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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第43回 「若紫」より その10

その後3日通う通例と異なるので女房は困惑し更に源氏が二条へ若紫を連れ出してしまう。「もどき生ひなむ」の「もどく」という言葉の解釈を折口信夫の説から「祭り」の持つエネルギーの事などの話。

かしこには、今日しも宮わたり給へり。

 かしこには、今日しも宮わたり給へり。年頃(としごろ)よりもこよなう荒れまさり広うものふりたる所の、いとゞ人少なにさびしければ、見わたし給いて、(父宮)「かゝる所には、いかでかしばしも幼き人の過ぐし給はむ。なほかしこに渡し奉りてむ。なにの所狭(せ)き程にもあらず。乳母は曹司などして侍ひなむ。君は、若き人々などあれば、もろともに遊びて、いとようものし給ひなむ」など宣ふ。
 近う呼び寄せ奉り給へるに、かの御移り香の、いみじう艶にしみかへり給へれば、(父宮)「をかしの御匂ひや。御衣(ぞ)はいとなえて」と心苦しげに思(おぼ)いたり。「年頃も、あつしくさだすぎ給へる人に、添ひ給へるよ。かしこにわたりて、見ならし給へ、などものせしを、あやしう疎み給ひて、人も心おくめりしを、かゝる折りにしもものし給はむも、心苦しう」など宣へば、(少納言)「何かは。心細くとも、しばしはかくておはしましなむ。少し物の心思し知りなむに、わたらせ給はむこそ、よくは侍るべけれ」と聞ゆ。

(少納言)「夜昼恋ひ聞え給ふに、はかなき物もきこしめさず」とて、

 (少納言)「夜昼恋ひ聞え給ふに、はかなき物もきこしめさず」とて、げにいといたう面(おも)やせ給へれど、いとあてにうつくしく、なかなか見え給ふ。(父宮)「何か。さしも思す。今は世になき人の御事はかひなし。おのれあれば」など語らひ聞え給ひて、募るれば帰らせ給ふを、いと心細しと思(おぼ)いて泣い給へば、宮もうち泣き給ひて、「いとかう思ひな入り給ひそ。今日明日わたし奉らむ」など、かへすがへす、こしらへおきて、出で給ひぬ。名残(なごり)も慰めがたう泣き居給へり。

行く先の身のあらむことなどまでも、思し知らず、

 行く先の身のあらむことなどまでも、思し知らず、たゞ年頃たち離るゝ折りなうまつはしならひて、今は、なき人となり給ひにける、と思すがいみじきに、幼き御こゝちなれど、胸つとふたがりて、例のやうにも遊び給はず。昼は、さても紛らはし給ふを、夕暮となれば、いみじく屈(く)し給へば、かくてはいかでか過ぐし給はむ、と慰めわびて、乳母も泣きあへり。

君の御許(もと)よりは、惟光を奉れ給へり。

 君の御許(もと)よりは、惟光を奉れ給へり。「まゐり来べきを、内より召しあればなむ。心苦しう見奉りしも、静心(しづごゞろ)なく」とて、宿直(とのゐ)人奉れ給へり。(女房)「あぢきなうもあるかな。たはぶれにても、もののはじめに此の御事よ。宮聞し召しつけば、侍(さぶら)ふ人々のおろかなるにぞさいなまむ。あなかしこ。物のついでに、いはけなくうち出で聞えさせ給ふな」など云ふも、それをば何とも思したらぬぞあさましきや。
 少納言は、惟光にあはれなる物語りどもして、(少納言)「あり経(へ)て後や、さるべき御宿世のがれ聞え給はぬやうもあらむ。只今は、かけてもいと似げなき御事と見奉るを、あやしう思し宣はするも、いかなる御心にか、思ひよる方なう乱れ侍る。今日も宮わたらせ給ひて、『うしろやすく仕うまつれ。心幼くもてなし聞ゆな』と宣はせつるも、いとわづらはしう、たゞなるよりは、かゝる御すき事も、思ひ出でられ侍りつる」など云ひて、この人も事あり顔にや思はむ、など、あいなければ、いたう嘆かしげにも言ひなさず。大夫も、いかなる事にかあらむ、と心得がたう思ふ。

参りて有様など聞えければ、あはれに思しやらるれど、

 参りて有様など聞えければ、あはれに思しやらるれど、さて通ひ給はむも、さすがにすゞろなるこゝちして、かるがるしうもてひがめたると、人もや漏り聞かむ、などつゝましければ、たゞ迎へてむとおぼす。
御文はたびたび奉れ給ふ。暮るれば例の大夫をぞ奉れ給ふ。「さはる事どものありて、え参り来ぬを、おろかにや」などあり。(少納言)「宮より明日(あす)俄(には)かに御迎へにと宣はせたりつれば、心あわたゞしくてなむ。年頃の蓬生(よもぎふ)をかれなむも、さすがに心細う、侍ふ人々も思い乱れて」と、言(こと)少なに言ひて、をさをさあへしらはず。物縫(ぬ)ひいとなむけはひなどしるければ、参りぬ。

君は大殿におはしけるに、例の女君とみにも対面し給はず。

 君は大殿におはしけるに、例の女君とみにも対面し給はず。物むつかしくおぼえ給ひて、あづまをすががきて、「常陸には田をこそ作れ」といふ歌を、声はいとなまめきて、すさび居給へり。参りたれば、召し寄せてありさま問ひ給ふ。しかじかなむ、と聞ゆれば、

