源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第173回 「夕霧」より その5

一日経ち、夕霧は御息所からの手紙を発見し、すぐに小野を尋ねずに、まず、返事を書く。御息所は返事が来ないため、気分がまた悪くなる。御息所は宮に話し嘆いているうちに、急に気を失い、亡くなってしまう。講義の途中に、折口信夫に関連する話がある。

誰れも誰れも御台参りなどして、

誰れも誰れも御台参りなどして、のどかになりぬる昼つ方、思ひわづらひて、
「昨夜の御文は、何ごとかありし。あやしう見せたまはで。今日も訪らひ聞こゆべし。悩ましうて、六条にもえ参るまじければ、文をこそはたてまつらめ。何ごとかありけむ」
とのたまふが、いとさりげなければ、「文は、をこがましう取りてけり」とすさまじうて、そのことをばかけたまはず、

「一夜の深山風に、

「一夜の深山風に、あやまりたまへる悩ましさななりと、をかしきやうにかこちきこえたまへかし」
と聞こえたまふ。
「いで、このひがこと、な常にのたまひそ。何のをかしきやうかある。世人になずらへたまふこそ、なかなか恥づかしけれ。この女房たちも、かつはあやしきまめざまを、かくのたまふと、ほほ笑むらむものを」
と、戯れ言に言ひなして、
「その文よ。いづら」
とのたまへど、とみにも引き出でたまはぬほどに、なほ物語など聞こえて、しばし臥したまへるほどに、暮れにけり。

ひぐらしの声におどろきて、

ひぐらしの声におどろきて、「山の蔭いかに霧りふたがりぬらむ。あさましや。今日この御返事をだに」と、いとほしうて、ただ知らず顔に硯おしすりて、「いかになしてしにかとりなさむ」と、眺めおはする。

・小野小町のこと

・神話・物語における恋の大きさ

・「『源氏物語と折口信夫』という題でまとまった、100枚200枚のものを書いてみようと思っている。」

そのエピソードの一部分(小林秀雄が折口信夫を訪ねてきた時のこと) は今度出る『文藝春秋』(2012年11月号)に。
「『古事記伝』は今一つだよ。」(折口信夫)

・本居宣長について

・瀉瓶(しゃびょう)

・「源氏を講義するのは怖い。」

・「生きることの楽しさみたいなもの、一番根源のことを与えてくださった感じ がする。ちょっと羨ましいでしょ、そういう人に触れることができたのは。」

御座の奥のすこし上がりたる所を、

御座の奥のすこし上がりたる所を、試みにひき上げたまへれば、「これにさし挟みたまへるなりけり」と、うれしうもをこがましうもおぼゆるに、うち笑みて見たまふに、かう心苦しきことなむありける。胸つぶれて、「一夜のことを、心ありて聞きたまうける」と思すに、いとほしう心苦し。
「昨夜だに、いかに思ひ明かしたまうけむ。今日も、今まで文をだに」
と、言はむ方なくおぼゆ。いと苦しげに、言ふかひなく、書き紛らはしたまへるさまにて、
「おぼろけに思ひあまりてやは、かく書きたまうつらむ。つれなくて今宵の明けつらむ」
と、言ふべき方のなければ、女君ぞ、いとつらう心憂き。
「すずろに、かく、あだへ隠して。いでや、わがならはしぞや」と、さまざまに身もつらく、すべて泣きぬべき心地したまふ。

やがて出で立ちたまはむとするを、

やがて出で立ちたまはむとするを、
「心やすく対面もあらざらむものから、人もかくのたまふ、いかならむ。坎日にもありけるを、もしたまさかに思ひ許したまはば、悪しからむ。なほ吉からむことをこそ」
と、うるはしき心に思して、まづ、この御返りを聞こえたまふ。
「いとめづらしき御文を、かたがたうれしう見たまふるに、この御咎めをなむ。いかに聞こし召したることにか。

秋の野の草の茂みは分けしかど仮寝の枕結びやはせし

明らめきこえさするもあやなけれど、昨夜の罪は、ひたやごもりにや」
とあり。宮には、いと多く聞こえたまて、御厩に足疾き御馬に移し置きて、一夜の大夫をぞたてまつれたまふ。
「昨夜より、六条の院にさぶらひて、ただ今なむまかでつると言へ」
とて、言ふべきやう、ささめき教へたまふ。

