第33回 「夕顔」より その11
空蝉は伊予に下る。弔い願文を作る源氏は夕顔の遺児を想う。源氏の秋の暮れの胸の内。『伊勢物語』、歌と物語、『山家集』を始めフィクショナルな恋の歌の魂への作用の話。
講師:岡野弘彦
- 目次
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- はじめに
- かの片つ方は蔵人の少将をなむ通はす、と聞き給ふ。
- 高やかなる荻につけて、(源氏)「しのびて」と宣へれど、
- 手はあしげなるを、まぎらはし、ざればみて書いたるさま、しななし。
- かの人の四十九日(なななぬか)、しのびて、比叡の法華堂にて、
- この程まではたゞよふなるを、いづれの道に定まりて赴(おもむ)くらむ、と、
- かの夕顔(ゆふがほ)の宿りには、いづかたに、と思ひまどへど、
- この家あるじぞ、西の京のめのとの娘なりける。
- 右近はた、かしがましく言ひさわがれむを思ひて、
- 伊予の介、神無月のついたちごろに下る。
- 「思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな」
- かやうのくだくだしき事は、あながちに隠ろへ忍び給ひしも、いとほしくて、
はじめに
・風邪をひいて
・医者の薬のことなど
「まだ少し咳が抑えきれないで残っていますけれども、そのときはちょっと失礼いたします。」
かの片つ方は蔵人の少将をなむ通はす、と聞き給ふ。
かの片つ方は蔵人の少将をなむ通はす、と聞き給ふ。「あやしや、いかに思ふらむ」と、少将の心のうちもいとほしく、また、かの人の気色もゆかしければ、小君して(源氏)「死にかへり思ふ心は知り給へりや」と言ひつかはす。
(源氏)「ほのかにも軒ばの荻(をぎ)をむすばずは露のかごとを何にかけまし」
高やかなる荻につけて、(源氏)「しのびて」と宣へれど、
高やかなる荻につけて、(源氏)「しのびて」と宣へれど、「取り誤(あやま)ちて、少将も見つけて、我なりけりと思ひ合せば、さりとも罪許してむ」と思ふ御心おごりぞ、あいなかりける。 少将のなき折りに見すれば、「心うし」と思へど、かくおぼし出でたるもさすがにて、御返し、くちときばかりをかごとにて、取らす。
(女)「ほのめかす風につけてもしたをぎのなかばは霜にむすぼほれつゝ」
手はあしげなるを、まぎらはし、ざればみて書いたるさま、しななし。
手はあしげなるを、まぎらはし、ざればみて書いたるさま、しななし。ほかげに見し顔おぼし出でらる。「うちとけで向ひ居たる人は、え疎(うと)みはつまじきさまもしたりしかな。何の心ばせありげもなく、さうどき誇りたりしよ」とおぼし出づるに、憎からず。なほこりずまに、又もあだ名たちぬべき、御心のすさびなめり 。
かの人の四十九日(なななぬか)、しのびて、比叡の法華堂にて、
かの人の四十九日(なななぬか)、しのびて、比叡(ひえ)の法華堂にて、事そがず、装束(さうぞく)よりはじめて、さるべき物どもこまかに、誦経(ずきやう)などせさせ給ふ。経仏(きやうほとけ)の飾(かざ)りまで、おろかならず、惟光が兄の阿闍梨(あざり)、いと尊き人にて、二なうしけり。御ふみの師にて、むつまじくおぼす文章(もんざう)博士(はかせ)召して、願文(ぐわんもん)つくらせ給ふ。その人となくて、あはれと思ひし人の、はかなきさまになりにたるを、阿弥陀仏(あみだぼとけ)に譲り聞ゆるよし、あはれげに書き出で給へれば、(博士)「たゞかくながら、加ふべき事侍らざめり」と申す。しのび給へど、御涙もこぼれて、いみじくおぼしたれば、(博士)「何人(びと)ならむ、その人と聞えもなくて、かうおぼし嘆かすばかりなりけむ、宿世(すくせ)の高さ」と言ひけり。しのびて調ぜさせ給へりける、装束(さうぞく)の袴(はかま)を、取り寄せさせ給ひて、
(源氏)「泣く泣くもけふは我がゆふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき」
