを、おほかたなるやうにて聞き集め、

 なほ世にある人のありさまを、おほかたなるやうにて聞き集め、耳とどめたまふ癖のつきたまへるを、さうざうしき宵居など、はかなきついでに、さる人こそとばかり聞こえ出でたりしに、かくわざとがましうのたまひわたれば、「なまわづらはしく、女君の御ありさまも、世づかはしく、よしめきなどもあらぬを、なかなかなる導きに、いとほしき事や見えむなむ」と思ひけれど、君のかうまめやかにのたまふに、「聞き入れざらむも、ひがひがしかるべし。父親王おはしける折にだに、旧りにたるあたりとて、おとなひきこゆる人もなかりけるを、まして、今は浅茅分くる人も跡絶えたるに」。
 かく世にめづらしき御けはひの、漏りにほひくるをば、なま女ばらなども笑み曲げて、「なほ聞こえたまへ」と、そそのかしたてまつれど、あさましうものづつみしたまふ心にて、ひたぶるに見も入れたまはぬなりけり。

命婦は、「さらば、さりぬべからむ折に、物越しに聞こえたまはむほど、

 命婦は、「さらば、さりぬべからむ折に、物越しに聞こえたまはむほど、御心につかずは、さても止みかねし。また、さるべきにて、仮にもおはし通はむを、とがめたまふべき人なし」など、あだめきたるはやり心はうち思ひて、父君にも、かかる事なども言はざりけり。

休憩 ―甘酒の話―

・折口先生と甘酒の思い出
・大学紛争の頃の甘酒の思い出

八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、

 八月二十余日、宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、星の光ばかりさやけく、松の梢吹く風の音心細くて、いにしへの事語り出でて、うち泣きなどしたまふ。「いとよき折かな」と思ひて、御消息や聞こえつらむ、例のいと忍びておはしたり。

月やうやう出でて、荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、

 月やうやう出でて、荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、琴そそのかされて、ほのかにかき鳴らしたまふほど、けしうはあらず。「すこし、け近う今めきたる気をつけばや」とぞ、乱れたる心には、心もとなく思ひゐたる。人目しなき所なれば、心やすく入りたまふ。命婦を呼ばせたまふ。今しもおどろき顔に、
 「いとかたはらいたきわざかな。しかしかこそ、おはしましたなれ。常に、かう恨みきこえたまふを、心にかなはぬ由をのみ、いなびきこえはべれば、『みづからことわりも聞こえ知らせむ』と、のたまひわたるなり。いかが聞こえ返さむ。なみなみのたはやすき御ふるまひならねば、心苦しきを。物越しにて、聞こえたまはむこと、聞こしめせ」
 と言へば、いと恥づかしと思ひて、
 「人にもの聞こえむやうも知らぬを」
 とて、奥ざまへゐざり入りたまふさま、いとうひうひしげなり。

うち笑ひて、「いと若々しうおはしますこそ、心苦しけれ。

 うち笑ひて、
 「いと若々しうおはしますこそ、心苦しけれ。限りなき人も、親などおはしてあつかひ後見きこえたまふほどこそ、若びたまふもことわりなれ、かばかり心細き御ありさまに、なほ世を尽きせず思し憚るは、つきなうこそ」と教へきこゆ。
 さすがに、人の言ふことは強うもいなびぬ御心にて、
 「答へきこえで、ただ聞け、とあらば。格子など鎖してはありなむ」とのたまふ。
 「簀子などは便なうはべりなむ。おしたちて、あはあはしき御心などは、よも」
 など、いとよく言ひなして、二間の際なる障子、手づからいと強く鎖して、御茵うち置きひきつくろふ。

いとつつましげに思したれど、かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども、

 いとつつましげに思したれど、かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども、夢に知りたまはざりければ、命婦のかう言ふを、あるやうこそはと思ひてものしたまふ。乳母だつ老い人などは、曹司に入り臥して、夕まどひしたるほどなり。若き人、二、三人あるは、世にめでられたまふ御ありさまを、ゆかしきものに思ひきこえて、心げさうしあへり。よろしき御衣たてまつり変へ、つくろひきこゆれば、正身は、何の心げさうもなくておはす。
 男は、いと尽きせぬ御さまを、うち忍び用意したまへる御けはひ、いみじうなまめきて、「見知らむ人にこそ見せめ、栄えあるまじきわたりを、あな、いとほし」と、命婦は思へど、ただおほどかにものしたまふをぞ、「うしろやすう、さし過ぎたることは見えたてまつりたまはじ」と思ひける。「わが常に責められたてまつる罪さりごとに、心苦しき人の御もの思ひや出でこむ」など、やすからず思ひゐたり。

