第160回 「柏木」より その3
父の朱雀院に出家を望み、源氏は反対するが、女三の宮は受戒する。出家したので、六条の御息所の死霊が声を出して笑う。衰弱した柏木は、妻の女二の宮(落葉宮)を思う。柏木は権大納言に特進する。
講師:岡野弘彦
「かたはらいたき御座なれども」
「かたはらいたき御座なれども」
とて、御帳の前に、御茵参りて入れたてまつりたまふ。宮をも、とかう人びと繕ひきこえて、床のしもに下ろしたてまつる。御几帳すこし押しやらせたまひて、
「夜居加持僧などの心地すれど、まだ験つくばかりの行なひにもあらねば、かたはらいたけれど、ただおぼつかなくおぼえたまふらむさまを、さながら見たまふべきなり」
とて、御目おし拭はせたまふ。宮も、いと弱げに泣いたまひて、
「生くべうもおぼえはべらぬを、かくおはしまいたるついでに、尼になさせたまひてよ」
と聞こえたまふ。
「さる御本意あらば、いと尊きことなるを、さすがに、限らぬ命のほどにて、行く末遠き人は、かへりてことの乱れあり、世の人に誹らるるやうありぬべき」
などのたまはせて、大殿の君に、
「かくなむ進みのたまふを、今は限りのさまならば、片時のほどにても、その助けあるべきさまにてとなむ、思ひたまふる」
とのたまへば、
「日ごろもかくなむのたまへど、邪気などの、人の心たぶろかして、かかる方にて進むるやうもはべなるをとて、聞きも入れはべらぬなり」
と聞こえたまふ。
「もののけの教へにても、それに負けぬとて、悪しかるべきことならばこそ憚らめ、弱りにたる人の、限りとてものしたまはむことを、聞き過ぐさむは、後の悔い心苦しうや」
とのたまふ。
御心の内、
御心の内、限りなううしろやすく譲りおきし御ことを、受けとりたまひて、さしも心ざし深からず、わが思ふやうにはあらぬ御けしきを、ことに触れつつ、年ごろ聞こし召し思しつめけること、色に出でて恨みきこえたまふべきにもあらねば、世の人の思ひ言ふらむところも口惜しう思しわたるに、
「かかる折に、もて離れなむも、何かは、人笑へに、世を恨みたるけしきならで、さもあらざらむ。おほかたの後見には、なほ頼まれぬべき御おきてなるを、ただ預けおきたてまつりししるしには思ひなして、憎げに背くさまにはあらずとも、御処分に広くおもしろき宮賜はりたまへるを、繕ひて住ませたてまつらむ。
わがおはします世に、さる方にても、うしろめたからず聞きおき、またかの大殿も、さいふとも、いとおろかにはよも思ひ放ちたまはじ、その心ばへをも見果てむ」
と思ほし取りて、
「さらば、かくものしたるついでに、忌むこと受けたまはむをだに、結縁にせむかし」
とのたまはす。
・「源氏物語」は女性の作者が貴族社会の表向きの美しい、男女の愛情の細やかな機微を語った物語だから、経済的な問題、重い政治的な葛藤は表に出さないで語られている。
その奥に動いていている力関係、経済的背景は奥に伏せてある。
・「こわいね、先生って。」
折口信夫は、すぐれた教祖、宗教家の持っている、人間の心の深いところを感じる力、見通す力があったのだろう、と思う。
大殿の君、憂しと思す方も忘れて、
大殿の君、憂しと思す方も忘れて、こはいかなるべきことぞと、悲しく口惜しければ、え堪へたまはず、内に入りて、
「などか、いくばくもはべるまじき身をふり捨てて、かうは思しなりにける。なほ、しばし心を静めたまひて、御湯参り、物などをも聞こし召せ。尊きことなりとも、御身弱うては、行なひもしたまひてむや。かつは、つくろひたまひてこそ」
と聞こえたまへど、頭ふりて、いとつらうのたまふと思したり。つれなくて、恨めしと思すこともありけるにやと見たてまつりたまふに、いとほしうあはれなり。
とかく聞こえ返さひ、
とかく聞こえ返さひ、思しやすらふほどに、夜明け方になりぬ。
帰り入らむに、道も昼ははしたなかるべしと急がせたまひて、御祈りにさぶらふ中に、やむごとなう尊き限り召し入れて、御髪下ろさせたまふ。いと盛りにきよらなる御髪を削ぎ捨てて、忌むこと受けたまふ作法、悲しう口惜しければ、大殿はえ忍びあへたまはず、いみじう泣いたまふ。
院はた、もとより取り分きてやむごとなう、人よりもすぐれて見たてまつらむと思ししを、この世には甲斐なきやうにないたてまつるも、飽かず悲しければ、うちしほたれたまふ。
「かくても、平かにて、同じうは念誦をも勤めたまへ」
と聞こえ置きたまひて、明け果てぬるに、急ぎて出でさせたまひぬ。
宮は、なほ弱う消え入るやうにしたまひて、
宮は、なほ弱う消え入るやうにしたまひて、はかばかしうもえ見たてまつらず、ものなども聞こえたまはず。大殿も、