この程まではたゞよふなるを、いづれの道に定まりて赴(おもむ)くらむ、と、
この程まではたゞよふなるを、いづれの道に定まりて赴(おもむ)くらむ、と、思ほしやりつつ、念誦(ず)をいと哀れにし給ふ。頭の中将を見給ふにも、あいなく胸さわぎて、かの撫子(なでしこ)のおひたつ有様、聞かせまほしけれど、かごとにおぢて、うち出で給はず 。
かの夕顔(ゆふがほ)の宿りには、いづかたに、と思ひまどへど、
かの夕顔(ゆふがほ)の宿りには、いづかたに、と思ひまどへど、そのまゝにえ尋ね聞えず。右近だにおとづれねば、あやしと思ひ嘆きあへり。たしかならねど、けはひを、さばかりにや、と、さゝめきしかば、惟光をかこちけれど、いとかけ離れ、気色なく言ひなして、なほ同じごと、好き歩(あり)きければ、いとゞ夢のこゝちして、「もし受領(ずりやう)の子どもの好き好きしきが、頭(とう)の君(きみ)におぢ聞えて、やがてゐて下(くだ)りにけるにや」とぞ思ひよりける。
この家あるじぞ、西の京のめのとの娘なりける。
この家あるじぞ、西の京のめのとの娘なりける。三人その子はありて、右近はこと人なりければ、「思ひ隔てて、御ありさまを聞かせぬなりけり」と泣き恋ひけり。
右近はた、かしがましく言ひさわがれむを思ひて、
右近はた、かしがましく言ひさわがれむを思ひて、君も、いまさらに漏らさじ、と忍び給へば、若君のうへをだにえ聞かず。あさましく、ゆくへなくて、過ぎ行く。
君は「夢をだに見ばや」と、おぼしわたるに、この法事し給ひて又の夜(よ)、ほのかに、かのありし院ながら、添ひたりし女のさまも同じやうにて見えければ、「荒れたりし所に住みけむものの、我に見入れけむたよりに、かくなりぬる事を」とおぼしいづるにも、ゆゝしくなむ。
伊予の介、神無月のついたちごろに下る。
伊予の介、神無月のついたちごろに下(くだ)る。女房の下(くだ)らむにとて、たむけ、心ことにせさせ給ふ。またうちうちにもわざとし給ひて、こまやかにをかしきさまなる、櫛(くし)、あふぎ、多くして、ぬさなど、わざとがましくて、かの小袿(こうちぎ)もつかはす。
(源氏)「逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖のくちにけるかな」
こまかなる事どもあれど、うるさければ書かず。御使ひ帰りにけれど、小君して、小袿の御返りばかりは、聞えさせたり。
(空蝉)「蝉のはもたちかへてける夏衣かへすを見てもねは泣かれけり」
「思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな」
「思へど、あやしう人に似ぬ心強さにても、ふり離れぬるかな」と思ひ続け給ふ。けふぞ冬立つ日なりけるもしるく、うち時雨(しぐれ)て、空の気色いとあはれなり。ながめ暮らし給ひて、
(源氏)「過ぎにしもけふ別るゝもふた道に行くかた知らぬ秋の暮かな」
なほ、かく人知れぬ事は苦しかりけりと、おぼし知りぬらむかし。
かやうのくだくだしき事は、あながちに隠ろへ忍び給ひしも、いとほしくて、
かやうのくだくだしき事は、あながちに隠ろへ忍び給ひしも、いとほしくて、皆もらしとゞめたるを、「など御(み)門(かど)の御子ならむからに、見む人さへかたほならず、ものほめがちなる」と、作り事めきてとりなす人、ものし給ひければなむ。あまり物言ひさがなき罪、さりどころなく。
コンテンツ名 | 源氏物語全講会 第33回 「夕顔」より その11 |
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収録日 | 2003年5月15日 |
講師 | 岡野弘彦(國學院大學名誉教授) |
平成15年春期講座 |
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