君は、人の御ほどを思せば、「されくつがへる今様のよしばみよりは、

 君は、人の御ほどを思せば、「されくつがへる今様のよしばみよりは、こよなう奥ゆかしう」と思さるるに、いたうそそのかされて、ゐざり寄りたまへるけはひ、忍びやかに、衣被の香いとなつかしう薫り出でて、おほどかなるを、「さればよ」と思す。年ごろ思ひわたるさまなど、いとよくのたまひつづくれど、まして近き御答へは絶えてなし。「わりなのわざや」と、うち嘆きたまふ。

「いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに

 「いくそたび君がしじまにまけぬらむ
  ものな言ひそと言はぬ頼みに
 のたまひも捨ててよかし。玉だすき苦し」
 とのたまふ。

女君の御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人、

 女君の御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人、「いと心もとなう、かたはらいたし」と思ひて、さし寄りて、聞こゆ。
 「鐘つきてとぢめむことはさすがにて
  答へまうきぞかつはあやなき」
 いと若びたる声の、ことに重りかならぬを、人伝てにはあらぬやうに聞こえなせば、「ほどよりはあまえて」と聞きたまへど、
 「めづらしきが、なかなか口ふたがるわざかな
  言はぬをも言ふにまさると知りながら
  おしこめたるは苦しかりけり」
 何やかやと、はかなきことなれど、をかしきさまにも、まめやかにものたまへど、何のかひなし。

「いとかかるも、さまかはり、思ふ方ことにものしたまふ人にや」と、

 「いとかかるも、さまかはり、思ふ方ことにものしたまふ人にや」と、ねたくて、やをら押し開けて入りたまひにけり。
 命婦、「あな、うたて。たゆめたまへる」と、いとほしければ、知らず顔にて、わが方へ往にけり。この若人ども、はた、世にたぐひなき御ありさまの音聞きに、罪ゆるしきこえて、おどろおどろしうも嘆かれず、ただ、思ひもよらずにはかにて、さる御心もなきをぞ、思ひける。
 正身は、ただ我にもあらず、恥づかしくつつましきよりほかのことまたなければ、「今はかかるぞあはれなるかし、まだ世馴れぬ人、うちかしづかれたる」と、見ゆるしたまふものから、心得ず、なまいとほしとおぼゆる御さまなり。何ごとにつけてかは御心のとまらむ、うちうめかれて、夜深う出でたまひぬ。
 命婦は、「いかならむ」と、目覚めて、聞き臥せりけれど、「知り顔ならじ」とて、「御送りに」とも、声づくらず。君も、やをら忍びて出でたまひにけり。

二条院におはして、うち臥したまひても、「なほ思ふにかなひがたき世にこそ」と、

 二条院におはして、うち臥したまひても、「なほ思ふにかなひがたき世にこそ」と、思しつづけて、軽らかならぬ人の御ほどを、心苦しとぞ思しける。思ひ乱れておはするに、頭中将おはして、
 「こよなき御朝寝かな。ゆゑあらむかしとこそ、思ひたまへらるれ」
 と言へば、起き上がりたまひて、
 「心やすき独り寝の床にて、ゆるびにけりや。内裏よりか」
 とのたまへば、
 「しか。まかではべるままなり。朱雀院の行幸、今日なむ、楽人、舞人定めらるべきよし、昨夜うけたまはりしを、大臣にも伝へ申さむとてなむ、まかではべる。やがて帰り参りぬべうはべり」
 と、いそがしげなれば、
 「さらば、もろともに」
 とて、御粥、強飯召して、客人にも参りたまひて、引き続けたれど、一つにたてまつりて、
 「なほ、いとねぶたげなり」
 と、とがめ出でつつ、
 「隠いたまふこと多かり」
 とぞ、恨みきこえたまふ。
 事ども多く定めらるる日にて、内裏にさぶらひ暮らしたまひつ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第46回 「末摘花」より その2
収録日 2004年5月22日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

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