フィレンツェに学ぶ芸術ルネサンス 対話 母語・詩歌を心の糧に
対話 「母語・詩歌を心の糧に」
今道友信 東京大学名誉教授・英知大学大学院名誉教授
岡野弘彦 國學院大學栃木短期大学学長・國學院大學名誉教授
コーディネーター
松田義幸 実践女子大学教授・森永エンゼル財団理事
1.源氏物語が開いたもの
(再生時間 8分34秒)
「藤原氏の政治の当面に立った第一級の貴族たちは、やはりみんな漢詩・漢文に傾倒するわけでありまして、和歌も時に詠みますけれども、和歌の方は二の次、三の次になってしまっていた。そのやまとことばの文学、やまとことばによる心の伝承、日本人の大事な魂の伝承というものを取り戻した時代、古今和歌集、伊勢物語、源氏物語、枕草子、その他によって。あれはもちろん表記すれば仮名文字ですけれども、その奥に、和歌は歌うものであり、物語は語るものであるという、歌いと語りによる言葉の復権、やまとことばの母語の復権というものがあるのだということを大事に考えないと、我々は活字文化の時代なものですから、すぐ文字によるというふうに考えてしまいますけれども、和歌は歌われるものであり、物語はまず語られるものであったということを考えると、そんなふうに言えるのではないかと思います。」(岡野弘彦)
2.物語の核としての引歌表現
(再生時間 10分31秒)
・『源氏物語』は小説であるか
「『源氏物語』は広い意味で小説と言っていいと思います。ただ、先ほどからのお話にありますように、『源氏物語』が和歌を核にして、少し時代が早いわけですけれども、やまとことばによる新しい文芸の世界を復興させていると言うことができると思いますのは、あの引歌表現が一つの核になる。」(岡野弘彦)
3.戦中派には自らの言葉がなかったか
(再生時間 5分54秒)
・釈迢空との出会い
秋たけぬ。荒(すずろ)凉(さむ)さを 戸によれば、
枯れ野におつる 鶸(ひわ)のひとむれ
(釈迢空『海やまのあひだ』より)
・戦中の体験
「先生に申し訳ないんですけれども、先生がお配りくださった「わが内なる母語」に、「戦中派には自らの言葉がなかった」とおっしゃっているんですが、お話のときに、少しは私にはあったようだということをおっしゃってくださいましたけれども、私は言葉を持っていたと確信しております。そして言葉を持っていた人が書いたのが大抵学校でも問題になって、停学処分になったり、私も退学になったんですけれども、みんな言葉を持ち続けて、言葉は語らなくても、おのれの中で語って、語り続けることができるし、書いたものは発表しなくても、書いた言葉でございます。」(今道友信)
4.ダンテの『神曲』を通じて、さらにその先の古典にさかのぼる
(再生時間 7分02秒)
「ダンテの『神曲』に名前が上がっているウェルギリウスがどういう詩人であったかということを知っておいた方がよろしかろうということで、ついでにウェルギリウスはホメロスと並び称せられる西洋の叙事詩人の大物でございますから、その二人については、ギリシア・ローマの伝統を受け継いだ西洋近代の文学のはしりとしてのダンテということで、特に私がというよりも、ダンテの勉強するときの非常にオーソドックスな道筋だと思います。」(今道友信)
5.『源氏物語』の中に流れている神話的な心の伝承
(再生時間 10分41秒)
「『古事記』の神話の世界の心というものが、『源氏物語』に非常に複雑に大きく展開しますけれども、脈々として骨組みになって流れているんだということがよくわかってくるわけで、『源氏物語』までの物語の世界というのは、日本の神話の系譜をずっとたどってきている。もちろん新しく複雑に新鮮に変わっているわけですけれども、脈絡としては同じ脈絡をたどっているんだということがわかってまいります。そういう意味で、『源氏物語』から『古事記』へさかのぼっていく、そして古代の日本人の心の伝統を探り出そうとすることは、私は非常に大事だというふうなことを申し上げたわけであります。」(岡野弘彦)
6.『バグダッド燃ゆ』
(再生時間 7分15秒)
「私どもが体験した戦争中の19年、20年という時期、日本の主要な都市がほとんど片端から爆撃せられて、戦線の銃を持った兵士ならばそれは致し方ないとして、老いも若きも等し並みに焼き殺されていった体験・・私もまたちょうど二度目の東京の大空襲のときに軍用列車に乗っていて、巣鴨と大塚の間でその列車を焼かれて、戦友も死に、それから5日間、市民の死体を焼く仕事をして、やっと6日目に茨城県の鉾田の部隊へ帰っていったわけです。それから結婚してわかったのは、やはり同じ夜、家内も青山で、幸い家は焼けなかったんですけれども、逃げまどって苦しい目に遭った。東京の桜がちょうど真っ盛りの時期で、象徴のようにして線路の脇の道路に並木になって植わっている桜が、熱に耐え切れなくなって、ボっと一つの大きな炎になって燃え上がるんです。そういう体験をしたものですから、そのことをどうしても今の問題として重ねて、私の体の中の時間がよみがえったわけです。」(岡野弘彦)
7.まとめ 教育の原点に立ち戻るために
(再生時間 3分15秒)
「現在、日本人は「物の豊かさから心の豊かさ追求へ」と、バブル経済が弾けても、それが日本人の一番大切な問題になっております。ところが、「物から心へ」となったら、大学へ進学してくる学生たちが、カウンセラーになりたいという臨床心理の分野に入ってくる。または精神科になる。つまり心の時代になったら心が病むというふうに若い人たちは考えているんですね。」(松田義幸)
コンテンツ名 | ダンテフォーラム2006 「フィレンツェに学ぶ芸術ルネサンス」 |
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収録日 | 2006年12月3日 |
講師 | 今道友信、岡野弘彦、コーディネーター:松田義幸 |
簡易プロフィール | 講師:今道友信(東京大学名誉教授・英知大学大学院名誉教授) 講師:岡野弘彦(國學院大學栃木短期大学学長・國學院大學名誉教授) コーディネーター:松田義幸(実践女子大学教授・森永エンゼル財団理事) 肩書などはコンテンツ収録時のものです |
会場:イタリア文化会館アニェッリホール |
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