かしこには、昨夜もつれなく見えたまひし御けしきを、

かしこには、昨夜もつれなく見えたまひし御けしきを、忍びあへで、後の聞こえをもつつみあへず恨みきこえたまうしを、その御返りだに見えず、今日の暮れ果てぬるを、いかばかりの御心にかはと、もて離れてあさましう、心もくだけて、よろしかりつる御心地、またいといたう悩みたまふ。
なかなか正身の御心のうちは、このふしをことに憂しとも思し、驚くべきことしなければ、ただおぼえぬ人に、うちとけたりしありさまを見えしことばかりこそ口惜しけれ、いとしも思ししまぬを、かくいみじうおぼいたるを、あさましう恥づかしう、明らめきこえたまふ方なくて、例よりももの恥ぢしたまへるけしき見えたまふを、「いと心苦しう、ものをのみ思ほし添ふべかりける」と見たてまつるも、胸つとふたがりて悲しければ、
「今さらにむつかしきことをば聞こえじと思へど、なほ、御宿世とはいひながら、思はずに心幼くて、人のもどきを負ひたまふべきことを。取り返すべきことにはあらねど、今よりは、なほさる心したまへ。
数ならぬ身ながらも、よろづに育みきこえつるを、今は何事をも思し知り、世の中のとざまかうざまのありさまをも、思したどりぬべきほどに、見たてまつりおきつることと、そなたざまはうしろやすくこそ見たてまつりつれ、なほいといはけて、強き御心おきてのなかりけることと、思ひ乱れはべるに、今しばしの命もとどめまほしうなむ。
ただ人だに、すこしよろしくなりぬる女の、人二人と見るためしは、心憂くあはつけきわざなるを、ましてかかる御身には、さばかりおぼろけにて、人の近づききこゆべきにもあらぬを、思ひのほかに心にもつかぬ御ありさまと、年ごろも見たてまつり悩みしかど、さるべき御宿世にこそは。
院より始めたてまつりて、思しなびき、この父大臣にも許いたまふべき御けしきありしに、おのれ一人しも心をたてても、いかがはと思ひ寄りはべりしことなれば、末の世までものしき御ありさまを、わが御過ちならぬに、大空をかこちて見たてまつり過ぐすを、いとかう人のためわがための、よろづに聞きにくかりぬべきことの出で来添ひぬべきが、さても、よその御名をば知らぬ顔にて、世の常の御ありさまにだにあらば、おのづからあり経むにつけても、慰むこともやと、思ひなしはべるを、こよなう情けなき人の御心にもはべりけるかな」
と、つぶつぶと泣きたまふ。

いとわりなくおしこめてのたまふを、

いとわりなくおしこめてのたまふを、あらがひはるけむ言の葉もなくて、ただうち泣きたまへるさま、おほどかにらうたげなり。うちまもりつつ、
「あはれ、何ごとかは、人に劣りたまへる。いかなる御宿世にて、やすからず、ものを深く思すべき契り深かりけむ」
などのたまふままに、いみじう苦しうしたまふ。もののけなども、かかる弱目に所得るものなりければ、にはかに消え入りて、ただ冷えに冷え入りたまふ。律師も騷ぎたちたまうて、願など立てののしりたまふ。
深き誓ひにて、今は命を限りける山籠もりを、かくまでおぼろけならず出で立ちて、壇こぼちて帰り入らむことの、面目なく、仏もつらくおぼえたまふべきことを、心を起こして祈り申したまふ。宮の泣き惑ひたまふこと、いとことわりなりかし。

かく騒ぐほどに、

かく騒ぐほどに、大将殿より御文取り入れたる、ほのかに聞きたまひて、今宵もおはすまじきなめり、とうち聞きたまふ。
「心憂く。世のためしにも引かれたまふべきなめり。何に我さへさる言の葉を残しけむ」
と、さまざま思し出づるに、やがて絶え入りたまひぬ。あへなくいみじと言へばおろかなり。昔より、もののけには時々患ひたまふ。限りと見ゆる折々もあれば、「例のごと取り入れたるなめり」とて、加持参り騒げど、今はのさま、しるかりけり。

宮は、後れじと思し入りて、

宮は、後れじと思し入りて、つと添ひ臥したまへり。人びと参りて、
「今は、いふかひなし。いとかう思すとも、限りある道は、帰りおはすべきことにもあらず。慕ひきこえたまふとも、いかでか御心にはかなふべき」
と、さらなることわりを聞こえて、
「いとゆゆしう。亡き御ためにも、罪深きわざなり。今は去らせたまへ」
と、引き動かいたてまつれど、すくみたるやうにて、ものもおぼえたまはず。
修法の壇こぼちて、ほろほろと出づるに、さるべき限り、片へこそ立ちとまれ、今は限りのさま、いと悲しう心細し。

所々の御弔ひ、いつの間にかと見ゆ。大将殿も、

所々の御弔ひ、いつの間にかと見ゆ。大将殿も、限りなく聞き驚きたまうて、まづ聞こえたまへり。六条の院よりも、致仕の大殿よりも、すべていとしげう聞こえたまふ。山の帝も聞こし召して、いとあはれに御文書いたまへり。宮は、この御消息にぞ、御ぐしもたげたまふ。

「日ごろ重く悩みたまふと聞きわたりつれど、

「日ごろ重く悩みたまふと聞きわたりつれど、例も篤しうのみ聞きはべりつるならひに、うちたゆみてなむ。かひなきことをばさるものにて、思ひ嘆いたまふらむありさま推し量るなむ、あはれに心苦しき。なべての世のことわりに思し慰めたまへ」
とあり。目も見えたまはねど、御返り聞こえたまふ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第173回 「夕霧」より その5
収録日 2012年10月6日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成24年秋期講座

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