源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第39回 「若紫」より その6

折口信夫と源氏物語講義のことに触れてから、本文。葵の上としっくりいかず悩む源氏は若紫の成長にこころ惹かれていく。『光る源氏の物語』『日本語で一番大事なもの』大野晋・丸谷才一著等の紹介。

はじめに/折口信夫の源氏物語観

・丸谷才一さん、大岡信さんとの連句の会のこと

・折口信夫の源氏物語観/昭和16年 『源氏物語』についての非常に長い座談会
(折口信夫全集 別巻の三、対談集に収録されている)

「私どもが国学院の学問の一番いいころ、金田一先生、武田先生、折口先生というふうな先生から、日本の文学や言葉について講義を聞いたころの馥郁とした楽しさ、古代にさっと逆上ったり、中古・中世に下りてきたり、さらには近代の問題に響かせてきたりした、あの内容の豊富さ、脹らみの豊かさというものが、教室の中などではなかなかなくなってきている。」

・国文学の先輩/秋山 虔先生のこと

たゞ絵に画きたるものの姫君のやうにしすゑられて、

 たゞ絵に画きたるものの姫君のやうにしすゑられて、うちみじろき給ふ事も難く、うるはしうてものし給へば、思ふ事もうちかすめ、山路(みち)の物語りをも聞えむ、いふかひありてをかしううち答(いら)へ給はばこそあはれならめ、世には心もとけず、うとく恥づかしきものにおぼして、年の重なるに添へて、御心のへだてもまさるを、いと苦しく、思はずに、 

(源氏)「時々は世の常なる御気色(けしき)を見ばや。

 (源氏)「時々は世の常なる御気色(けしき)を見ばや。堪へ難うわづらひ侍りしをも、いかゞとだに問ひ給はぬこそ、めづらしからぬ事なれど、なほ恨めしう」と聞え給ふ。からうじて、(女君)「とはぬはつらきものにやあらむ」と、しり目に見おこせ給へるまみ、いと恥づかしげに、気高(けだか)ううつくしげなる御かたちなり。

(源氏)「まれまれは、あさましの御ことや。

 (源氏)「まれまれは、あさましの御ことや。とはぬなど言ふきははことにこそ侍るなれ。心憂くも宣ひなすかな。世とともにはしたなき御もてなしを、もしおぼし直る折もやと、とざまかうざまにこころみ聞ゆる程、いとゞ思ほし疎むなめりかし。よしや命だに」とて、夜(よる)の御座(おまし)に入り給ひぬ。女君ふとも入り給はず。聞えわづらひ給ひて、うち嘆きて臥し給へるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなして、とかう世をおぼしみだるゝ事多かり。

この若草の生ひ出でむ程のなほゆかしきを、

 この若草の生ひ出でむ程のなほゆかしきを、「似げない程と思へりしも、道理(ことわり)ぞかし。言ひ寄り難き事にもあるかな。いかに構へて、たゞ心安く、迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む。兵部卿の宮は、いとあてになまめい給へれど、にほひやかになどもあらぬを、いかでかの一族(ひとぞう)におぼえ給ふらむ。一つ后腹なればにや」など思す。ゆかりいと睦じきに、いかでか、と深うおぼゆ。

またの日、御ふみ奉れ給へり。僧都にもほのめかし給ふべし。

 またの日、御ふみ奉れ給へり。僧都にもほのめかし給ふべし。尼上(あまうへ)には、(源氏)「もてはなれたりし御気色のつゝましさに、思ひ給ふる様をも、えあらはしはて侍らずなりにしをなむ。かばかり聞ゆるにても、おしなべたらぬ志のほどを御覧じ知らば、いかに嬉しう」などあり。中に小さく引き結びて、

  (源氏)「面影は身をも離れず山桜心のかぎりとめて来しかど
夜の間の風も後ろめたくなむ」とあり。

御手などはさるものにて、たゞはかなうおし包(つゝ)み給へる様も、

 御手などはさるものにて、たゞはかなうおし包(つゝ)み給へる様も、さだ過ぎたる御目どもには、目もあやに好ましう見ゆ。「あなかたはらいたや。いかゞ聞えむ」と、思しわづらふ。(尼君)「ゆくての御事は、なほざりにも思ひ給へなされしを、ふりはへさせ給へるに、聞えさせむ方なくなむ。まだ難波(なには)津(づ)をだに、はかばかしう続け侍らざめれば、かひなくなむ。さても、

  嵐吹く尾上の桜散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ

いとゞうしろめたう」とあり。

僧都の御返りも同じ様(さま)なれば、口惜しくて、

 僧都の御返りも同じ様(さま)なれば、口惜しくて、二三日(ふつかみか)ありて、惟光をぞ奉れ給ふ。(源氏)「少納言の乳母といふ人あべし。尋ねて、委しう語らへ」など宣ひ知らす。(惟光心)「さもかゝらぬ隅なき御心かな。さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども見し程を、思ひやるもをかし。

.わざとかう御文あるを、僧都もかしこまり聞え給ふ。

 わざとかう御文あるを、僧都もかしこまり聞え給ふ。少納言に消息して会ひたり。委しく、思し宣ふさま、おほかたの御有様など語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、いとわりなき御程を、いかにおぼすにかと、ゆゝしうなむ、誰も誰も思しける。御文にも、いとねんごろに書い給ひて、例の中に、(源氏)「かの御放(はな)ち書(がき)なむ、なほ見給へまほしき」とて、

   (源氏)「浅香山あさくも人を思はぬになど山の井のかけはなるらむ」

御返し
   (尼君)「汲みそめて悔しと聞きし山の井の浅きながらや影を見るべき」
惟光も同じ事を聞ゆ。「このわづらひ給ふ事よろしくは、この頃過ぐして、京の殿に渡り給ひてなむ聞えさすべき」とあるを、心もとなうおぼす。

おわりに/丸谷才一さんの仕事

・大野晋さんと丸谷才一さんとの対談『光る源氏の物語』(中央公論社 1989)
・対談『日本語で一番大事なもの』 大野晋/丸谷才一著 (中央公論社)

「丸谷さんの『百人一首』の世界をもう一つ広げた「新々百人一首』という本は大変な本です。それは、ああいうことを専門にしている国文学者があんな形で本当は書かなければならない内容なんですね。つまりあんなふうにすると、古典が非常によく身近にわかる。しかし、あの本はなかなか難しい本ですよ。あれを読みこなす、読み解くためには、一遍読んだだけではだめですけれども、またそういう本がわりあいに今売れないのです。一遍読み、二遍読み、三遍読んで、そして大体わかる。折口信夫の本なんかは、五遍読んでも十遍読んでもわからないところがありますけれども、作品でもそうなんです。」

コンテンツ名 源氏物語全講会 第39回 「若紫」より その6
収録日 2003年10月9日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成15年秋期講座

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