源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第26回 「夕顔」より その4

言葉の持つ根源的な情熱についての話、ポーランドから来た女生徒にまつわる話等のあと、講義。源氏は姿をやつしか弱くも可憐な夕顔のもとへ通う。市井の喧騒と生活感のある場に居る二人。

言葉に情熱があるということ

「殊に最近感ずるのは、皇后様の言葉には情熱がある。情熱を感ずる言葉で語られるんです。最近、言葉を聞いていて、この方の、この人の言葉には情熱がこもっているというふうに感じることのできる言葉に出会うことがだんだん少なくなっていきます。」

「私も初めて御用係になって、側近の一人としての拝謁に臨んだときの昭和天皇のお言葉は『ご苦労である』という、頭からばーっと声が落ちてくるようなすごい声でした。それは、園遊会なんかで『やあ、ご苦労だね。骨が折れるでしょう』というふうなおっしゃり方とは全然違う言葉です。私は、古代の言葉を聞いた、古代の声を聞いたと思って非常に感動しましたけれども…」

女を、さしてその人と尋ねいで給はねば、

 女、さしてその人と尋ね出でたまはねば、我も名のりをしたまはで、いとわりなくやつれたまひつつ、例ならず下り立ちありきたまふは、おろかに思されぬなるべし、と見れば、我が馬をばたてまつりて、御供に走りありく。

 「懸想人のいとものげなき足もとを、見つけられてはべらむ時、からくもあるべきかな」とわぶれど、人に知らせたまはぬままに、かの夕顔のしるべせし随身ばかり、さては、顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ、率ておはしける。

もし思ひよる気色もや、とて、

「もし思ひよる気色もや」とて、隣に中宿をだにしたまはず。

 女も、いとあやしく心得ぬ心地のみして、御使に人を添へ、暁の道をうかがはせ、御在処見せむと尋ぬれど、そこはことなくまどはしつつ、さすがに、あはれに見ではえあるまじく、この人の御心にかかりたれば、便なく軽々しきことと、思ほし返しわびつつ、いとしばしばおはします。

かゝるすぢは、まめ人の乱るゝ折りもあるを、

 かかる筋は、まめ人の乱るる折もあるを、いとめやすくしづめたまひて、人のとがめきこゆべき振る舞ひはしたまはざりつるを、あやしきまで、今朝のほど、昼間の隔ても、おぼつかなくなど、思ひわづらはれたまへば、かつは、いともの狂ほしく、さまで心とどむべきことのさまにもあらずと、いみじく思ひさましたまふに、人のけはひ、いとあさましくやはらかにおほどきて、もの深く重き方はおくれて、ひたぶるに若びたるものから、世をまだ知らぬにもあらず。いとやむごとなきにはあるまじ、いづくにいとかうしもとまる心ぞ、と返す返す思す。

いとことさらめきて、御装束をも、

 いとことさらめきて、御装束をもやつれたる狩の御衣をたてまつり、さまを変へ、顔をもほの見せたまはず、夜深きほどに、人をしづめて出で入りなどしたまへば、昔ありけむものの変化めきて、うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひ、はた、手さぐりもしるべきわざなりければ、「誰ればかりにかはあらむ。なほこの好き者のし出でつるわざなめり」と、大夫を疑ひながら、せめてつれなく知らず顔にて、かけて思ひよらぬさまに、たゆまずあざれありけば、いかなることにかと心得がたく、女方もあやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける。

君も、「かくうらなくにたゆめてはひ隠れなば、

 君も、「かくうらなくたゆめてはひ隠れなば、いづこをはかりとか、我も尋ねむ。かりそめの隠れ処と、はた見ゆめれば、いづ方にもいづ方にも、移ろひゆかむ日を、いつとも知らじ」と思すに、追ひまどはして、なのめに思ひなしつべくは、ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを、さらにさて過ぐしてむと思されず。
 人目を思して、隔ておきたまふ夜な夜ななどは、いと忍びがたく、苦しきまでおぼえたまへば、「なほ誰れとなくて二条院に迎へてむ。もし聞こえありて便なかるべきことなりとも、さるべきにこそは。我が心ながら、いとかく人にしむことはなきを、いかなる契りにかはありけむ」など思ほしよる。

(君)「いざ、いと心安き所にて、

 「いざ、いと心安き所にて、のどかに聞こえむ」

 など、語らひたまへば、

 「なほ、あやしう。かくのたまへど、世づかぬ御もてなしなれば、もの恐ろしくこそあれ」

 と、いと若びて言へば、「げに」と、ほほ笑まれたまひて、

 「げに、いづれか狐なるらむな。ただはかられたまへかし」
 と、なつかしげにのたまへば、女もいみじくなびきて、さもありぬべく思ひたり。

世になくかたはなる事なりとも、

 「世になく、かたはなることなりとも、ひたぶるに従ふ心は、いとあはれげなる人」と見たまふに、なほ、かの頭中将の常夏疑はしく、語りし心ざま、まづ思ひ出でられたまへど、「忍ぶるやうこそは」と、あながちにも問ひ出でたまはず。
 気色ばみて、ふと背き隠るべき心ざまなどはなければ、「かれがれにとだえ置かむ折こそは、さやうに思ひ変ることもあらめ、心ながらも、すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ」とさへ、思しけり。

はづき十五夜、くまなき月かげ、

 八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋、残りなく漏りて来て、見慣らひたまはぬ住まひのさまも珍しきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤の男の声々、目覚まして、

 「あはれ、いと寒しや」

 「今年こそ、なりはひにも頼むところすくなく、田舎の通ひも思ひかけねば、いと心細けれ。北殿こそ、聞きたまふや」

 など、言ひ交はすも聞こゆ。

 いとあはれなるおのがじしの営みに起き出でて、そそめき騒ぐもほどなきを、女いと恥づかしく思ひたり。

 艶だち気色ばまむ人は、消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきも憂きもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、我がもてなしありさまは、いとあてはかにこめかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなる事とも聞き知りたるさまならねば、なかなか、恥ぢかかやかむよりは、罪許されてぞ見えける。

ごほごほと、鳴る神よりもおどろおどろしく、

 ごほごほと鳴る神よりもおどろおどろしく、踏み轟かす唐臼の音も枕上とおぼゆる。「あな、耳かしかまし」と、これにぞ思さるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしうめざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。

しろたへの衣うつ砧の音も、かすかに、

 白妙の衣うつ砧の音も、かすかにこなたかなた聞きわたされ、空飛ぶ雁の声、取り集めて、忍びがたきこと多かり。端近き御座所なりければ、遣戸を引き開けて、もろともに見出だしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹、前栽の露は、なほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声々乱りがはしく、壁のなかの蟋蟀だに間遠に聞き慣らひたまへる御耳に、さし当てたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへて思さるるも、御心ざし一つの浅からぬに、よろづの罪許さるるなめりかし。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第26回 「夕顔」より その4
収録日 2002年10月31日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成14年秋期講座

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