第53回 「花宴」その2~「葵」その1
源氏は若紫に御琴や御物語を教える。大臣邸で藤の花の宴があり源氏は大君姿で出かける。後半は葵に。桐壷帝が退き、朱雀帝が即位。六条御息所の姫君が伊勢の斎宮に立つ。
講師:岡野弘彦
- 目次
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- 「大殿にも久しうなりにける」と思せど、若君も心苦しければ、
- 大殿には、例の、ふとも対面したまはず。
- かの有明の君は、はかなかりし夢を思し出でて、いともの嘆かしうながめたまふ。
- 源氏の君にも、一日、内裏にて御対面のついでに、聞こえたまひしかど、
- 寝殿に、女一宮、女三宮のおはします。東の戸口におはして、寄りゐたまへり。
- さしもあるまじきことなれど、さすがにをかしう思ほされて、「いづれならむ」と、
- 折口信夫関連の本を2冊
- 世の中かはりて後、よろづもの憂く思され、御身のやむごとなさも添ふにや、
- まことや、かの六条御息所の御腹の前坊の姫君、斎宮にゐたまひにしかば、
- また、かく院にも聞こし召し、のたまはするに、人の御名も、わがためも、
- かかることを聞きたまふにも、朝顔の姫君は、「いかで、人に似じ」と深う思せば、
- 大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしと思せど、
- そのころ、斎院も下りゐたまひて、后腹の女三宮ゐたまひぬ。
「大殿にも久しうなりにける」と思せど、若君も心苦しければ、
「大殿にも久しうなりにける」と思せど、若君も心苦しければ、こしらへむと思して、二条院へおはしぬ。見るままに、いとうつくしげに生ひなりて、愛敬づきらうらうじき心ばへ、いとことなり。飽かぬところなう、わが御心のままに教へなさむ、と思すにかなひぬべし。男の御教へなれば、すこし人馴れたることや混じらむと思ふこそ、うしろめたけれ。
日ごろの御物語、御琴など教へ暮らして出でたまふを、例のと、口惜しう思せど、今はいとようならはされて、わりなくは慕ひまつはさず。
大殿には、例の、ふとも対面したまはず。
大殿には、例の、ふとも対面したまはず。つれづれとよろづ思しめぐらされて、箏の御琴まさぐりて、
「やはらかに寝る夜はなくて」
とうたひたまふ。大臣渡りたまひて、一日の興ありしこと、聞こえたまふ。
「ここらの齢にて、明王の御代、四代をなむ見はべりぬれど、このたびのやうに、文ども警策に、舞、楽、物の音どもととのほりて、齢延ぶることなむはべらざりつる。道々のものの上手ども多かるころほひ、詳しうしろしめし、ととのへさせたまへるけなり。翁もほとほと舞ひ出でぬべき心地なむしはべりし」
と聞こえたまへば、
「ことにととのへ行ふこともはべらず。ただ公事に、そしうなる物の師どもを、ここかしこに尋ねはべりしなり。よろづのことよりは、「柳花苑」、まことに後代の例ともなりぬべく見たまへしに、まして「さかゆく春」に立ち出でさせたまへらましかば、世の面目にやはべらまし」
と聞こえたまふ。
弁、中将など参りあひて、高欄に背中おしつつ、とりどりに物の音ども調べ合はせて遊びたまふ、いとおもしろし。
かの有明の君は、はかなかりし夢を思し出でて、いともの嘆かしうながめたまふ。
かの有明の君は、はかなかりし夢を思し出でて、いともの嘆かしうながめたまふ。春宮には、卯月ばかりと思し定めたれば、いとわりなう思し乱れたるを、男も、尋ねたまはむにあとはかなくはあらねど、いづれとも知らで、ことに許したまはぬあたりにかかづらはむも、人悪く思ひわづらひたまふに、弥生の二十余日、右の大殿の弓の結に、上達部、親王たち多く集へたまひて、やがて藤の宴したまふ。花盛りは過ぎにたるを、「ほかの散りなむ」とや教へられたりけむ、遅れて咲く桜、二木ぞいとおもしろき。新しう造りたまへる殿を、宮たちの御裳着の日、磨きしつらはれたり。はなばなとものしたまふ殿のやうにて、何ごとも今めかしうもてなしたまへり。
源氏の君にも、一日、内裏にて御対面のついでに、聞こえたまひしかど、