「夢のやうに思ひたまへ乱るる心惑ひに、かう昔おぼえたる御幸のかしこまりをも、え御覧ぜられぬらうがはしさは、ことさらに参りはべりてなむ」
と聞こえたまふ。御送りに人びと参らせたまふ。
「世の中の、今日か明日かにおぼえはべりしほどに、また知る人もなくて、漂はむことの、あはれに避りがたうおぼえはべしかば、御本意にはあらざりけめど、かく聞こえつけて、年ごろは心やすく思ひたまへつるを、もしも生きとまりはべらば、さま異に変りて、人しげき住まひはつきなかるべきを、さるべき山里などにかけ離れたらむありさまも、またさすがに心細かるべくや。さまに従ひて、なほ、思し放つまじく」
など聞こえたまへば、
「さらにかくまで仰せらるるなむ、かへりて恥づかしう思ひたまへらるる。乱り心地、とかく乱れはべりて、何事もえわきまへはべらず」
とて、げに、いと堪へがたげに思したり。
後夜の御加持に、
後夜の御加持に、御もののけ出で来て、
「かうぞあるよ。いとかしこう取り返しつと、一人をば思したりしが、いとねたかりしかば、このわたりに、さりげなくてなむ、日ごろさぶらひつる。今は帰りなむ」
とて、うち笑ふ。いとあさましう、
「さは、このもののけのここにも、離れざりけるにやあらむ」
と思すに、いとほしう悔しう思さる。宮、すこし生き出でたまふやうなれど、なほ頼みがたげに見えたまふ。さぶらふ人びとも、いといふかひなうおぼゆれど、「かうても、平かにだにおはしまさば」と、念じつつ、御修法また延べて、たゆみなく行なはせなど、よろづにせさせたまふ。
かの衛門督は、
かの衛門督は、かかる御事を聞きたまふに、いとど消え入るやうにしたまひて、むげに頼む方少なうなりたまひにたり。女宮のあはれにおぼえたまへば、ここに渡りたまはむことは、今さらに軽々しきやうにもあらむを、上も大臣も、かくつと添ひおはすれば、おのづからとりはづして見たてまつりたまふやうもあらむに、あぢきなしと思して、
「かの宮に、とかくして今一度参うでむ」
とのたまふを、さらに許しきこえたまはず。
誰にも、この宮の御ことを聞こえつけたまふ。
誰にも、この宮の御ことを聞こえつけたまふ。はじめより母御息所は、をさをさ心ゆきたまはざりしを、この大臣の居立ちねむごろに聞こえたまひて、心ざし深かりしに負けたまひて、院にも、いかがはせむと思し許しけるを、二品の宮の御こと思ほし乱れけるついでに、
「なかなか、この宮は行く先うしろやすく、まめやかなる後見まうけたまへり」
と、のたまはすと聞きたまひしを、かたじけなう思ひ出づ。
「かくて、見捨てたてまつりぬるなめりと思ふにつけては、さまざまにいとほしけれど、心よりほかなる命なれば、堪へぬ契り恨めしうて、思し嘆かれむが、心苦しきこと。御心ざしありて訪らひものせさせたまへ」
と、母上にも聞こえたまふ。
「いで、あなゆゆし。後れたてまつりては、いくばく世に経べき身とて、かうまで行く先のことをばのたまふ」
とて、泣きにのみ泣きたまへば、え聞こえやりたまはず。右大弁の君にぞ、大方の事どもは詳しう聞こえたまふ。
心ばへののどかによくおはしつる君なれば、
心ばへののどかによくおはしつる君なれば、弟の君たちも、まだ末々の若きは、親とのみ頼みきこえたまへるに、かう心細うのたまふを、悲しと思はぬ人なく、殿のうちの人も嘆く。
公も、惜しみ口惜しがらせたまふ。かく限りと聞こし召して、にはかに権大納言になさせたまへり。よろこびに思ひ起こして、今一度も参りたまふやうもやあると、思しのたまはせけれど、さらにえためらひやりたまはで、苦しきなかにも、かしこまり申したまふ。大臣も、かく重き御おぼえを見たまふにつけても、いよいよ悲しうあたらしと思し惑ふ。
「歌集」から
・正月中に校正していた今度だす歌集から
・古事記から源氏物語まで流れてくる日本人の神話的な情念が、ある脈絡をもって浮かびあがってくる。論文にはならないが、詩か連作の短歌の形である程度、おぼろおぼろとした影が多少ともつかめるかな、と思う。
・「『遠野物語』抄」から
遠野物語は新しい。
コンテンツ名 | 源氏物語全講会 第160回 「柏木」より その3 |
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収録日 | 2012年1月21日 |
講師 | 岡野弘彦(國學院大學名誉教授) |
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