口惜(くちを)しう思して、「かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、

 口惜(くちを)しう思して、「かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、すきずきしかるべし。幼き人を盗み出でたりと、もどき生ひなむ。その先に、しばし人にも口固めて、渡してむ」とおぼして、(源氏)「暁かしこにものせむ。車の装束さながら、随身一人二人仰せおきたれ」と宣ふ。承りて立ちぬ。

君、「いかにせまし。聞えありて、すきがましきやうなるべき事。

 君、「いかにせまし。聞えありて、すきがましきやうなるべき事。人の程だに物を思ひ知り、女の心かはしける事とおしはかられぬべくは、世の常なり。父宮の尋ね出で給へらむも、はしたなうすゞろなるべきを」と思し乱るれど、さてはづしてむは、いと口惜しかるべければ、まだ夜深う出で給ふ。女君、例のしぶしぶに、心もとけずものし給ふ。(源氏)「かしこにいとせちに見るべき事の侍るを、思ひ給へ出でてなむ。立ちかへり参り来なむ」とて出で給へば、侍ふ人々も知らざりけり。わが御方にて、御直衣などは奉る。惟光ばかりを馬に乗せて、おはしぬ。

門(かど)うち叩(たゝ)かせ給へば、心も知らぬ者のあけたるに、

 門(かど)うち叩(たゝ)かせ給へば、心も知らぬ者のあけたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫妻戸を鳴らしてしはぶけば、少納言聞き知りて出で来たり。(惟光)「こゝにおはします」と云えば、(少納言)「幼き人は大殿籠(おほとのごも)りてなむ。などかいと夜深うは出でさせ給へる」と、もののたよりと思ひて言ふ。(源氏)「宮へわたらせ給ふべかなるを、その先に、聞えおかむとてなむ」と宣へば、(少納言)「何事にか侍らむ。いかにはかばかしき御いらへ聞えさせ給はむ」とて、うち笑ひてゐたり。 

君入り給へば、いとかたはらいたく、

 君入り給へば、いとかたはらいたく、(少納言)「うちとけてあやしきふる人どもの侍るに」と聞えさす。(源氏)「まだおどろい給はじな。いで御目さまし聞えむ。かゝる朝霧を知らでは寝(ぬ)るものか」とて入り給へば、「や」ともえ聞えず。

君はなに心もなく寝給へるを、いだきおどろかし給ふに、おどろきて、

 君はなに心もなく寝給へるを、いだきおどろかし給ふに、おどろきて、「宮の御迎へにおはしたる」と、寝おびれて思したり。御髪(ぐし)掻きつくろひなどし給ひて、(源氏)「いざ給へ。宮の御使ひにて参り来つるぞ」と宣ふに、あらざりけりとあきれて、恐ろしと思ひたれば、(源氏)「あな心憂。まろも同じ人ぞ」とて、かき抱(いだ)きて出で給へば、大夫少納言など、「こはいかに」と聞ゆ。

(源氏)「こゝには常にもえ参らぬが、おぼつかなければ、

 (源氏)「こゝには常にもえ参らぬが、おぼつかなければ、心安き所にと聞えしを、心憂くわたり給ふべかなれば、まして聞えがたかるべければ。人一人参られよかし」と宣へば、心あわたゞしくて、(少納言)「今日はいと便(びん)なくなむ侍るべき。宮の渡らせ給はむには、いかさまにか聞えやらむ。おのづから程経て、さるべきにおはしまさば、ともかうも侍りなむを、いと思ひやりなき程の事に侍れば、侍ふ人々苦しう侍るべし」と聞ゆれば、(源氏)「よし。のちにも人は参りなむ」とて、御車寄せさせ給へば、あさましう、「いかさまに」と思ひあへり。若君もあやしと思して泣い給ふ。少納言止(とゞ)め聞えむ方なければ、よべ縫ひし御衣(ぞ)ども引きさげて、自らも、よろしききぬ着かへて乗りぬ。

おわりに/山形でのふたつの記念シンポジウム

・大石田で開催された斎藤茂吉没後五十年記念シンポジウム

蛍火を一つ見いでて目(ま)もりしがいざ帰りなむ老の臥処(ふしど)に (斎藤茂吉)

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる (斎藤茂吉)

・鶴岡で開催された三矢重松八十年祭・折口信夫五十年祭記念シンポジウム)

わがおもふ田川をとめにかざさせて見まくしそおもふ堅香子(かたかご)の花 (三矢重松)

價(あたい)なき珠をいだきてしらざりしたとひおほゆる日の本の人 (三矢重松)

「あのころまで、『源氏物語』というのはそんなに高く評価せられていなかった。『日本書紀』『古事記』『万葉集』はすばらしいけれども、平安京になると、それは一つがくっと落ちるんだ。さらに時代が下って中世あたりになると、淫乱の書、風俗壊乱の書というふうな、そして堕地獄、紫式部はそのために地獄に落ちたというふうなことになってくるわけですけれども、本居宣長だけが格段に深い読み方をしたわけです。しかし、それまでの読書傾向というものは大体そういうふうだった。それを文法学者としての三矢重松先生が、非常に深く、そして確かに、同時にその心を読み解かれて、『源氏物語』というものは大変なものなんだというふうに言い始められた。そのころから少しずつそういう機運が動き出してきたわけなんですね。それを受け継いだのが折口先生だったわけです。」

コンテンツ名 源氏物語全講会 第43回 「若紫」より その10
収録日 2003年11月6日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成15年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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