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源氏物語全講会 | 岡野弘彦

源氏物語全講会

第85回 「松風」その3~「薄雲」その1

大堰で大臣(源氏)が遊宴する響み(とよみ)が明石の上まで及ぶ。源氏は姫君を二条院へと思案しており女君(紫の上)に打ち明ける。女君(紫の上)は「稚児を得て、抱きかしづかばや」と思うようになる。薄雲に入り明治以降の詩歌の話など。明石の上に女君(紫の上)のことを話す。

かしこまりきこえさせたまふ。上の御遊びよりも、

  かしこまりきこえさせたまふ。
  上の御遊びよりも、なほ所からの、すごさ添へたるものの音をめでて、また酔ひ加はりぬ。ここにはまうけの物もさぶらはざりければ、大堰に、
  「わざとならぬまうけの物や」
  と、言ひつかはしたり。取りあへたるに従ひて参らせたり。衣櫃二荷にてあるを、御使の弁はとく帰り参れば、女の装束かづけたまふ。

「久方の光に近き名のみして朝夕霧も晴れぬ山里」

 「久方の光に近き名のみして
   朝夕霧も晴れぬ山里」

  行幸待ちきこえたまふ心ばへなるべし。「中に生ひたる」と、うち誦んじたまふついでに、かの淡路島を思し出でて、躬恒が「所からか」とおぼめきけむことなど、のたまひ出でたるに、ものあはれなる酔ひ泣きどもあるべし。

  「めぐり来て手に取るばかりさやけきや
   淡路の島のあはと見し月」

  頭中将、

  「浮雲にしばしまがひし月影の
   すみはつる夜ぞのどけかるべき」

  左大弁、すこしおとなびて、故院の御時にも、むつましう仕うまつりなれし人なりけり。

  「雲の上のすみかを捨てて夜半の月
   いづれの谷にかげ隠しけむ」

  心々にあまたあめれど、うるさくてなむ。

気近ううち静まりたる御物語、すこしうち乱れて、

 気近ううち静まりたる御物語、すこしうち乱れて、千年も見聞かまほしき御ありさまなれば、斧の柄も朽ちぬべけれど、今日さへはとて、急ぎ帰りたまふ。
  物ども品々にかづけて、霧の絶え間に立ち混じりたるも、前栽の花に見えまがひたる色あひなど、ことにめでたし。近衛府の名高き舎人、物の節どもなどさぶらふに、さうざうしければ、「其駒」など乱れ遊びて、脱ぎかけたまふ色々、秋の錦を風の吹きおほふかと見ゆ。
  ののしりて帰らせたまふ響きを、大堰にはもの隔てて聞きて、名残さびしう眺めたまふ。「御消息をだにせで」と、大臣も御心にかかれり。

殿におはして、とばかりうち休みたまふ。山里の御物語など聞こえたまふ。

 殿におはして、とばかりうち休みたまふ。山里の御物語など聞こえたまふ。
  「暇聞こえしほど過ぎつれば、いと苦しうこそ。この好き者どもの尋ね来て、いといたう強ひ止めしに、引かされて。今朝は、いとなやまし」
  とて、大殿籠もれり。例の、心とけず見えたまへど、見知らぬやうにて、
  「なずらひならぬほどを、思し比ぶるも、悪ろきわざなめり。我は我と思ひなしたまへ」
  と、教へきこえたまふ。
  暮れかかるほどに、内裏へ参りたまふに、ひきそばめて急ぎ書きたまふは、かしこへなめり。側目こまやかに見ゆ。うちささめきて遣はすを、御達など、憎みきこゆ。

その夜は、内裏にもさぶらひたまふべけれど、解けざりつる御けしきとりに、

 その夜は、内裏にもさぶらひたまふべけれど、解けざりつる御けしきとりに、夜更けぬれど、まかでたまひぬ。ありつる御返り持て参れり。え引き隠したまはで、御覧ず。ことに憎かるべきふしも見えねば、
  「これ、破り隠したまへ。むつかしや。かかるものの散らむも、今はつきなきほどになりにけり」
  とて、御脇息に寄りゐたまひて、御心のうちには、いとあはれに恋しう思しやらるれば、燈をうち眺めて、ことにものものたまはず。文は広ごりながらあれど、女君、見たまはぬやうなるを、
  「せめて、見隠したまふ御目尻こそ、わづらはしけれ」
  とて、うち笑みたまへる御愛敬、所狭きまでこぼれぬべし。
  さし寄りたまひて、
  「まことは、らうたげなるものを見しかば、契り浅くも見えぬを、さりとて、ものめかさむほども憚り多かるに、思ひなむわづらひぬる。同じ心に思ひめぐらして、御心に思ひ定めたまへ。いかがすべき。ここにて育みたまひてむや。蛭の子が齢にもなりにけるを、罪なきさまなるも思ひ捨てがたうこそ。