源氏の君にも、一日、内裏にて御対面のついでに、聞こえたまひしかど、おはせねば、口惜しう、ものの栄なしと思して、御子の四位少将をたてまつりたまふ。
「わが宿の花しなべての色ならば
何かはさらに君を待たまし」
内裏におはするほどにて、主上に奏したまふ。
「したり顔なりや」と笑はせたまひて、
「わざとあめるを、早うものせよかし。女御子たちなども、生ひ出づるところなれば、なべてのさまには思ふまじきを」
などのたまはす。御装ひなどひきつくろひたまひて、いたう暮るるほどに、待たれてぞ渡りたまふ。
桜の唐の綺の御直衣、葡萄染の下襲、裾いと長く引きて。皆人は表の衣なるに、あざれたる大君姿のなまめきたるにて、いつかれ入りたまへる御さま、げにいと異なり。花の匂ひもけおされて、なかなかことざましになむ。
遊びなどいとおもしろうしたまひて、夜すこし更けゆくほどに、源氏の君、いたく酔ひ悩めるさまにもてなしたまひて、紛れ立ちたまひぬ。
寝殿に、女一宮、女三宮のおはします。東の戸口におはして、寄りゐたまへり。
寝殿に、女一宮、女三宮のおはします。東の戸口におはして、寄りゐたまへり。藤はこなたの妻にあたりてあれば、御格子ども上げわたして、人びと出でゐたり。袖口など、踏歌の折おぼえて、ことさらめきもて出でたるを、ふさはしからずと、まづ藤壷わたり思し出でらる。
「なやましきに、いといたう強ひられて、わびにてはべり。かしこけれど、この御前にこそは、蔭にも隠させたまはめ」
とて、妻戸の御簾を引き着たまへば、
「あな、わづらはし。よからぬ人こそ、やむごとなきゆかりはかこちはべるなれ」
と言ふけしきを見たまふに、重々しうはあらねど、おしなべての若人どもにはあらず、あてにをかしきけはひしるし。
そらだきもの、いと煙たうくゆりて、衣の音なひ、いとはなやかにふるまひなして、心にくく奥まりたるけはひはたちおくれ、今めかしきことを好みたるわたりにて、やむごとなき御方々もの見たまふとて、この戸口は占めたまへるなるべし。
さしもあるまじきことなれど、さすがにをかしう思ほされて、「いづれならむ」と、
さしもあるまじきことなれど、さすがにをかしう思ほされて、「いづれならむ」と、胸うちつぶれて、
「扇を取られて、からきめを見る」
と、うちおほどけたる声に言ひなして、寄りゐたまへり。
「あやしくも、さま変へける高麗人かな」
といらふるは、心知らぬにやあらむ。いらへはせで、ただ時々、うち嘆くけはひする方に寄りかかりて、几帳越しに手をとらへて、
「梓弓いるさの山に惑ふかな
ほの見し月の影や見ゆると
何ゆゑか」
と、推し当てにのたまふを、え忍ばぬなるべし。
「心いる方ならませば弓張の
月なき空に迷はましやは」
と言ふ声、ただそれなり。いとうれしきものから。
折口信夫関連の本を2冊
・『言語情緒論』(中央文庫)
「日本の古代歌謡から、あるいは万葉集から始まった和歌の伝統というものが、その表現を最も見事な形で結実させてくるのが玉葉集と風雅集なんだということを見抜いた。そういう見抜く読み方をしたわけです。これは大変なことですけれども、そういう折口が書いた卒業論文ですから、この言語論というのは、一番根底にあるのはやはり和歌の表現としての日本語の言語論なんです。ですから、歌となって、調べとなって人の心に響く、そういう言葉のいろんな面をとらえようとしているわけですね。そういう意味では、大変特色のある言語論、日本語論、あるいは日本語による表現論だと思います。」
・『初稿・死者の書』(国書刊行会)
世の中かはりて後、よろづもの憂く思され、御身のやむごとなさも添ふにや、
葵
世の中かはりて後、よろづもの憂く思され、御身のやむごとなさも添ふにや、軽々しき御忍び歩きもつつましうて、ここもかしこも、おぼつかなさの嘆きを重ねたまふ、報いにや、なほ我につれなき人の御心を、尽きせずのみ思し嘆く。
今は、ましてひまなう、ただ人のやうにて添ひおはしますを、今后は心やましう思すにや、内裏にのみさぶらひたまへば、立ち並ぶ人なう心やすげなり。折ふしに従ひては、御遊びなどを好ましう、世の響くばかりせさせたまひつつ、今の御ありさましもめでたし。ただ、春宮をぞいと恋しう思ひきこえたまふ。御後見のなきを、うしろめたう思ひきこえて、大将の君によろづ聞こえつけたまふも、かたはらいたきものから、うれしと思す。
