源氏物語全講会 | 岡野弘彦

第179回 「夕霧」より その11

(帰らないという雲居雁に)夕霧は三条邸の残してきた子どもの話をし、姫君にも声をかける。父の到仕大臣は物笑いになったと嘆き、息子の蔵人の少将を一条の宮に使いに出す。落葉宮は書きさしたままのように返歌を差し出す。藤典侍が雲居雁に文をおくる。

明けぬれば、

明けぬれば、
「人の見聞かむも若々しきを、限りとのたまひ果てば、さて試みむ。かしこなる人びとも、らうたげに恋ひきこゆめりしを、選り残したまへる、やうあらむとは見ながら、思ひ捨てがたきを、ともかくももてなしはべりなむ」
と、脅しきこえたまへば、すがすがしき御心にて、この君達をさへや、知らぬ所に率て渡したまはむ、と危ふし。姫君を、
「いざ、たまへかし。見たてまつりに、かく参り来ることもはしたなければ、常にも参り来じ。かしこにも人びとのらうたきを、同じ所にてだに見たてまつらむ」
と聞こえたまふ。まだいといはけなく、をかしげにておはす、いとあはれと見たてまつりたまひて、
「母君の御教へにな叶ひたまうそ。いと心憂く、思ひとる方なき心あるは、いと悪しきわざなり」
と、言ひ知らせたてまつりたまふ。

大臣、かかることを聞きたまひて、

大臣、かかることを聞きたまひて、人笑はれなるやうに思し嘆く。
「しばしは、さても見たまはで。おのづから思ふところものせらるらむものを。女のかくひききりなるも、かへりては軽くおぼゆるわざなり。よし、かく言ひそめつとならば、何かは愚れて、ふとしも帰りたまふ。おのづから人のけしき心ばへは見えなむ」
とのたまはせて、この宮に、蔵人少将の君を御使にてたてまつりたまふ。

「契りあれや君を心にとどめおきて

「契りあれや君を心にとどめおきてあはれと思ふ恨めしと聞く

なほ、え思し放たじ」
とある御文を、少将持ておはして、ただ入りに入りたまふ。

 

南面の簀子に円座さし出でて、

南面の簀子に円座さし出でて、人びと、もの聞こえにくし。宮は、ましてわびしと思す。
この君は、なかにいと容貌よく、めやすきさまにて、のどやかに見まはして、いにしへを思ひ出でたるけしきなり。
「参り馴れにたる心地して、うひうひしからぬに、さも御覧じ許さずやあらむ」
などばかりぞかすめたまふ。御返りいと聞こえにくくて、
「われはさらにえ書くまじ」
とのたまへば、
「御心ざしも隔て若々しきやうに。宣旨書き、はた聞こえさすべきにやは」
と、集りて聞こえさすれば、まづうち泣きて、
「故上おはせましかば、いかに心づきなし、と思しながらも、罪を隠いたまはまし」
と思ひ出でたまふに、涙のみつらきに先だつ心地して、書きやりたまはず。

「何ゆゑか世に数ならぬ身ひとつを

「何ゆゑか世に数ならぬ身ひとつを憂しとも思ひかなしとも聞く」

とのみ、思しけるままに、書きもとぢめたまはぬやうにて、おしつつみて出だしたまうつ。少将は、人びと物語して、
「時々さぶらふに、かかる御簾の前は、たづきなき心地しはべるを、今よりはよすがある心地して、常に参るべし。内外なども許されぬべき、年ごろのしるし現はれはべる心地なむしはべる」
など、けしきばみおきて出でたまひぬ。

・歌会始に天皇から召歌を召された。すぐに、式年遷宮を詠もうと心に決めた。

 折口信夫ほど日本民族の根生いの宗教に根底を置いて、そこから民族の生き方死に方、愛のあり方を考えていこうとした人は、他にいなかったと思う。戦後の折口は、一民族教を人類教の深さ、高さ、広さまで高めようと「神の神学」を「神道概論」で若者に講義した。
神道というものを、神主さん達は宗教として高め深める、広める、そういう努力をなさっていかないといけないと思う。そういうことに対して、研究者とし て最も深く心を尽くそうとしたのは折口信夫。
万葉集、古事記、源氏物語を読んでいると、「日本民族の深い宗教観とは何だろう」という思いが心を離れない。

伊勢の宮み代のさかえと立たすなり岩根にとどく心のみ柱
召人 岡野弘彦

いとどしく心よからぬ御けしき、

いとどしく心よからぬ御けしき、あくがれ惑ひたまふほど、大殿の君は、日ごろ経るままに、思し嘆くことしげし。典侍、かかることを聞くに、
「われを世とともに許さぬものにのたまふなるに、かくあなづりにくきことも出で来にけるを」
と思ひて、文などは時々たてまつれば、聞こえたり。

「数ならば身に知られまし世の憂さを人のためにも濡らす袖かな」

なまけやけしとは見たまへど、もののあはれなるほどのつれづれに、「かれもいとただにはおぼえじ」と思す片心ぞ、つきにける。

「人の世の憂きをあはれと見しかども身にかへむとは思はざりしを」

とのみあるを、思しけるままと、あはれに見る。

・言葉の言い換え。

この、昔、御中絶えのほどには、

この、昔、御中絶えのほどには、この内侍のみこそ、人知れぬものに思ひとめたまへりしか、こと改めて後は、いとたまさかに、つれなくなりまさりたまうつつ、さすがに君達はあまたになりにけり。
この御腹には、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君とおはす。内侍は、大君、三の君、六の君、次郎君、四郎君とぞおはしける。すべて十二人が中に、かたほなるなく、いとをかしげに、とりどりに生ひ出でたまける。
内侍腹の君達しもなむ、容貌をかしう、心ばせかどありて、皆すぐれたりける。三の君、次郎君は、東の御殿にぞ、取り分きてかしづきたてまつりたまふ。院も見馴れたまうて、いとらうたくしたまふ。
この御仲らひのこと、言ひやるかたなく、とぞ。

コンテンツ名 源氏物語全講会 第179回 「夕霧」より その11
収録日 2013年4月6日
講師 岡野弘彦(國學院大學名誉教授)

平成25年春期講座

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