いはけなげなる下つ方も、紛らはさむなど思ふを、めざましと思さずは、

 いはけなげなる下つ方も、紛らはさむなど思ふを、めざましと思さずは、引き結ひたまへかし」
  と聞こえたまふ。
  「思はずにのみとりなしたまふ御心の隔てを、せめて見知らず、うらなくやはとてこそ。いはけなからむ御心には、いとようかなひぬべくなむ。いかにうつくしきほどに」
  とて、すこしうち笑みたまひぬ。稚児をわりなうらうたきものにしたまふ御心なれば、「得て、抱きかしづかばや」と思す。
  「いかにせまし。迎へやせまし」と思し乱る。渡りたまふこといとかたし。嵯峨野の御堂の念仏など待ち出でて、月に二度ばかりの御契りなめり。年のわたりには、立ちまさりぬべかめるを、及びなきことと思へども、なほいかがもの思はしからぬ。

筑波山を望みながら

女男(ふたり)居てさえ筑波の山に
霧がかかれば寂しいもの

横瀬夜雨(よこせ やう)

さまよひ来れば秋草の
ひとつ残りて咲きにけり
おもかげ見えてなつかしく
手折ればくるし花散りぬ

佐藤春夫

こぼれ松葉をかきあつめ
をとめもごとき君なりき、
こぼれ松葉を火にはなち
わらべのごときわれなりき。
わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ、
うれしくふたり手をとりぬ、
かひなきことをただ夢み、
入り日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか、
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ。

佐藤春夫

・春夏秋冬の語源について

・日本文学の魅力 ~本歌取り、引歌の力について~

・國學院大學栃木短大の斯花祭(このはなさい)に寄せる歌

みずゆく岸の秋萩は みずのこころにゆれて咲く
うつりゆく世を生くる身は ひとの情けにぬれて泣く

薄雲の巻について

・「薄雲」という題について

冬になりゆくままに、川づらの住まひ、いとど心細さまさりて、

薄雲

  冬になりゆくままに、川づらの住まひ、いとど心細さまさりて、うはの空なる心地のみしつつ明かし暮らすを、君も、
  「なほ、かくては、え過ぐさじ。かの、近き所に思ひ立ちね」
  と、すすめたまへど、「つらき所多く心見果てむも、残りなき心地すべきを、いかに言ひてか」などいふやうに思ひ乱れたり。
  「さらば、この若君を。かくてのみは、便なきことなり。思ふ心あれば、かたじけなし。対に聞き置きて、常にゆかしがるを、しばし見ならはさせて、袴着の事なども、人知れぬさまならずしなさむとなむ思ふ」
  と、まめやかに語らひたまふ。「さ思すらむ」と思ひわたることなれば、いとど胸つぶれぬ。
  「改めてやむごとなき方にもてなされたまふとも、人の漏り聞かむことは、なかなかにや、つくろひがたく思されむ」
  とて、放ちがたく思ひたる、ことわりにはあれど、
  「うしろやすからぬ方にやなどは、な疑ひたまひそ。かしこには、年経ぬれど、かかる人もなきが、さうざうしくおぼゆるままに、前斎宮のおとなびものしたまふをだにこそ、あながちに扱ひきこゆめれば、まして、かく憎みがたげなめるほどを、おろかには見放つまじき心ばへに」
  など、女君の御ありさまの思ふやうなることも語りたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第85回 「松風」その3~「薄雲」その1
収録日 2006年10月28日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成18年秋期講座

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「源氏物語巻名歌」から

プロフィール

講師:岡野弘彦
(国学院大学名誉教授)

歌人。大正13年(1924年)、三重県に生まれる。國學院大學国文科に在学中より折口信夫に学び、雑誌「鳥船」に参加。折口の没年まで師事する。 昭和42年、処女歌集「冬の家族」で現代歌人協会賞を受賞。昭和54年から宮中歌会始の選者を努める。
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