まことや、かの六条御息所の御腹の前坊の姫君、斎宮にゐたまひにしかば、
まことや、かの六条御息所の御腹の前坊の姫君、斎宮にゐたまひにしかば、大将の御心ばへもいと頼もしげなきを、「幼き御ありさまのうしろめたさにことつけて下りやしなまし」と、かねてより思しけり。
院にも、かかることなむと、聞こし召して、
「故宮のいとやむごとなく思し、時めかしたまひしものを、軽々しうおしなべたるさまにもてなすなるが、いとほしきこと。斎宮をも、この御子たちの列になむ思へば、いづかたにつけても、おろかならざらむこそよからめ。心のすさびにまかせて、かく好色わざするは、いと世のもどき負ひぬべきことなり」
など、御けしき悪しければ、わが御心地にも、げにと思ひ知らるれば、かしこまりてさぶらひたまふ。
「人のため、恥ぢがましきことなく、いづれをもなだらかにもてなして、女の怨みな負ひそ」
とのたまはするにも、「けしからぬ心のおほけなさを聞こし召しつけたらむ時」と、恐ろしければ、かしこまりてまかでたまひぬ。
また、かく院にも聞こし召し、のたまはするに、人の御名も、わがためも、
また、かく院にも聞こし召し、のたまはするに、人の御名も、わがためも、好色がましういとほしきに、いとどやむごとなく、心苦しき筋には思ひきこえたまへど、まだ表はれては、わざともてなしきこえたまはず。
女も、似げなき御年のほどを恥づかしう思して、心とけたまはぬけしきなれば、それにつつみたるさまにもてなして、院に聞こし召し入れ、世の中の人も知らぬなくなりにたるを、深うしもあらぬ御心のほどを、いみじう思し嘆きけり。
かかることを聞きたまふにも、朝顔の姫君は、「いかで、人に似じ」と深う思せば、
かかることを聞きたまふにも、朝顔の姫君は、「いかで、人に似じ」と深う思せば、はかなきさまなりし御返りなども、をさをさなし。さりとて、人憎く、はしたなくはもてなしたまはぬ御けしきを、君も、「なほことなり」と思しわたる。
大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしと思せど、
大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしと思せど、あまりつつまぬ御けしきの、いふかひなければにやあらむ、深うも怨じきこえたまはず。心苦しきさまの御心地に悩みたまひて、もの心細げに思いたり。めづらしくあはれと思ひきこえたまふ。誰れも誰れもうれしきものから、ゆゆしう思して、さまざまの御つつしみせさせたてまつりたまふ。かやうなるほどに、いとど御心のいとまなくて、思しおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。
そのころ、斎院も下りゐたまひて、后腹の女三宮ゐたまひぬ。
そのころ、斎院も下りゐたまひて、后腹の女三宮ゐたまひぬ。帝、后と、ことに思ひきこえたまへる宮なれば、筋ことになりたまふを、いと苦しう思したれど、こと宮たちのさるべきおはせず。儀式など、常の神わざなれど、いかめしうののしる。祭のほど、限りある公事に添ふこと多く、見所こよなし。人がらと見えたり。
御禊の日、上達部など、数定まりて仕うまつりたまふわざなれど、おぼえことに、容貌ある限り、下襲の色、表の袴の紋、馬鞍までみな調へたり。とりわきたる宣旨にて、大将の君も仕うまつりたまふ。かねてより、物見車心づかひしけり。
一条の大路、所なく、むくつけきまで騒ぎたり。所々の御桟敷、心々にし尽くしたるしつらひ、人の袖口さへ、いみじき見物なり。
コンテンツ名 | 源氏物語全講会 第53回 「花宴」その2~「葵」その1 |
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収録日 | 2004年10月30日 |
講師 | 岡野弘彦(國學院大學名誉教授) |
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